おいしそうな人がやってきた

 

「おお、ダックワーズではないか」

と王子はその兵士を出迎えた。


 美味しそうな名前だな、と思ったアキは思わずその兵士をガン見する。


「王子、まだ此処にいらっしゃったのですね」


 ……いらっしゃったというか、一回出て帰ってきたというか。


「王からの伝言をお預かりしております。

 この宿から南東に進んだ先に森があります」


 あの迷いの森か?


「あの中に伝説の湖があるのですが。

 その湖は数年に一度しか現れないのです」


 数十年に一度とかじゃないのか。


 結構いいペースで現れてるな。


「湖が現れたとき、我が国の王族の方が行くと、湖の精が現れ、かつて王のご先祖様が彼女にたくした秘宝のを教えてくれると言うのです。


 近くまで行ってるのなら、ついでに訊いてこいとの仰せです」


「そうか。

 わかった」

と王子は頷いたが、ダックワーズは、


「間に合わなかったらいいそうです」

とわざわざ此処まで来たわりには軽く言う。


「なんか、実はたいしたもの入ってなさそうですね。

 開かずの金庫とか、ほぼ金庫に価値がある感じなのと同じですね」

とアキが言うと、


「なんだ、開かずの金庫って」

と王子が訊いてくる。


 いや、テレビでよくやってるんで。


 よくもあんなに日本中に開かない金庫があるもんだなと思いながら、毎度家族で眺めている。


 アキはふと気づき、ダックワーズに訊いた。


「それ、よその王族が行ったらどうなるんですか?」


 アキに話しかけられたダックワーズは何故か赤くなったあとで、深々と頭を下げ、それから口を開いた。


「そのよその王族が隠した宝が出てくるようです」


「そこ、みんなが預けてるの?

 銀行の貸金庫?」

と訊いてしまう。


 そんなアキの側で、

「わかったと父王に伝えよ」

と王子が王子らしく重々しい口調で言った。


「あの、王子……」

 遠慮がちにダックワーズが王子に声をかける。


「あの、この方は何故、私の頭をずっと見つめているのですか」


 アキが結構長身な上に靴のかかとが高いので、小柄なダックワーズを上から見下ろす感じになってしまうのだ。


 いや、ダックワーズ、どうやったら作れるんだったかなと思って見つめていただけなんだが……。


 そんなアキを王子が非難がましい目で見ている。


「……アンブリッジローズよ。

 恋か?」


「何故ですか。

 いや、無性にダックワーズが食べたくなりまして。


 ああ、お菓子の名前なんですけどね」

と言って、呑気な奴だと言われてしまったが、王子は何故かホッとしたようだった。


「王子、もし、迷いの森に入るのに危険がありそうでしたら、別の隊を呼びますが」

とお菓子の人が言う。


「いや、大丈夫だ」


 そこで王子はこちらを振り向き、笑って言った。


「敵が出てきても、アンブリッジローズが標識や千切りで片付けてくれるだろう」

 

 いや、標識の方は役に立ちそうにないですけどね~。


 伝説の湖は今日の夜、現れる可能性があると言う。


 湖が現れるのは新月の晩と言われているからだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る