湖の女神様を呼び出しました


 結局、アキたちはすぐには宿を出発せず、楽しくミカたちと料理を作ったり、晩ご飯を食べたりしたあとで、迷いの森へと向かった。


 町にはまだ明かりらしきものがあったが、森は本当に真っ暗だった。


「新月って、名前だけ聞くと、なんかぴっちぴちの月がありそうな感じですけど、月ないんですよね」


 などとしょうもないことを言いながら、森へと入る。


 空が見えないほど鬱蒼とした木々に覆われているので、カンテラの明かりでゆっくりと進んだ。


 馬は夜でも走れるのだが、入り組んだ森の中だ。


 人間が上手く馬を誘導できないので、歩いていくことになったのだ。


 入り口の木に長いロープの先を縛り、それを引っ張りながら進んだ。


 出られなくならないようにだ。


 ロープが尽きたら、そこに新しいロープをつないで、また進む。


「でもこれ、早く解かないと、誰か引っかかっちゃいますよね~」

と振り返りながら言ったアキだったが、


「あ」

と声を上げる。


 今、後ろを見ようとしたとき、右手の木々の間にキラキラと光るものが見えた気がしたからだ。


「もしや、あれが問題の湖では?」


 ずっと真っ暗な中にいたので、わずかな光でも強く感じられるようになっていた。


 アキが指差す方にみなが移動する。


 木々を抜けると、薄く水が張って、大きな湖に見える場所があった。


 月がないので、余計美しく見える星空が水面に映っている。


 まるで、足許にも宇宙があるかのようだった。


「こんなものが湧き出してくるとはな」

と言う王子に、アキは、


「我々の世界にも結構あるんですよ。

 ある時期になると湧き出してくる湖」

と教える。


 雨季になると現れるレンソイス・マラニャンセス国立公園の湖や鏡ばりで有名なウユニ湖。


 日本だったら、十年に一度現れるという富士山近くの赤池などがある。


 でも、この湖はウユニ湖に近いな、とアキは思った。


 湖ができる理由ではなく、この、空を鏡のように映すところがだ。


 ウユニ湖は、タイミングがよければ、美しい星空が水面みなもに映り、他に視界を遮るものもないので、空と水面が一体の宇宙のように見えるのだ。


 浅い水の中に立つと、まるで宇宙空間にいるかのような写真が撮れるので人気だ。


 此処は天地の間に森があるので、つながっては見えないが。


 すると、その足許の宇宙空間から、ふわっと白いものが浮いてきた。


「クローズ家の者が訪れたようだな」


 美しい白い女神が現れた。


 肌も髪もまとっている衣も白く、目だけが金色だ。


 その造り物のような目で女神がこちらを見る。


「宝を取りに来たのか。

 いにしえの王の血を引く者よ」


「そうです」

と王子は女神に向かって言った。


 すると、王子に深く頷き、女神は言う。


「王子よ。

 人差し指を愛するものに斬ってもらえ。


 その血を湖に垂らすのだ」


 その言葉に王子は一瞬、ビクついてから、こちらを見た。


 斬られるのが嫌なのかと思ったが、ビクついた理由は、そこではなかったようだった。


 王子は迷いながら、アキに訊いてくる。


「……今、愛するものになってもらってもいいか?」


「なってもらってもいいかって変ですよ、王子」


 今、も変です、と思うアキの前で、いろいろと不安を覚えたらしい王子が女神に訊いていた。


「愛する者に斬られて流す血でなければ、宝は得られないということか?」


「いや、別に誰が斬ってもいいんだが」

と女神は軽く言ってくる。


「単に湖に血を一滴落とせばよいのだ。


 それで、水が真実、いにしえの王の血を引いているかどうかを判断する。


 愛する者に斬ってもらえと言ったのは、単に、その方が痛みが紛れるかと思ってだ」


 ただの親切だったのですね……とアキは思った。




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