お前の立ち位置がわからない



 神話のポセイドンのような格好をした、恰幅のいい髭の男が岩の柱の陰から現れた。


 冥府のような場所なのに、ポセイドン……と思うアキに王子が、


「……粘菌じゃなくてよかったな」

と言ってくる。


「娘よ。

 よくぞ、此処まで来たな。


 母親を取り返しにきたのか」


「……そういうわけではなかったのですが、取り返しましょうか」


 だが、

「待て、今いない」

とショウシャマンではなく、ポセイドンな感じの父が言う。


「というか、大抵いない」


「寂しいですね、お父様……」


「わかってくれるか、娘よ。


 だがまあ、私にはあれを引き止める資格はない。

 そもそも私は生贄を要求してはいないしな。


 勝手に送られてきたのだ」


「……お察しします」


 人間というのは勝手なもので、自らの大事なものを代償に引き渡せば、なにかすごいことが起こって救済されるのでは思ってしまう。


「毎度、毎度、人質を連れてこられたり、投げ込まれたりして、神様も迷惑しているのかもしれませんね。

 というか、お父様は神様なのですか?」


「私は大地の神だ」


「……もしや、谷底に落ちた人ではないですよね?」


 なにやら不安を覚え、アキはそう訊いてみた。


「落ちて、なかなか出られなくて神になった人ではないですよね?」


「そうだ。

 何故、わかった」


「……いや、つい最近、似たような人を見たからですよ」


 湖に落ちて、うっかり女神になってしまった人を。


「うっかり落っこちて、神となり、ぼんやりしているうちに、要求していないのに人質が投げ込まれた。


 寂しかった私は彼女を妻とすることにした。


 彼女の望んだことではなかったかもしれないが。


 私はマダムヴィオレの大抵の要求は飲んでいる。


 私は此処から出ることはできないが、あれを出してやることはできる。


 ちょっと此処から出たいと言ったら出してやり。


 外で子どもを産んで育てたいと言ったら、出してやり。


 美味い宿屋があるので、行きたいと言ったら、行かせてやり」


 ……イラーク様の宿ですね。


 アキは、

「っていうか、それじゃ、人質の意味ないじゃないですか」

と言って、


「待て。

 お前、どんな立ち位置でしゃべってんだ」

と王子に言われてしまう。



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