気持ちの上ではかなり痩せた


 気持ちの上ではかなりせた……と思いながら、ようやく宿に着いたアキは馬から降ろしてもらう。


 姫と言えば、王子に手を借り、そっと降りるイメージなのだが。


 もうボロボロだったので、王子に小荷物のように降ろしてもらった。


 女としてのプライドも恥じらいも捨てるので、このまま小脇にかついで行ってください……という心境だった。


 死にそうにお尻が痛いが、それを言うのも恥ずかしいし……。


 そんなことを思いながら、よろよろと宿の入り口に向かおうとして気がついた。


 王子様が泊まるにしてはずいぶんと小さな宿だと。


 こんなゴージャスなご一行様が来たらビックリするのではないかと思ったが、宿の主人はなにもビックリしなかった。


 顔見知りらしい。


「イラーク」

と王子がちょうど帰ってきたらしい宿の主人に声をかけた。


 少し巻き毛気味で長髪。

 顔は整っているが、目つきの鋭い男だった。


 背中になにか背負っている。


 網のようなものだ。


「イラーク。

 また大勢で押しかけて済まないな。


 これが迎えにいった、我が妻、アンブリッジローズだ」


 その話ぶりから察するに、どうやら、行きもこの宿に泊まったようだった。


 イラークはアキを見下ろし、

「王子、この娘、1016歳には見えませんが……」

と言う。


「さすがにお前は騙せんか」


 イラークは、ウィズレイ家のアンブリッジローズを知っているようだった。


「いや、本物のアンブリッジローズがこの娘を連れていけと言うから」


「相変わらずですね、王子」

とイラークは言った。


 ……いや、それより私は、その後ろでカサカサしているものが気になっているのですが、とアキはまだ道に立っているイラークの背後に周り、網の中を確認する。


 それに気づいたようにイラークが言った。


「これは今日の夕食――」


 可愛い仔うさぎが網の中から、じっとこちらを見ている。


「えっ? 夕食っ?」


「夕食の獲物を獲りに行ったら、かかっていた仔うさぎだ。

 今日はこれしかいなかったから、一応、用意しておいた鴨にしようかと思う」


 なんだ、食べるんじゃないんだ、とほっとしたとき、

「もうちょっと太らせてからの方が美味いと思う」

とイラークは言い出した。


 仔うさぎがうるむ瞳で、助けて、とこちらを見ているような気がしたが。


 仔うさぎは仔うさぎなので、ただ、なにも考えずにゴソゴソしているだけだった。


「か」


「可哀想とか言うなよ。

 今日のお前たちの夕食の鴨だって生きてたんだからな」


「……今、道徳の授業を受けてる気分になりましたよ」

と呟き、


「なんだ、道徳って」

と横から王子に言われる。


「この近くにうさぎの森というのがあるのだ」

「うさぎがいっぱいいるんですか?」


 そう、とイラークは頷く。


「そこにはうさぎの神様がいて」


 アキの頭の中でデッカイうさぎが王冠を被った。


「うさぎを守っているので、うさぎが大繁殖していて、よく獲れるんだ。

 今日はあまり罠にかかってなかったが」


「いや……うさぎまつられてるんですよね?

 獲っちゃ駄目なんじゃないんですかね?」


「うさぎの神様が守っているおかげで、うさぎが大繁殖して、我々が獲っても、うさぎがいなくなることはないのだ」


「……それ、人間のために、うさぎの神様がうさぎを放牧してるって話ですか?」


 アキの頭の中で、王冠を被ったうさぎが他のうさぎたちにエサをやっていた。


「知らん。

 ただ、我々はありがとう、と言い、日々のかてにうさぎをいただくだけだ。


 まあともかく入れ。

 お入りください、王子」


 あの、王子と私で扱いが全然違うのですが……。


 だが、イラークは王子にも、そうへりくだることはなく、さっさとひとり宿に入っていった。


「あんまり愛想のいい奴ではないが、料理の腕は素晴らしいぞ。

 他の国の王族もお忍びでよく泊まっているらしい」


 それであんなに横柄でぶっきらぼうなのだろうか。


 いや、そうでもなくとも、あんな感じな気がするが……。


 料理の腕があるので、王族にも対等、とか言うのではなく。


 本当にただただ、マイペースでこびへつらわない性格のようだ。


 だから、気楽で、よその王族の人たちも来てしまうのかもなと思う。


「ああ、あのうさぎのその後が気になります」

と呟きながら、一階に入ると食堂になっていて、可愛らしい娘さんがさっきの仔うさぎをカゴに入れ、餌をやっていた。


 ホッとしたが、


 ……いや、この可愛らしい娘さんも、このうさぎを太らせて食う気なのかも、と思った途端、頭の中で、イラークの妹だと名乗ったその娘さんが魔女になって、ひっひっひと笑った。


 いや、本物の魔女らしいアンブリッジローズはビタミン剤とかで生きてそうな雰囲気だったが。


 生臭いところがひとつもないというか。


 触ると、パキッと折れる枯れ枝のような雰囲気だが、きらりと光るものがあるというか……。


 あの人、若いときはきっと綺麗だったのだろうな、とアキは思う。


 ……いや、若いときって千年前だが。


 きっとこの王子と似合いだったことだろう。


 そう思いながら、アキは、イラークの妹、ミカとともに、楽しく葉っぱをその食われるかもしれないうさぎにやった。


「アンブリッジローズ様とおっしゃるんですね。

 お名前も素敵ですね」

とミカが微笑みかけてくる。


 いや、本名はアキなんですけど……。


 兄とは対照的に親切なミカが部屋に案内してくれると言う。


「ミカ」

と騎士たちと話していた王子がミカに呼びかけた。


「私とアンブリッジローズの部屋は別でよいぞ。

 まだ婚姻前だからな」


 はい、とミカは笑ったようだった。




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