酔っ払いと議論しても無駄です



「こらっ、娘っ。

 俺の素晴らしいソースのかかった鴨じゃなくて、やっつけで作った焼き鳥ばっか食うなっ」

とイラークに怒鳴られながらも、アキは焼き鳥ばかり食べていた。


 他の客も混ざっての夕食は行きつけの居酒屋を思わせる感じでリラックスできた。


 なので、王子と一緒だからとかしこまることもなく、楽しく食事ができていたのだが。


 食べ慣れた味というのもあって、焼き鳥が止まらない。


「いや、素晴らしいです、この焼き鳥。

 このタレの焦げ加減っ。


 秘伝のタレに達人の技っ。

 素晴らしいですっ」

と繰り返し、アキはその焼き鳥を褒めたたえたが。


 腕を組み、背後に立つイラークは撲殺しそうな感じに言ってくる。


「その料理は、この間異世界人にならったばっかりだ。

 タレもさっき、ササッと作ったやつで、秘伝のタレなどではないっ。


 ちなみに、そっちは秘伝のソースだっ」

とまだ鴨を食べていた兵士の皿を指差す。


 イラークにいきなり指差され、兵士はビクッとしていた。


 いやいや。

 鴨も美味しかったですよ、と苦笑いしたが。


 まあ、確かにおかわりするのは焼き鳥ばかりだ。


「そして、何故、お前は塩は食べないっ」


「塩も美味しいですよ」


「だが、お前はさっきからタレばかり食べて。

 王子がお前の残した塩を後始末のように食べてるじゃないか。


 王子に食べ残しの始末させるってどういうことだっ」


「いやいや、塩も美味いぞ、イラーク」

と王子が言ってくれる。


「王子、もしかして、タレがよかったんですか?

 じゃあ、私が塩食べますよ」


「塩を押し付け合うなっ」


「いやいや、絶妙の塩加減ですよ」

とアキは一応、フォローを入れてみた。


 兵士たちに給仕しながら、ミカが笑っている。


「しかし、まったりとした宿屋ですよね~」


 食堂の中を見回し、アキは言ったが、


「お前の出現により、なにもまったりしなくなったがな」

と言って、イラークは厨房に戻っていった。


「そして、まったりとした国ですね、王子の国は。

 王子様と一般の兵士が同じ場所で同じものを食べるんですね」

と同じテーブルで食べている兵士たちを見ながらアキが言うと、王子は、


「ま、一緒に旅をする間くらいはな」

と言う。


「いい宿で、いい国ですね~。

 まったりしたいい宿です」


「……話が回っている。

 酔っている証拠だな」

と斜め前に座るラロック中尉が言ってきた。


 警護のために王子の側に座っているのか。

 友だちだから座っているのか。


 ちょっと判断つきかねる感じだ。


 切れ者なのは外見だけのような気もするのだが。


 この人が座っているだけで、ちょっと不審者は近寄れない感じだ、とアキは思う。


 見た目だけは本当に立派な騎士様だった。


「うーん。

 しかし、焼き鳥、大変美味しいんですが。

 やはり、此処は日本酒が欲しいですね」

と呟いてみたのだが。


「ない」

と言いながら、イラークが後ろを通り過ぎていく。


「そういえば、この店には異世界人も訪れるとか」


 その異世界人から聞いて作ったのだろう焼き鳥を眺めながら、アキは呟いた。


「王子、此処で異世界人に会ったことはありますか?」

と王子に訊いてみたが、


「ない。

 そんなタコみたいなの」

とやはり塩を食べながら、王子は言う。


 それは宇宙人では……。


 っていうか、この世界でも宇宙人はタコなのか。


 人間の発想って、何処でも似たり寄ったりだな、と思いながら、

「はい」

と王子に新たに焼けてきたタレの焼き鳥を渡してみた。




 二時間後、楽しく焼き鳥をみんなと平らげたアキは、すっかりご機嫌だった。


「イラークさん、鴨も美味しかったですー」

と言いながら立ち上がる。


「鴨が、と言えっ」

と怒鳴られながら、皿を下げようとして、慌ててミカに止められた。


 厨房から顔を覗けて、イラークが言ってくる。


「まあ、お前は気持ちよく食べてくれるからな……。

 明日の昼の弁当まで頼まれてるから楽しみにしていろ」

と言われ、はいっ、と言う。


「ああでも、私は旅立ちませんよ」


 唐突に言うアキに、立ち上がりかけた王子たちが、なにっ? と振り返る。


「私、此処で日本酒を作ろうかと思うんです」


 そうアキは宣言した。


「この焼き鳥に美味しい日本酒があれば、この宿に世界中の人が集まって。

 この国は大発展しますよ。

 どうですか、王子っ」


「……いや、それはいいことなんだが。

 此処はよその国なんだが……」


 ラロック中尉が、

「王子。

 気をつけないと、本当にこの人、酒を作り始めますよ」

と王子に言っていた。


「……なにをどう気をつければいいんだ」

と王子は呟いていたが。

 

「美味しい焼き鳥に美味しい日本酒があれば、みんながイラーク様にひれ伏しますよっ。

 ねっ、王子っ」


「いやいや、待てっ。

 なんで俺がちょっと呼び捨てっぽくて、イラークがイラーク様なんだっ。


 っていうか、お前の世界では、焼き鳥と日本酒で世界が征服できるのかっ。

 料理人しか王になれないじゃないかっ」


「酔っ払いに真面目に訴えても無駄ですよ。

 っていうか、酔っ払いと真面目に議論し始める時点で、貴方も相当酔ってますよね」

と半ば諦めたような顔でラロックが二人を見ながら言ってきた。




 数十分後。

 水を大量に飲んだら、酔いがさめた……と思いながら、アキは二階の廊下にしゃがんでいた。


 いや、大量に飲んだというか。

 無理やりラロック中尉に飲まされたんだが……。


 大きなピッチャーごと持ってこられて死ぬかと思った、と思いながら、アキは、ドアの幅より大きかったせいで、部屋の中に入らなかったあの木箱を眺めてた。


「……なにをしている」

と通りかかった王子が言う。


 アキの部屋とこの木箱を見張るために立っていた兵士が王子に敬礼した。




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