お金持ちが飲んでたらしいですよ


「しかし、ほんとうに海老しかありませんね」

とラロック中尉が言ってきた。


 湖から引き上げた宝物の一部を手間賃として王子がもらってよい、という王からの言伝ことづてがあったので。


 着いた街で宴会をやろうと思って、たいしたものは持っていなかった。


 今まだお腹いっぱいだし。


「イノシシの集団にも今度は出くわさなかったですしね」

と思わずアキは言って、王子に、


「……とって食う気か」

と言われてしまう。


「お前、最強だな」


 この森でのイノシシの大移動は大の男でも逃げ惑うような迫力だからだろう。


「まあ、海老があればもういいでしょう」


 アキのその言葉に王子は、

「……そんなのはお前だけだ」

と言い、女神も物足りなさそうだった。


 そのうち、姿がかき消える。


 湖に戻ったのだろうかと思っていると、やがて、びしょ濡れの布袋いっぱいのなにかを持って戻ってきた。


「魚ですか?」

と言ったが、金貨と宝石だった。


「なにするんですか、こんなもの。

 あ、これがクローズ家の秘宝なんですか?」


「いや、この湖を見つけた連中がありがたがって投げ込んで祈っていくのだ」


「……ありがたそうな場所で水見たらお金投げ込みたくなるの、日本人だけじゃないんですね」

と呟いたあとでアキは言う。


「これでなにか買ってこいと?

 あ、そういえば、大昔には、金貨や宝石の薬用スープってあったらしいですね」


「それ、味があるのか?」

と王子が訊いてくる。


「さあ?

 でも、お金持ちが飲んでたらしいですよ」


 アキはそんな怪しい知識を披露した。


「しかし、材料買いに戻るのも面倒臭いですね」


 王子の手にある金貨を見ていたアキは、これ、なにかにならないだろうか、と思い、手をかざそうとした。


「リバー……」


 すでにドライになっているので、リバースの呪文を唱えようとしたが、

「待て」

と王子に止められる。


「金貨が金貨じゃなくなったらどうする」


「いやいや、リバースしても、せいぜい、金塊になるくらいですよ。

 その他のものになるのなら、最初からニセ金だってことですよ」


 アキは、うーん、と海老の方を振り向いたが。


 さっきまで、海老を持っていたはずのラロック中尉の手に海老はなかった。


「海老ーっ」

と叫ぶと、ラロック中尉は湖を指差す。


「いつまでも持ってたら死ぬかと思って放してみた」


「いやいやいやっ。

 これ、海の海老ではっ?」

と思ったが、さすが魔法の湖。


 海老はぴちぴち元気に生きていた。


 だが、今度はそれを見た女神が叫び出す。


「生き物を放すなーっ。

 水を引けなくなっただろうがっ」


「てことは、貴女が水を入れたり出したりしてたんですか」


「……そういう言われ方をされると神秘性が薄らぐが、そうだ。

 美しいだろう、幻の湖とか。


 人はいつも幻を追い求めるもの」


「うまくまとめましたね。

 まあ、この海老のせいで、神秘の湖が出しっぱなしでよどんだとか言われちゃ困るんで。


 海老は回収しますよ」


 浅いのでみんなで回収して、結局、海老を煮て食べた。


「結構美味しかったですね。

 金貨と宝石の味はよくわからなかったですけど」


 その辺の、食べられるがちょっとパンチのない野草とともに、金貨と宝石も入っていた。


 ちなみに他の材料どころか鍋もなかったので、地面に穴を掘り、樹皮などを敷きつめて怪しい湖の水を入れ。


 ラロック中尉が起こしてくれた火で熱した石を放り込み、スープという名の、海老入りのほぼ水を石ゆでにしたのだ。


 器だけはみんな自分のを持っていたので、空いている器でスープをすくって、自分の器に入れる。


 女神には予備の器を渡した。


 先についであげようと思ったのだが、女神は、

「いや、並ぶ」

と言い、兵士たちの最後尾に並んだ。


 大穴の中でグツグツ煮えているスープをおっかなびっくり眺め、自分でついで、そっと飲んでみていた。


「……美味いな」


「そうですね。

 すごい薄味ですけどね。


 ほぼ海老から出た出汁と塩味だけなんで。


 でも、みんなで飲むとなんでも美味しいですよね」


 アキはまだ物珍しげに大穴を覗いている女神を見て、微笑ましく笑った。




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