そうだ。思い出したぞ


「クリスタルはもうよい。

 とって来い、宝」


 スープの後片付けをしたあと、女神が言った。


 女神が湖の中央に向かって手を払うと、まるで湖が割れるように水が引いて道ができた。


「行ってこい、王子、


 ――と、その花嫁よ」

と言われ、花嫁誰だ、とアキは反射的に周囲を見回してしまう。


「いや、お前だろ、花嫁」

と女神に言われ、


「でも、私は偽物の花嫁ですし」

とアキは言ったが、


「いや、アンブリッジローズは結婚する気ないのだろうから、お前が本物で間違いない」

と女神は言う。


 そう女神に言われ、ほら、と王子に手を差し出されて、アキは、そっとその手をとった。


「ああ言っておくが、盗掘避けに王家の血を引かないものが入ったら、死ぬようになってるから」


 女神の言葉に、ひっ、とビビッて手を外しそうになる。


「それそれ、絶対に王子から手を離すなよ。

 離したら死ぬぞ」


 どうやら、王族の人間と物理的につながっている間だけ、大丈夫ということらしい。


「ど、どうやって死ぬんですか? それ」


「毒の塗られた吹き矢で撃たれる」


「……心臓が祟りできゅっと止まるとかじゃないんですね?

 それ、なにかの仕掛けなんですか?」


 アキが訊くと、うむ、と女神は頷いた。


「……神の力じゃないじゃないですか」

と言ったが、


「まあよい、行ってこい」

と女神は軽く言う。


 まあよくない、と思いながら、アキは王子に手を握られ、水浸しの草原を歩いた。


 なんか照れるな、こういうのと思いながら。


 王子はこちらを見ずに、ずんずん歩いていく。


 置いて行かれるっ。


 手が離れるっ。


 死ぬっ、と思ったアキはザカザカと足を速めてしまい、

「待て、俺より前へ行くな」

と止められた。




「おい、アンブリッジローズッ。

 王子より先に入ると死ぬぞ」


 湖のほとりから、女神が叫ぶ。


「まったく落ち着きのない花嫁ですみません」

とラロック中尉が言うと、


「いやいや、いいカップルだ」

と女神は微笑み頷いた。


「あの娘、なかなか興味深い。

 本物でなくとも、いいじゃないか。


 面白いし、美しいし、面白いしな」


「面白いが二回ですよ……」


「いやいや、だがまあ、若いときのアンブリッジローズに勝るとも劣らぬ美貌だ。

 アンブリッジローズとは顔の雰囲気は違うがな。


 うん。

 そうだ。


 思い出したぞ、あの顔は――」


「は?」

とラロック中尉は訊き返したが、うんうん、と女神はただ頷き、笑っていて、なにもしゃべりそうにはなかった。




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