今日の宿はハズレだな~
今日の宿はハズレだな~とその日の宿に辿り着いたアキは思っていた。
いや、イラークの宿より、随分豪華な如何にも貴族や王族が泊まりますといった風情の宿なのだが。
料理がホテルのように安全第一というか。
危険のない味、といった感じなのだ。
いやいや、贅沢言ってはいかんが、と思いながら、もそもそと食べる。
うーん。
ということは、イラーク様の味は危険な味ということか、とアキは思う。
硬いのと噛みごたえがあるのとのギリギリの境まで焼いてあったり。
これ以上いくと、舌がしびれますっというくらいまでスパイスが効いていたり。
かと思えば、突然、素材の味が生かしてあったり。
「なんでしょう。
おばあちゃんの料理より、イラーク様の料理が懐かしいんですが」
と柔らかで口当たりのよいパンを食べながらアキは言った。
今日の料理で一番美味しいのはバターだな、と思いながら。
さすが豪華な宿にふさわしい、最高の品質の材料で作り立ての、柔らかで滑らかなバターだったからだ。
「おばあさんの料理か。
お前、親は?」
と訊いたあとで、王子は、まずいこと訊いたかな、という顔をする。
「いえいえ。
大丈夫です。
なにも問題ないです。
物心ついたら、消えていただけです」
「……問題ありありじゃないのか、それは」
高台に立つ城のような宿の窓からアキは下を見る。
海かと思うような大きな湖に船がたくさん出ているらしく、幾つもの色とりどりの灯りが暗い水面を滑るように動いていて綺麗だった。
「この世界でも夜景って綺麗なんですね。
ただ真っ暗なだけかと思ってました」
「お前の世界は夜でも明るいのか?」
「そうですね。
一晩中、無駄なくらい電気がついてますよ。
あ、灯りがついてますよ」
と王子にわかるように言い換える。
仕事帰りに呑み歩く街の夜景を思い出しても。
この世界に来てまだあまり経っていないせいか、旅にでも出ているような感覚で、まだ懐かしいとは感じない。
「このまま帰れなくて、ずっと此処に居たら、そのうち、寂しいとか思うんですかね?」
と呟くと、蝋燭の灯りの向こうで王子が言う。
「お前は運命の相手を探しに此処に来たのだろう。
まだ見つけていないのではないか?」
「……そういえば、そうでしたね」
探しに来たというか。
アンブリッジローズ様にそのように洗脳されたというか、と思ったあとで、アキは王子に訴えた。
「そうですよ、王子。
私の結婚相手を探してくださいよ、王子のコネで!」
「……前も訊いたが、何故、俺では駄目なのだ」
「前も言いましたが。
顔が良くて、稼ぎも良さそうで、性格はちょっとわかってきましたけど。
なんかモテて浮気しそうだからです」
そのあと、ぷるぷるのリング状の大きなイチゴババロアが出てきて、突然絶品だったので、
「あ、やっぱりこの宿。
イラーク様の宿の次に良い宿ですね」
と笑って、
「……お前、男の評価もそんな感じに適当なんだろ」
と言われてしまった。
いやいや、特に今まで浮いた噂もなかったので、こちらから評価するとか恐れ多いことはしたことありませんよ、と思って、宿の食堂を後にする。
アキの部屋と王子の部屋とは横並びに取ってあった。
「アンブリッジローズ。
別の部屋で良い、と申したが、お前が望むのなら――」
「望んでません」
「望むのなら」
「望んでません」
ラロック中尉がまた通りかかり、
「またやってたんですか、早く寝てください」
と言って去っていった。
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