なにもかも、明日からと後回し


 勝手に仲睦まじくなろうとする王子を叩き出したあと、磯の香りのする部屋でアキは考える。


 でも、このままこの世界から戻れなかったら、どうなるんだろうな、と。


 ワードもエクセルも使えます。


 テンキー打つのも速いですと言ったところで、こんなところで就職はなさそうだ。


 ……秘書検定も持ってますよ、と心の中で就職活動をしてみたが。


 自分の提出した書類を手に、こちらを見ているのは、イラークだった。


 どうしよう。

 このまま王子の妃になるとか?


 いやいや、あんなこと言っていたが、きっと王になったあかつきには、後宮に女がうじゃうじゃいるようになって。


 私なんぞ、隅に追いやられ、めかけのひとりに成り下がるに違いない。


 男の人に媚び売って生きるのは向いてないしな。


 なにか此処で重宝されるような技術を学んで、手に職つけなければ。


 ……なにができるかな。


 お菓子作るとか?


 自分が作ったプリンで一晩中吐いたしな。


 パンを焼くとか?


 いつまでもコタツで生地寝かしてたけど、全然膨らまなかったしな。


 裁縫?


 四時間かけて、給食ナフキン一枚縫ってたしな。


 どれも明らかに向いていないようだが、男の人にしなだれかかるよりは出来そうだ。


 明日から、なにか考えよう、と思いながら、磯の香りに包まれ、スイカを割る夢を見ながら、眠りについた。




 ほほう。

 王子はあの娘に気があるようだ。


 ちょうどラロック中尉が階段を上がってきたとき、王子がアキに部屋を叩き出されるところだった。


 どうも娘に迫ってフラれたらしい。


 ……なかなか素直じゃないから、ロクでもないこと言ったんだろうなと思いながらも、特にフォローを入れるつもりはなかった。


 ま、可愛い子には旅をさせろと言うしな。


 しかし、王子が気に入った姫なら、良いドレスを出してやらねばならんな。


 それに相応しい宝飾品も。


 下の大広間に幾つも肖像画が飾ってあったな。


 ドレスの参考にしてみるか、と思うラロックはある意味、デザイナーへの道を歩み出していた。


 手に職つけようとするアキよりも早くに。




「はい、すみません。

 ちょっとあの子の母親が


 きゅうようでして」


 ごほごぼ、とアキの祖父は誤魔化すように咳き込んでみた。


 急用と急病をふんわりごまかそうと思ったのだ。


「できるだけ早く会社に戻らせます。

 申し訳ございません」

と言って電話を切った。


 まだ使えたのかと言われそうな黒電話……


 をした今の電話だ。


 受話器が外れてコードレスになる。


 アキの趣味だ。


 月明かりに照らし出された障子の影に呼びかける。


「ばあさんや」


「ばあさん言うな」

とサーファー女子のような格好をした女が障子を跳ね開けて言う。


 真っ黒に肌を焼いているせいか、ちょっと年がわかりにくいが、アキの祖母だった。


 まあ、祖母にしては、年も若いが。


「アキの会社に電話はかけたが……」


 アキが本当に戻ってこられるのか心配になり、語尾が小さくなる。


 だが、アキの祖母は、

「大丈夫。

 あっちとこっちの時間の流れは違うから。


 すごく速く時間が流れるときもあれば、そうでもないときもある。


 たぶん、飛んで何処に戻ってくるかで違うんじゃない?」

と言ってきた。


 衰えることない美脚でアキの祖母は仁王立ちになり、


「アキがいないとつまらないわ~。

 早く帰ってこないかしら。


 また、カルメ焼き作ってあげるのに~」

と呟いていた。




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