第5話 暑苦しき旧友

「ノエル。お願いだから、クリムを自警団の詰め所に連れてってよ」


「なんで俺が…。シャロが連れて行けばいいだろう?」


私、クリムが目を覚まして、ベッドから出ると、二人が言い争う声が聞こえました。

ノエルさんとシャロさんの声です。何をしているんでしょう?


「私は別の用事があるの! タヌキが畑を荒らしたっつーから、状況を見てみたいのよ!」


「畑くらい、俺が見てくるよ。だからシャロはクリムを連れていけって」


「いいから! ほら、クリムもおきてるし、早く一緒に行きなさい!」


半ば押し出される形で、私とノエルさんは家の外に追いやられました。


「どうしたんでしょう、シャロさん」


「タヌキと取っ組み合いの大喧嘩をしたいだとさ」


事情を聞いてみると、どうやら畑が荒らされたとのことです。

タヌキが畑を荒らした、らしいです。

怒ったシャロさんが家を飛び出して、畑に向かっていっちゃいました。


「自警団の詰め所か…あまり行きたくないところだな」


ノエルさんはぽそりとつぶやきます。

そう言って、ノエルさんはフードのようなものを頭にかぶります。深々とかぶり、鼻と口元しか見えません。

もしかして、自警団の人たちに、あまり顔を見られたくないのでしょうか。


「自警団の詰め所ってどこらへんなんですか?」


「ああ。案内するよ。ただし…入り口までな」


「そんな殺生な。せめて団員の皆さんにご紹介をお願いしますよ」


「……俺は村の人間とあまり顔を合わしたくないんだ」


ふーむ、村の人たちと顔を合わせたくないと?

これは何か深い事情がありそうですね。ノエルさんにちょっと興味がわいてきましたよ。


「どうしても?」


「どうしてもだ」


「そんなに村の人と顔を合わせたくないなんて…。

 ノエルさんって、もしかしてひきこもりなんですか」


「うぐっ…」


ノエルさんの口元がゆがみます。あまり言ってはいけないことでしたか。

シャロさんとのウキウキお風呂タイムで、ノエルさんが家にこもっていることは、すでに知ってましたが、

こうやって面と向かって話すのは初めてです。


「俺はひきこもっているわけじゃない。

 罪で穢れた俺の腕を冷ますための冷却期間だ。今、俺の腕は黒い血でいっぱいだ。

 それらをすべて清浄化するまで、しばしの休息ということだ。

 戦士には休息が必要なんだ。わかるだろう?」


「それはわかりますけど…。罪で穢れたってどういうことですか」


わかりきってはいるけれど、なんだか気になるので念のため聞いてみます。


「……俺はもともと傭兵をやってたんだよ。

 もうこの話はいいだろう? ほら、あっちに見えるのが自警団の詰め所だ。

 それじゃあ俺はここでサヨナラだ」


そう言ってノエルさんは、軽快なバックステップで、この場を去ろうとしました。

あっけにとられる私でしたが、現実は厳しいです。


「あれ? ノエルじゃないか? 久しぶりだな」


道の向こうから、ガタイのいい青年が、ノエルさんに声をかけます。

フードかぶって顔隠してるのに、すっごいバレバレです。なんで気づくんでしょうか。10メートルくらいは離れてますよ。

この村の人たちは、みんな目がいいんでしょうか。


「よう、ノエル。久しぶりだな。俺だよ、ブラウンだよ」


青年はブラウンと名乗り、こちらに近づいてきます。

ノエルさんは言います。


「俺はノエルじゃない。シエルだ」


偽名ときましたか。バレバレなのに……。


「何を言っているんだよ、ノエル。その体つきや声から、はっきりわかるぜ。

 何より、そのフードは見覚えがある。どう見てもノエルじゃないか」


「あまり俺に近寄らないほうがいい。俺は死神と呼ばれているんだ」


本気で言っているんでしょうか、この人は。

普通、日常会話で死神なんて使いませんよね。


「死神ぃ? 何言ってるんだ?」


「そうだ、俺は死神だ。さもないと、

 暗黒の魔剣・マンサルクでお前の頭をぶっとばすこともできる」


かっこいいボイスで言い放つノエルさんですが、丸腰です。かっこ悪い。

どこに魔剣があるんでしょう。エア魔剣でしょうか。


私はすかさず突っ込みを入れます。


「どこに魔剣があるんですか、ノエルさん…。丸腰じゃないですか」


「う、うるさい! 魔剣は、家の倉庫に立てかけてあるんだよっ!

 って言うか、俺をノエルって呼ぶなよ! シエルと呼べ!」


「やっぱりノエルじゃないか。まったく。あんまり友人を騙すもんじゃないぜ?

 まあ、それはいいとして…自警団に入る気になったか?」


「何度も行ったはずだ。自警団に入る気は無い」


「しかしなぁ……ノエル。お前、傭兵をやっていたんだろう?

 風の噂じゃあ、凄腕の剣士だったそうだな?

 そんな奴が自警団に入れば、山賊だって怖くないよ」


「俺の腕は罪で穢れている…。穢れきって、腐り落ちそうなほどにな。

 だから今は清浄化中だ。休んでいるんだ。誰にも力を貸したくない」


「ふーん。まあそう言うなら、それでもいいけどよ。

 困るのはお前のほうだぜ、ノエル。

 山賊のせいで村が滅べば、家の中にいることもできなくなるだろうよ。

 …ところで、横の女の子は誰だ? お前の知り合いか?」


「この子は、軍師見習いのクリムだ。自警団のために、力を貸したいと言っている」


「軍師見習いのクリムです! ブラウンさん、よろしくお願いします!」


「軍師……? なんだってそんな職業の人が、この辺鄙な村にいるんだ?」


ブラウンさんは疑問の目で私を見ます。詐欺師か何かだと思っているのでしょうか。心外ですね。

こうなったら、私が名軍師(予定)ということをアピールしないといけません。


「軍師じゃなくて、見習い軍師です!

 見習い軍師の旅の途中、この村に寄ったんです。

 今、この村は山賊被害で困ってるそうですね。

 半人前ですが、軍師としての力をぜひお貸ししたいと!

 そう思っているわけですよ」


「そうかい。まあ別にいいや。見習い軍師でも。自警団は人手が足りないんだ」


なんだか軽く見られてますね……。まあいいです。

自警団に加入したあかつきには、大活躍してみせますよ。


「あと、ノエル、お前も俺についてこい」


ブラウンさんは、熊みたいなぶっとい腕で、ノエルさんの肩をつかまえます。


「なんで俺が」


「自警団は人手が足りないっつっただろ。お前も来るんだよ」


ブラウンさんは、ノエルさんの腕をぐいっとひっぱります。

なかなか大きい腕です。私ならふりほどけません。


「いやだ。俺は戦いたくない」


「まあそう言うな。俺と一緒にアツい汗を流そうぜ!」


暑苦しい顔でノエルさんにせまります。ちょっとノエルさんがかわいそうになります。


「だから駄目って言ってるだろう! 俺の腕は…穢れてるんだよ!」


ノエルさんはそういうと、素早い動きで、

あっという間にブラウンさんの腕から離れます。

早すぎて見えませんでした。私は目をぱちくりさせます。

あんな熊みたいな腕を一瞬でふりほどいたのでしょうか。信じられない気分でした。


「おっ…ノエル、いつの間に、俺の腕をふりほどいたんだ?

 早すぎて見えなかったぞ」


ブラウンさんも驚きを隠せません。


「俺は、自警団には入らない。さらばだ」


ノエルさんは走り出します。逃げるために走ります。私たちに背を向けて。


「ノエルさん! 待ってください!」


追いかけるため、私も一緒に走り出します。

ブラウンさんも、後を追います。


「待てと言われて、待てるものか」


ノエルさんはよほど捕まるのが嫌なのか、全速力で走っています。


「おや? あの人は…」


私は気づきました。ノエルさんの走る方向に、誰かがいます。

槍を持った女の人――シャロさんです。


ノエルさんも、シャロさんの姿に気づいたのか、少し走る速度が落ちました。

逃げる道を模索しているのか、顔を右に向けたり、左に向けたりしています。


「シャロさん! ノエルさんが逃げます!」


私は大声で叫びます。


「シャロ! そこをどけ。俺は逃げている」


「いいえ、逃がさないわ、ノエル」


シャロさんはそう言って、ノエルさんに槍を向けます。槍先が太陽を反射して、光ります。刺さったら痛そうです。


「何を言っているんだ、シャロ。それにお前、畑の様子を見に行っているんじゃあ…」


「嘘よ。畑の様子を見に行くフリをしただけ。さっきまで自警団の詰め所で、ノエルとクリムを待っていたわ」


「なんでそんなことを」


「ノエルを自警団に入れるためよ。クリムと一緒に行けば、多少は自警団のほうに足を向けやすいでしょ」


「くそっ。シャロ…お前もグルなのかよ。

 いいか。俺の腕は穢れているんだ。これ以上、腕を穢したくない。

 山賊と戦うのはごめんこうむる」


「……どうしても、だめ?」


「ああ、そうだ。ダメなものはダメだ」


「…わかったわ」


悲しそうな顔をしたシャロさん。ノエルさんに槍を向けるのをやめます。槍を下ろします。

このままノエルさんを逃がしてしまうのでしょうか。

いいえ、それは違いました。


からんころん。ころんころん。

シャロさんは槍を地面に落とし、ノエルさんの足もとに転がします。


「ノエル。どうしても逃げるというなら、その槍で私を好きなようにして」


「ええっ!?」


ノエルさんも、ブラウンさんも、私も、みんな凍りつきました。

シャロさんはその場にうずくまり、動こうとしません。


「何を言っているんだ。そんなことできるわけないだろ」


と言いつつ、ノエルさんは、槍を拾います。


「シャロを槍で刺すくらいなら、ブラウンを槍で刺す」


「ええ!? 俺かよ!?」


ブラウンさんは「簡便してくれ」と言いたそうな顔をしました。


「……女じゃなくて、男のほうを槍で刺すんですね。ノエルさんは」


私は意味深なセリフをつぶやきます。


「クリム、今なにか言ったか?」


「いえ、別に」


私はとぼけてみせます。

しかし、いったいどうなるんでしょう。シャロさんもノエルさんも一歩もゆずらなさそうです。目が離せません。

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