第46話 必殺の矢

パヴェールたちの謀略など知る由もなく、ノエルたちは、ベーク領へ足を踏み入れる。ノエル傭兵団は、デニスの馬車を中心に、周囲に、ヘーゼルたち四騎士が騎乗し、馬を歩かせていた。

馬車内には、馬を扱えない者たちが、揺られながら、座っていた。


「そういえばさ……私がオーラン領の外に出るのは初めてなんだよね」


シャロが突然、そう言い出した。


「そうだな……。

 シャロやステラは、村の外にですらあまり出なかったからな」


「ベーク領ってどんなところなの?」


ステラが興味津々で目を輝かせる。


「俺もあまり知らないな……。

 クリム。何か知らないか?」


物知りそうなクリムに話しかけてみる。

クリムは、「よくぞ聞いてくれました!」的な笑みを浮かべる。


「ベーク領はですね……。

 富裕な商人が多いですね。

 国境に近い場所で、海とも面しているので

 他国との貿易がさかんなのですよ。

 もちろん、王国内の他の領とも、商売をしています」


「へぇ……」


俺は、クリムの博識に少しだけうなずいた。


「ですが、昨今は帝国との戦争のせいで、他国との貿易が滞りがちで、

 不満を持っている商人も多いです。あと……」


「あと?」


「あまり大きな声では言えないのですが……」


「何か悪いことでもあるのか?」


「はい。

 富裕な商人が多いぶん、経済格差も大きいです。

 貧困層は、金持ちに対して不満をもっており、治安が崩れかけています」


「つまり治安が悪いと……そんなとこを通行して大丈夫なのか?」


「王都へ急ぐには、ベーク領を通るしかないんですよ。

 他は遠回りになっちゃいます。

 幸い、ノエルさんや騎士さんたちがいるので、

 私たちに襲い掛かるような不届き者はいませんよ……多分」


「多分って……おいおい。

 治安を守る警備兵とか、そういうのはいるんだろう? さすがに」


「いますけど……。

 腕に覚えのある兵士は、商人がみんな私兵として雇っちゃうんですよ。 

 おかげで、領民のための治安を守る兵士がいません」


「それはやばいな」


「ええ。地獄絵図ですよ。

 でも、商人たちに対抗する組織もいるらしいんですよ」


「そんな組織があるのか」


「義賊団という組織があります。

 金持ちの商人を次々と襲い、金品を平民に分け与えているらしいです」


「ふむ」


「でも、その義賊団にもいろいろと問題がありまして……。

 一部は過激化・暴徒化して、問題になっています。

 商人一家を皆殺しにした挙句、金品を独り占めする輩もいるようです。

 はっきりいって、盗賊団と言っても差し支えはありません。

 善良な義賊団もいるのですが……。残念な話です」


「賊に狙われないためにも、

 金持ちと勘違いされないように行動したほうがいいってことか」


「そうですね」


「……なあ、クリム。

 今の俺たちって、大量に馬車に荷物とか積んでるんだが、

 これって金持ちと勘違いされないか?」


「これくらいの馬車なら、街中でもいっぱい見かけるので

 別に特別じゃないですよ」


「そうか……何事もないといいが」


俺は、不安を抱きながら、馬車内を揺られていった。


やがて、宿泊先の街にたどり着いた。

比較的富裕な街らしく、道には、着飾った人々が出歩き、

強そうな警備兵が闊歩していた。

ここなら、そこまで、治安の悪さを心配しなくてもよさそうだ。


「リンツ。俺たちは、今日、どこに宿泊するんだ?」


俺は、王都までの道案内役となっている、騎士リンツに今日の宿泊先を尋ねた。


「モンドアー伯爵邸です」


「伯爵邸!? すごいところに泊まるんだな……」


「ミスティ公女は、シュクレア国の要人ですからね。

 そこらへんの宿屋では、安全を担保できませんし。

 今後も、緊急性のない限りは、領主様の手配してくれた、

 比較的安全な場所に宿泊することになります」


「そうか。なんだか気後れしてしまいそうだな。

 金持ちの家に泊まるのは」


「はっはっは。そのうち慣れますよ」


リンツは穏やかな口調でそう言うが、俺にはとても信じられなかった。

金持ちの家には、傭兵やっている時代にも何度か泊まったことがあるが、気取った人間がいたり、よくわからない装飾品があり、作法があり、毎回毎回気が滅入る。少なくとも、俺には合わない。唯一、食事はうまかった。


俺は今日の夕食のことを考えながら、ぼんやりとしていたが、

いつのまにか、ミスティやリンツと一緒に、モンドアー伯爵と面会することになった。


「ようこそ、ミスティ公女。モンドアーと申します」


恰幅のよい、長いヒゲの男が現れる。いかにも、貴族然とした風貌の男だった。


「モンドアー伯、このたびはお泊めいただき、感謝いたします」


リンツとミスティが頭を下げる。俺もあわてて頭を下げた。


「公女は要人ゆえ、当然のことであります。

 ミスティ公女、はるばる遠くから、大変な旅路でありましょう。

 できるかぎりの支援はいたしますぞ。

 リンツ殿も、ここまでご苦労様でした。

 国境の警備の途中であったと聞いておりますが、

 このような時期に厳しい判断だったと思います。

 それと……」


モンドアー伯爵は俺のほうを見る。

あれ? 俺にも話題がいきそうだぞ。


「護衛役の者とお見受けしますが、

 ミスティ公女のこと、なにとぞお願いしますぞ」


ほっ。俺のことを知っていたら少し話に困っていたかもしれない。

やはり、貴族みたいな人間が、俺のことを知っているはずがないか。


「護衛役の人には知ってもらいたい話なのですが、

 ここベーク領には、今、賊が領内を荒らしまわっております。

 庶民は義賊団ともてはやしますが、我々にとっては、ただの過激派です。

 特に、気をつけてほしいのが、ロシェという男です」


「ロシェ……!?」


ミスティがロシェの名に反応し、小さくつぶやいた。

ミスティは、ロシェのことを知っているのだろうか?

モンドアー伯爵は、ミスティの声に気づかなかったのか、

そのまま話を続ける。


「ロシェという男は、名の知れた傭兵で、賊に手を貸しています。

 特に弓の扱いに長けており、『必殺の矢』と称して、

 何人もの人間の命を奪っております。必殺の矢は、百発百中。

 命中しようものなら、生きてはいけませぬ。

 ミスティ公女も気を抜いてはなりませぬぞ」


「……ええ。承知いたしました。

 モンドアー伯。ご忠告ありがとうございます」


ミスティは、何事もなかったかのように、そのままモンドアー伯爵との面会を終えた。ロシェについては特に何も言及しなかった。

でも、あの反応を見ると、何かを知っていそうだな……。

あとでこっそり聞いてみるか。

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