第42話 月下の公女

いや、ちょっと待て。

俺は何を考えているのだろうか。

魔法で癒されないと、まともに行動できないのか? それでいいのか?


今日は、もう寝たほうがいい。


俺はベッドにもぐりこんだが、なかなか寝ることはできなかった。

ベッドの上をごろごろ転がる。目は閉じても意識は閉じない。


さて、何時間たったのだろうか。

このままでは、夜も眠れず、明日の行動に支障をきたす。


こうなったら睡眠薬だ。

が、手元にはない。

どこにあるんだっけ?


……眠れない。もういい。あきらめよう。

ベッドから抜け出し、部屋の外へ出る。人はいない。

静かだな。深夜だし、当たり前か。


中庭に出る。ずいぶん広い中庭だ。草花が月明りに照らされる。

ずいぶん種類が多いようだが、どういう植物が生えているか、いまいちわからない。夜だし見えにくいし。


ん? 誰かいるな。警備兵だろうか。


黒い人影。近づいて、じっと見る。

月明りが、人影を少しずつ照らしていく。

あれは……。


ミスティだ。


こんなところに、一人でいるのか。

一体なにをしているのだろうか。

俺は気になり、声をかけてみようかと思った。


だが、そうなる前に、俺の姿が気づかれてしまった。


「そこに誰かいるのですか」


うっ。

なんと反応すればいいのだろう。

俺は、ばつが悪そうに頭をかきながら、「俺だ」と言って前に出る。


「ノエルさん……」


「いやその……眠れなくてな。

 それより、ミスティこそ何をしている。

 いま一人でいるのは、危ないはずだ」


「……疲れました」


「は?」


「常に、誰かが私のそばにいます。

 護衛、護衛、保護、保護……。

 一人になる時間はありません」


「そうか……それも、そうだな」


「こうして一人でいられるのは、深夜に外出するときくらいでしょうか」


それって結構危ないんじゃ……。


「あとは、ステラさんと会話してるときくらいですね。

 気晴らしができるのは……」


そういえば、ステラと仲良くしていたんだっけ。


「ステラさんから、最近よく綺麗なアクセサリをプレゼントされます。

 うれしいけど、どこから持ってきたのか気になります……」


ステラの奴……また、どこからか盗んできたな。

あいつ、あとで教育しないといけないな……。

はぁ。心の中で、溜息をもらす。


「多分そのアクセサリ……どこからか盗んできてるかもな。

 ステラが変なことしたら、叱ってくれ。俺からも言っておく」


「はい」


「俺は寝室に戻る。ミスティも早く寝るんだ」


「待ってください」


「?」


「疲れていませんか?」


「それは……」


ミスティの突然の質問に口ごもる。

正直言えば、疲れている。いや、悩んでいると言ったほうがいい。

だから眠れなくて、夜の中庭まで来てしまった。


正直に言ってもいいのだろうか?

俺は、また……ミスティの魔法のお世話になるのだろうか?


俺は、ミスティの魔法に依存したくなかった。

あまり魔法に依存すると、ミスティがいなくなったとき、大変なことになる。


だが、俺の心の中には、もうひとつの声が聞こえる。

「癒されてしまえ……」と。

「不眠のせいで、明日の行軍がダメになってしまってもいいのか?」と。

俺は、その声に抵抗することができなかった。


「眠れないんだ。

 疲れているというより、悩みがあって」


「悩み?」


「俺は、傭兵団の長として、行動しなければならない。

 プレッシャーを感じて、苦しんでいる」


「もしかして……私を守りながら、傭兵団を動かすのがつらいのですか?」


「そういうことでは……。

 いや、とりつくろっても仕方がない。

 ミスティの言うとおりだ。

 俺は、数日前まで、なんでもできる、俺は最高だ、と

 万能感をもっていたが、こうして仕事が目の前にあると、

 一気にメンタルがしぼんでしまう。

 ミスティ、俺を助けてくれないか……」


「ノエルさん。

 私は、ノエルさんを信用していますよ。

 だからそんなに……不安にならないでください」


「無理だ。不安になってしまう」


「それなら……また私の魔法をかけてあげましょうね」


そのとき、ミスティの唇が、蛇のようにニヤリと曲がった気がした。


俺は、ミスティの唇が気になったが、癒しの魔法をかけられるのなら、

そんなことは、もうどうでもよかった。


俺の胸に、ミスティの指が触れる。

指を通じて、あたたかなものが、俺の胸中に流れ込んでくる。


やがて、俺の頭がぼうっとしてきて、天にも昇るような幸福感に包まれたあと、

強烈な眠気に襲われ、その場で意識を失った。


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