第66話 必殺の矢、再び

「そこで止まれ!」


ロシェたちの眼前に現れた人物は、制止の声をあげる。

それはもちろん帝国の諜報員だった。


「ロシェよ。これはどういうことだ。

 変装したディーヌは死に、今お前の抱きかかえているその人物は――ミスティ王女のように見えるが? 説明してもらおうか」


「俺が殺したのはディーヌではなく軍師クリムのはずだが」


ロシェはクールに言い放つ。


「とぼけるな! 真実を話してもらわねば、今ここで死んでもらうしかない。

 お前がいま抱きかかえているのはミスティ王女なのだろう?

 王女を今ひきわたせば、ディーヌの件は不問にするよう処理する。

 悪くない話だと思うが……。もし断れば、四方八方から刃がとびかかるだろう。

 お前は囲まれているのだぞ。わかっているな?」


目の前の諜報員以外にも、周囲に光る眼が見える。

諜報員は複数人で行動する。

お互いを監視するため。そして裏切り者を殺すため。


「……」


ロシェは無言をつらぬく。


「答えよ! ロシェ!」


諜報員は怒りのこもった口調で問い詰める。


「ロシェ……」


ミスティは、ロシェの顔を見て小声でつぶやく。

絶対絶命の状況にもかかわらず、ロシェは無表情だ。


「答えないようなら、もはや実力行使をするしかない。

 ものども、かかれ!」


諜報員は、他の諜報員に指示をくだす。

ロシェを囲むように、四方八方から光る眼が視線を向け、飛び出そうとする。


「ぐわぁっ」


悲鳴をあげたのは、ロシェではなく、諜報員たちのほうだった。


どさり、と諜報員の一人が倒れる。

背中には矢が深々と突き刺さっている。


「なにっ!? いったい何が起きて……」


突然のことに、諜報員たちは浮き足だった。

諜報員たちの目の前には、謎の武装した集団が現れていた。

少なくとも、諜報員たちの味方には見えなかった。


「お前らは……! ま、まさか王女の護衛の……!」


諜報員の目には、ノエルとリンツ、そしてノエル傭兵団の面々が映っていた。


ノエルたちは、ミスティの寝室で気絶したクリムを発見し、

さらにミスティ王女が屋敷から姿を消したという情報を得て、

消えた方向を調査し、この場に到着した。


「ミスティ! 助けに来たぞ!」


ノエルが第一声をあげ、そして少し離れた場所に、ミスティと、それを抱えるロシェの姿を見つけた。


ノエルはその様子を見て異変を察知した。

ロシェがミスティを人質にとっているように見えたからだ。


「ロシェ! ミスティをはなせ!」


「待ってください、ノエルさん。ロシェは今は味方です!」


「なに? どういうことだ……」


「事情はあとで話します! 今は帝国兵を壊滅させてください!」


ミスティの話を聞いて、釈然としないノエル。

なぜミスティとロシェが一緒にいて、しかもロシェは味方だと言い張るのだろうか。

だが戦いは始まり、考える時間を与えてくれない。


帝国の諜報員たちは、刃物や弓矢を手にとり、ノエルたちに襲い掛かってきた。


「ここでお前たちの首をあげれば、俺たちも出世できるというものだ。

 さあ、死ね!」


諜報員たちは口々にそのようなことを言いながら、迫ってくる。


「弓矢を持っている敵は私が倒します!

 ノエルさんたちは接近戦を行ってください!」


「わかった!」


リンツは弓を構え、弓装備の諜報員を射ようとして、弦を引き絞る。

だが弓装備の諜報員は、危険を察知し、すぐに隠れる。


「隠れたか……!」


弓装備の諜報員は、木々や茂みに隠れ、反撃の機会をうかがっていた。

すばやく隠れ、すばやく射る。それが彼らの戦法だった。


(ノエル傭兵団の副団長リンツ……あいつも弓の名手ときくが、

 弓の腕前だけでは生き残れないのだよ。

 気配を消した俺の姿を見つけられないようなら、射殺されるのを待つだけだ)


諜報員は、遠く隠れた場所から、弓矢をリンツに向ける。

リンツは気づいていない。

諜報員は、きりきりと弦を引き絞る。


(死ね!)


だがその矢はリンツに刺さることは無かった。

なぜなら諜報員の胸に矢が突き刺さったからだ。

その矢はリンツの放ったものではない。


「が……はっ……ロシェ、きさま、裏切ったな……」


諜報員はそのまま倒れ、動かなくなった。

諜報員が最期に目にしたものは、弓矢を構えてこちらを見るロシェの姿だった。


「……」


ロシェは無言で立ったままだ。

そして数秒後、小さくつぶやきだした。


「俺の集中力は完全に切れた。休む。

 ノエル傭兵団よ。その力をとくと見せてもらうぞ……」


ロシェにとって、必殺の矢を射るには、かなり集中力の要ることだった。

ディーヌを射殺し、諜報員の一人を射殺し、それで仕事は終わり。

きょうのロシェの集中力は切れてしまっていた。


ノエルは弓をしまい、隠れ、ノエル傭兵団の様子をうかがう。


遠くでは、リンツとノエルが何やら相談をしていた。


「このような隠れる場所が多いところで戦うのは不利です。

 帝国の諜報員は隠れるのが得意。

 なれば、ここで戦うのは得策ではありません。

 ミスティ様は、さきほどロシェから引き取りました。

 ノエル殿。ここはいったん下がり、ひらけた場所へ行きましょう」


「わかった。リンツがそう言うなら。

 ミスティが戻ってきたなら、ここにいる必要はもうないな」


どこに諜報員が隠れているかわからない場所で戦うのは危険。

ノエル、リンツ、他の団員たちはその場を走って脱出する。

(ミスティは体が痺れたままで動けないので、シャロに抱きかかえられて脱出した)



その後、諜報員たちも不利を悟ったのか、追ってくることはなかった。

ノエル傭兵団は屋敷に戻ったあと、最大級の警戒態勢をしき、

ミスティの寝室の中にも「寝ずの番」を置くのだった。

そして明朝。


「ノエルさん、リンツさん。あの、話があるのですが……」


ミスティは、諜報員たちに捕まった経緯をノエルとリンツに話し、ロシェを仲間に加えるようお願いした。ノエルとリンツは難色を示したが、ミスティに近づけすぎないことを条件に合意するのだった。


こうしてロシェは、ノエル傭兵団の一行として正式に加入するのだった。

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