第28話 腕試し

ヘーゼルは、ノエルの家に再び足を運んで、開口一番に言い放った。


「ノエル、俺とつきあってくれないか」


「断る」


ノエルは、ヘーゼルに背を向けながら、冷たく断った。即答で。

あまりのつれない反応に、ヘーゼルは鎧ごとずっこけた。


「いきなりお断りかよ。少しは話を聞いてくれ」


ヘーゼルは、ノエルの前に回り込みながら、困った様子で説得しだす。


「どうせ、ろくでもない用に決まっている」


「そう疑うなよ」


「お前の顔に出ている」


「顔を見ただけでわかるとは、恐れ入ったよ」


「話してみろ」


「単刀直入に言いたい。

 久しぶりに会ったんだから、お前と腕試しをしたい」


「どういうことだ? 俺と戦いたいと?」


「そうだ。

 傭兵時代を過ごしたお前の剣の腕前……。

 この目でたしかめたい」


ヘーゼルは、真剣な表情で、ノエルを凝視する。

ノエルも、その真剣な表情を見て、無碍に断ることもできなかった。


「ずいぶんと真剣だな。そんなに俺と戦いたいのか?

 ……後悔するなよ」


「後悔? それは……どっちの意味の後悔だ?」


「戦えばわかるさ。

 近くに広い場所がある。

 そこでやろうじゃないか……。

 クリム! そこにいるか?」


ノエルは、家の中に向かって、声をかける。

クリムが、部屋の中から、頭をひょっこりと覗かせる。


「ノエルさん。ここにいますよ。

 すべて聞こえてました。

 まーた何か面倒ごとですね」


「俺とヘーゼルとで、腕試しを行う。

 立会人になってほしい」


「わかりましたよ。

 ……無理はしないでくださいね?」


クリムは、少しあきれた様子で、ノエルを見る。


「わかっているさ」


数分後。

場所は変わって、ノエル宅近くの広場。

ノエルと、ヘーゼルは、互いに戦準備を終え、対峙していた。

その間には、立会人のクリム。


ヘーゼルが最初に口を開いた。


「ノエル。……なんだ、その武器は」


「棍棒だ」


ノエルは、右手にしっかり握った棍棒を、ヘーゼルに見せつける。


「そんなものは見ればわかる。

 昔、お前と会ったとき、持っていた武器は、剣だった。

 なぜ棍棒なんだ」


「今、お前にそれを話すことはできない。

 棍棒じゃ不服か?」


「そんなことはないさ。

 ……不服はないよ。さあ、やろうじゃないか」


ヘーゼルは、両手で木剣を構えた。


練習用の木剣だ。ただの腕試しなので、殺傷能力の無い木剣を使用している。

もちろん、当たれば痛い。あざが残るだろう。


そして 棍棒 VS 木剣 の戦いが始まった。


ヘーゼルは、木剣を振り回す。

木剣は棍棒よりもリーチが長く、ノエルに対してかなり優勢だった。

ノエルが棍棒を振り回すより早く、木剣の長さがノエルを制する。

そのたびにノエルの足は止まり、ヘーゼルが前進。

ヘーゼルの勢いは衰えることなくノエルを追い込んでいく。


一方、ノエルは、棍棒で木剣を防ぐのが精いっぱいで、防戦一方だった。


「どうした、ノエル! 守るばかりじゃ、勝てないぞ!」


ヘーゼルは、ノエルを追い詰めていく。


ノエルは、息切れし両肩を上下させ、無言のまま、ヘーゼルをにらみ返す。

汗が、頬をつたう。


「ヘーゼル。俺がそのままやられると思うか?」


息を切らしながらも、ノエルは、挑発的につぶやいた。


「何?」


「俺のあきらめの悪さを、お前は知っているはずだ」


「ああ。たしかにお前はあきらめが悪い。

 あのときもそうだった。今もそうだと思っている。

 そろそろ見せてくれよ。

 あきらめの悪さというやつを……。いくぞ!」


ヘーゼルは、とどめをささんばかりの勢いで、ノエルに突進する。

木剣が、ノエルに迫る。


紙一重で回避する。

木剣の一振りで風が巻き起こり、ノエルの髪が、ゆらゆらと舞う。


「さっきから単純な突撃しかない。

 ヘーゼル。お前は真面目な奴だ」


「何っ!」


「わかるよ。この動き……。

 まっすぐな剣の使い方しかできない。

 邪道のない、その王道な動き。

 ヘーゼル。お前は昔から変わっていないな」


「ノエルこそ、やるじゃないか。

 今のかわし方、昔のお前ならできなかった。

 腕を上げたな。

 だが、これならどうだ!」


ヘーゼルは、フェイントのような動きを混ぜて、左に、右に、木剣を振り回す。

さっきの単純な突撃よりも、見づらい動きだ。

だがノエルは、それも見切ったかのように、ひらりひらりとかわしていく。


「むっ……」


勝機が見えづらい展開になり、ヘーゼルの表情が曇る。

すかさず、ノエルは、棍棒でけん制する。


「反撃だ」


「その棍棒でか?」


「そうだ」


「やはり気になるな……。

 なんで棍棒なんだ? あの魔剣はどこいった?」


「魔剣のことか……」


「そうだ。大事にしていたじゃないか。

 それなのに、なぜ棍棒なんか」


「魔剣は……もう使えなくなった」


「え!? なんだって!?」


「理由はわからない。鞘から抜けなくなった」


「な、なんでそんなことに……」


「スキあり!」


ヘーゼルがたじろいだスキに、ノエルは、

素早い動きでヘーゼルの足を払う。


倒れたヘーゼルの眼前に、棍棒を振り下ろそうとする。

そこで手を止める。


「勝負あり! ノエルさんの勝ちです!」


クリムがノエルの勝利を宣言する。

ノエルは、勝利の笑みを浮かべながら、棍棒をヘーゼルの目の前から退かす。


「し、しまった……。つい冷静さを失ってしまった!

 くっ……」


ヘーゼルは、悔しそうな表情で、よろよろと立ち上がる。


「ヘーゼルも十分強かったよ。

 あのままだったら、俺もやられていた。

 今勝利したのも、だまし討ちしたようなものだし」


「そう謙遜するな。勝ちは勝ちだ。

 ……俺も油断していたよ。まったく。

 しかし、どうして魔剣が使えなくなったんだ?

 純粋に気になる。教えてくれ。

 あれは、ノエルの相棒にも等しい剣だっただろう?」


「……俺も知らない。

 山賊と戦おうとして魔剣を抜こうとしたら

 抜けなかった。だから棍棒に持ち替えた」


「ははーん、愛想をつかされたんだな、魔剣に」


「からかうなよ。魔剣とはそんな仲じゃない」


「じゃあ俺が使っちゃおうかな、魔剣」


「お、俺の魔剣を勝手にとるなよ」


「冗談だよ冗談……。そんなムキになるなって」


「ムキになってない!」


ノエルとヘーゼルがだらだらと会話しているので、

クリムが、間に割って入った。


「あのー。お二人とも。

 そんなイチャイチャしないでください。

 もう試合は終わりですよ」


「イチャイチャしてない!」


ノエルが怒鳴った。


「さて、俺はそろそろ、戻るとするよ。

 アマレート様に報告することがあるし」


「報告? 何を報告するんだ」


「ノエルはやはり強かったと報告するのさ」


「俺のことを報告してどうする」


「決まっているだろう。

 山賊退治に少しでも加勢してもらうためだ」


「おいおい……勘弁してくれ。

 騎士団と自警団だけでなんとかするんじゃないのか」


「戦力が足りない。元傭兵のお前が加勢してくれるんなら心強い」


「俺は加勢しないぞ」


「いいのか? このままだと山賊にずっと悩まされるぞ。

 それに、お前だって、この村にずっといたくはないんだろう?

 俺は知っている。お前の性格を。

 どんな理由かは知らないが、お前、傭兵を辞めたらしいな。

 村に戻っていても退屈だろ。そんな目をしている」


「俺だって、いつまでも村にいたいわけじゃない」


「どうだ。俺たち騎士団と一緒に……やらないか。山賊退治」


ヘーゼルの申し出に、ノエルは返答せず、黙り続ける。

すかさず、クリムが横槍を入れてくる。


「ノエルさん、やっちゃいましょうよ。

 だって、頭脳担当のわ・た・しもいるじゃないですか。

 山賊なんて、私とノエルさんの手にかかればイチコロですよ」


クリムは、頭のネジがゆるんだかのような口調で、そう言った。

ノエルは、何かを言いたそうに口を開けたが、クリムの言葉にさえぎられた。


「それに……ノエルさんたちに助けてもらった恩返しもしたいですし。

 少しは村の役に立ちたいですので」


クリムは真面目そうな声でそう言った。

ノエルは、だんだん断りづらい雰囲気を感じてきた。


「……俺に戦ってほしいなら、

 1つだけ守ってほしい約束がある」


ノエルは、棍棒を肩にとん、と置いた。


「守ってほしい約束?」


クリムはきょとんとした目で見る。


「俺は……傭兵時代のようには戦えない。

 魔剣も使えなくなったし、精神的にも弱くなった。

 ヘーゼル。クリム。俺を支えてくれ。

 それだけが、守ってほしいことだ」


ノエルは、暗い表情で、顔を下に向ける。


「ノエルさん……」


心配そうなクリム。


「ノエル。お前……。

 わかったよ。

 俺だって、騎士になってずいぶんと修行したんだ。

 危なくなったら、俺が背中を守ってやる。心配するな」


ヘーゼルは、ノエルを安心させるような言葉を使った。

一方、心の片隅では、少しだけ動揺するのだった。

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