第35話 白馬の聖騎士

「ステラ!」


俺(ノエル)は、思わず叫んだ。声にならない声で、叫んだ。

ステラは、敵の一撃を受けて、その場に倒れた。


死んだ?

いや、まだ動いてる。致命傷ではなさそうだ。

だが、怪我を負っている。

もうすばしこく動けないだろう。

次、敵の攻撃が始まれば、もう避けようがない。


「ステラさん!」


クリムが、ステラに近づく。

近づくな! クリム!

非力なお前では、敵の攻撃を受け止めきれない!


くそっ……。

俺が、俺がやるしかない。

俺は、死にそうなメンタルをたたき起こし、しっかり立ち上がると、

吐き気をこらえ、全速力で駆け出した。


「そこをどけ!」


俺は、右手の棍棒を、思い切りぶん投げて、敵の顔面にたたきつけた。

敵の頭部は鉄の兜で覆われていたが、ぐしゃ、という鈍い音がして、

敵は反応を失い、そのまま、その場にばたりと倒れこんだ。

ガデニアたちは、その場に立ち尽くす。あっけにとられているようだ。


俺は、クリム、そしてステラの手をとり、

ステラを担ぎ、クリムと一緒に、敵の眼前を全速力で逃走した。


逃げる、逃げる、逃げる……。

敵は襲ってこない。誰一人として。

そして、どこまで逃げただろうか。

俺はそのまま疲労感に襲われ、ステラをおろし、クリムと手を離し、

その場によろよろと座り込んだ。そして吐いた。

吐き終わり、右腕を見る。

ステラの体から流れた血が、べったりとついている。


「くそっ……」


ステラは大丈夫か。顔を見る。

息はしている。が、かなりの怪我だ。


くそっ。

俺のせいだ。俺のせいでステラが怪我を……。

心が闇に覆われていく。


「ノエルさん! ここは私が応急処置をします!

 戦場へ戻ってください」


「うるさい! 無理を言うな!

 俺だって……俺も……限界なんだ」


「いったい何があったのですか。

 急に苦しみだして……」


「過去のトラウマがよみがえった。

 今はそれしか言えない。それ以上は……言えない。

 はっきり言葉にしてしまうと、俺は、もう耐えきれない」


「ノエルさん……そんなに……。

 そこまで、心を病んでいたのですね」


「さっきは怒鳴ってすまなかった。

 俺は……過ちを繰り返したくない。

 クリム。シャロとヘーゼルは?」


「まだ戦っています……生きてさえいれば」


「そうだな……」


俺とクリムはしばらく沈黙した。


そんなことしている場合ではないのだが、

お互いに反応に困り、何を行動していいか、

すぐに頭が切り替わらなかった。


「俺は、戻る」


俺は、よろよろと立ち上がると、足をひきずるような気持ちで、

戦場へ戻ろうとする。


「行ってらっしゃい」


クリムは、ただそれだけを返した。


「ステラを頼む」


俺は、それだけ言うと、重い足取りで、戦場へ戻る。

いったい今どうなっているのだろう。

シャロとヘーゼル、みんなは無事だろうか。

生きていてくれるだろうか。


そういえば、棍棒をさっき投げてしまったので、武器がない。

そこらへんに落ちている石を拾った。

いざとなれば投石だ。


恐る恐る戦場へ戻る。

怒号が飛び、床には、多数の人間が倒れている。敵も味方も。

まだ戦闘は続いているようだ。

こみ上げる吐き気を頭痛を抑えながら、

俺は、こそこそ隠れながら、戦場をしっかり観察する。


ガデニアは、戦闘に参加せず、どっしり構えている。

とはいえ、武器を持ったままだし、いつでも戦える態勢ではあるようだ。

ガデニアの部下の鎧山賊2名のうち、1人は倒れたまま。(おそらくもう動けない)

もう1人の鎧山賊は、シャロとヘーゼルを追い詰めている。

すぐにでも助けてやりたい。

だが、投石では、鎧山賊にダメージを与えることは無理だ。


何より、さっき全速力で走ってきたせいで、少し疲れている。

くそっ。

このまま見捨てることしかできないのか……。


そのときだった。

ガラスが割れるような音が、はっきり聞こえた。

武器を振り回したせいで、窓か陶器が、損傷したのかと思った。


違った。

戦場となっている大広間の、大きな窓が割れた音だった。

武器で割れたのではない。

そこから現れたのは、1騎の白馬の騎士だった。


「オーラン領騎士団長、アマレート! ここを……制圧する!」


白馬の騎士の正体は、アマレート。

アマレートは馬上から斧を振り回しながら、騎馬を走らせる。

馬のひづめの音が、あたりに強く響き、地面が揺れた。

驚きのあまり硬直した敵めがけて、斧が振り下ろされていく。

鎧山賊に直撃し、鎧が真っ二つに割れた。


「ぐはぁ!」


断末魔の悲鳴をあげ、鎧山賊は動かなくなった。一撃だ。


「アマレート様に続け!」


割れた大窓からは、騎馬兵が2~3名ほど続々と現れる。


「ザッハ! リッター! 援護を頼む!

 山賊どもを逃すな!」


アマレートの指示のもと、後続の騎馬兵たちが、それぞれの武器を振り回し、

槍で、斧で、残った山賊たちを打倒していく。


次第に、山賊たちは不利になり、逃げだす者が現れだした。

ガデニアもまた、不利を悟ったのか、城を捨てて、逃げることを決意した。


「ちっ……ヌストルテめ。しくじったな!

 あのいまいましい騎士どもを、仕留めそこなうとは!」


ガデニアは、副首領ヌストルテに、

アマレートたちを背後から襲うよう命令していた。

それも、たやすく突破されてしまったようだった。

こうして、アマレートたちが援軍に現れたのだから……。

今頃、ヌストルテはくたばっているのだろう。


俺は、ガデニアを逃がさないよう、あとを追った。

さっきより、体調はよくなった。

吐き気もない。頭痛も少しあるが、元気なほうだ。


俺の足は、ガデニアにだんだんと追いついていく。


「待て!」


そして俺は、ガデニアのすぐ後ろに迫った。

ガデニアは、俺をにらみつけ、斧を取り出した。

やる気だ。


俺は、ここでとんでもないミスをしていることに気づく。


(武器がない!)


いや、武器ならある。腰に身に着けた魔剣が。

だがこの魔剣……今は抜くことができない。

過去のトラウマが、俺の魔剣を使わせてくれない。


ここで引くわけにはいかない。

抜けない魔剣の柄を、俺はにぎり、あたかも戦うかのように見せかける。


「邪魔するんじゃねぇ!」


ガデニアは、斧を振り回した。

戦えない俺は、回避するしかない。


くそっ! 武器さえあれば……。


「どうした。その剣は飾りか。

 戦う気がないなら、俺を逃がしてくれ」


「ふざけるな。妹を怪我させた相手を、

 そのまま逃がしてたまるか」


「お前がそう思っていても、こちらは死ぬわけにはいかんのだ!」


ガデニアは、斧を振り上げ、再び俺を狙う。

適格な狙いだった。刃こそ当たらなかったものの、

俺の体は宙を舞い、地面にたたきつけられた。

全身が痛くて、動けない。


「さぁ、とどめだ!」


ガデニアは、最後の一撃を振り下ろそうとする。

今度こそ終わりか……。


ガキィン!


ガデニアの斧は、何者かによって、はじき返された。


「よくないなぁ……武器を持ってない人をいたぶるのは」


俺を救ったのは、斧を持った騎士だった。


たしかこの男は……アマレートの部下の「リッター」とかいう人だ。

のんびりしたしゃべり方の、言っちゃ悪いが、ウスノロっぽい人。


「なんだ、お前は! 邪魔するっていうなら容赦はしないぞ」


逃走を邪魔されまくり、ガデニアは憤慨する。


「俺ぁ、斧騎士のリッターって言うんだ。

 まあ、そう怒らないで。怒ると、勝てるものも勝てない」


「うるさい!」


ガデニアは、斧を振り回し、リッターに襲い掛かる。


「おっと……」


リッターは、ひょいとかわし、少し後退した。


しばらく、ガデニアとリッターで斧の打ち合いが続いた。

が、疲労困憊のガデニアに、勝利をもたらす女神は微笑んでくれなかった。


「ぐはっ……」


リッターの斧の一撃が、ガデニアを粉砕。

ガデニアは、重い鎧とともに、大音響をたて、その場に崩れ落ちた。


「まぁ、こんなもんだな」


リッターは、ひょうひょうとした様子で言い終える。


「あ、ありがとう……」


俺は礼を述べる。


「いいって、いいって。俺はアマレート様のところに戻るよ」


リッターは、勝利の笑みも浮かべず、そのままノロノロと立ち去って行った。

アマレートに戦果報告にでもいくのだろう。


山賊は壊滅した。


俺は、休む暇もなく、ステラとクリムの様子を見に行く。


ふたりは、すぐ見つかった。

騎士団の人たちに囲まれ、ステラは治療を受けていた。

クリムは、それを心配そうに見つめている。


騎士団の治療班らしき人は、俺たちに告げた。


「意識はある、命に別状はない。

 だが、しばらく安静にして、ここを動かないほうがいい」


ステラの命は助かったようだ。

俺は心底ほっとした。安心のあまり、腰が自然に地面に落ちていった。

ステラの出血は止まっているようだったが、

気を失っているのか、ずっと目を閉じたままだ。


やれやれ……。

山賊たちは倒したが、今度は、村まで下山しなければならない。

だが下山は、すぐにできそうもなかった。


俺たちが思っている以上に、味方の犠牲も大きかったのか、

負傷者が相当多い。想定外なほどに。

下山は不可能だ。

このまま山の城にとどまり、治療を続けるしかない。


俺は動けるが、ステラの面倒を見なければいけない。

しかし、面倒を見るのも、体力がいる。

戦闘の疲れからか、俺はぐったりとし、座り込んでいた。


そんななか、クリムとシャロが話しかけてくる。


「ねぇ、ノエル。動ける?

 私たちは、ステラが心配だから、その場にとどまるけど」


シャロの言葉に、俺は「動けない。ここに残る」と答えた。

続けて、クリムが話しかけてくる。


「アマレートさんたちは、先に下山するんですって。

 山賊との戦闘の結果を、村に報告するために……。

 あと、騎士団の一部は、負傷者の治療のために残ります」


「そうか……」


「想定以上に負傷者が多く、数日は、ここに治療用のキャンプが作られる予定です。

 私とシャロさん、あと自警団の何名かは、キャンプに残り、

 治療の支援をしますよ」


「わかった。俺も……手伝うよ」


重い腰をあげようとすると、シャロに「無理しないでよね」と注意される。

特に返す言葉もなかったが、「俺、無理しそうだな……」と内心思った。

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