第36話 長い夜と希望
騎士たちは下山した。一部の負傷者と治療関係者を残して。
俺たちはもちろん残った。
ステラが怪我しており、俺も疲労困憊で、治療・休息のため動けそうになかった。
看病のために、シャロやクリムも残った。
ステラは、包帯こそ巻いているものの、元気そうだ。
全治しているわけではないので、少し体を動かしにくそうにしており、
「これじゃ何も盗めない!」と愚痴っていた。
いや、モノを盗むのは止めてほしいのだが……。
元気そうなステラと反対に、俺の心は沈んでいた。
俺は、思ったより、戦えなかった。
過去のトラウマが再発し、その場に倒れこんだ。
ステラに助けられてなかったら、死んでいただろう。
そして、武器を忘れて、ガデニアと対峙してしまったこと。
ステラを傷つけられた怒りと、トラウマのせいで思考がうまくできなかったこと、すべてがうまくかみ合わず、悪い事態を招いてしまった。
リッターに助けられてなければ、俺は死んでいただろう。
結局、俺の戦果は、棍棒ぶん投げて、敵をひとり倒したことくらいだろうか。
百戦錬磨の元傭兵であるこの俺が……。ずいぶん堕ちたものだな。
視線を落とし、じっと手を見る。
「ノエル。調子はどうだ」
「ヘーゼル……」
顔を見上げると、ヘーゼルの心配そうな顔が見える。
騎士ヘーゼルは、俺たち負傷者の護衛のために、城にとどまっていた。
山賊が壊滅したとはいえ、この山の城の付近は、治安がよいわけではない。
「調子は、最悪だ」
「思ったより、戦えなかった」
「妹に怪我までさせてしまった」
吐き出すように、俺は言葉をつづけた。
ヘーゼルは黙って聞いてくれた。
「挙句の果てに……武器を忘れたまま、敵と戦おうとした。
とんだ笑い者だ。ははっ……」
俺は自嘲気味に笑う。
「ノエル、お前は頑張ったよ」
ヘーゼルは慰めるように言うが、俺の心にあまり響かなかった。
上から言われているようで、むしろ苛立たしかった。
「……俺は頑張ってなんかいない。バカみたいに突っ走っただけ」
「そんなに自分を下げる必要はない」
「下げてない。本当のことを言っている」
「下げてる」
「お前……いい加減にしろ」
「ここで自分を卑下したら、本当にお前はダメになる」
「俺はダメな奴なんだ。もう放っておいれくれ」
「放っておけるか」
お互い無言になる。険悪な空気が流れる。
なんだこいつ……。相手もそう思っているだろう。
俺は、今、ほめられるより、肯定されるより、
ただただ、自分と見つめあう時間が欲しいだけだ。
それが自分を傷つけるだけという結果になっても。
ヘーゼルはそこのところをわかっていない。
いや、わからせようと思っても無駄なのだ。
あいつは真っすぐだ。
解決方法も真っすぐなので、人の繊細な感情なんてそうそう伝わらない。
全力で慰めにこようとするので、それが厄介だ。
「やあ、ヘーゼルとその友達。どうしたの。夫婦喧嘩?」
突然、別の誰かが話しかけてきた。
俺と同年代くらいの……騎士か? 緑色の鎧を身に着けている。
しゃれた感じの青年で、ヘーゼルよりは軟派な印象だ。
えーっと。思い出した。
ザッハとかいう名前の騎士だ。アマレートの部下の。
「ザッハ。からかうなよ。俺たちは夫婦じゃない」
「ははっ。それは失礼。
いつも一緒にいるからさ、君たちは。
夫婦に見えたんだよ。
それよりさ、ヘーゼル。
警備の時間だよ。ほら、早く行こうよ。
まだまだ山賊の生き残りがうろついてるからさ」
「なんだよ。急な話だな……。まだ外は明るいぞ」
「明るいうちから、危険な奴は潜んでるのさ。
ほら、早く、行った行った」
ヘーゼルはしぶしぶ、俺の前から去り、パトロールに出かけていった。
ザッハは、直後、俺に話しかけてきた。
「君、ノエル君だっけ? ヘーゼルと、仲いいんでしょ。
ちょっとあいつ、クソ真面目じゃん?
真っすぐで熱い奴だから、ややウザいとこあるし。
さっき、なんかピリピリしてたからさぁ……。
悪い奴じゃないんだけどね。
まっ、そういうことで、ゆっくり休んでなよ」
ザッハは、俺からヘーゼルを引き離してくれたようだった。
ふぅ。助かった……。
あのままだったら、喧嘩してたかもしれない。
やがて、夜が来た。
山は、とても暗い。みんな、不安そうな顔をしている。
たいまつによる灯りが随所に作られたが、
それでも不安はぬぐえない。
夜の闇。負傷した体。月夜の下に照らされる山肌。寒さ。
すべてが不安に感じられた。
負傷者はまだまだ多い。一時的な手当てをしただけ。
明日の朝、アマレートたちが再び戻ってくるという。
治療のできる人たちをもっと多く連れてくるらしい。
それまでの辛抱だ。
とはいえ、辛抱している感覚が強ければ強いほど、
時間を長く感じてしまうものだ。
今までの人生で、10位以内には入るほど、長い夜が続いた。
それでも、明けない夜はない。
俺の寝床に、光が差し込んでくるとき、頼もしい援軍はやってきたのだった。
そして、意外な人物までも、一緒についてきた。
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