第37話 癒しの手

「ミスティ!? なんでこんなところに……」


俺たちは驚愕した。

いるはずのない、ミスティがここにいたからだ。

ミスティは、狙われているので、村で保護されていたはず。

俺は、アマレートに何があったのか問う。


「ミスティは村にいたはずじゃ……」


「彼女は治療ができる。

 今は少しでも、治療の手が欲しいと思い、連れてきた」


「そうだったのか」


「みんな。

 ……驚かないで、聞いてほしいことがある。

 聞いてほしいことは、2つある」


アマレートは、俺たちに向き合って、真剣な顔つきで話した。


「まず1つ目は……ミスティは、回復魔法を使うことができる。

 これで、負傷者の治療もしやすくなった」


回復魔法!

素質と修行を重ねないと、なかなか習得できない、貴重な魔法だ。


でも、ミスティは、今まで、そんなことは何も話してくれなかったが……。

隠していたのだろうか。でも何のために?

負傷者が多数出たと聞いて、いてもたってもいられなかったのだろうか。


「2つ目は……あとで話す。

 今は、治療を優先させたい」


アマレートは、2つ目に関しては、とても話しにくそうにしていた。

いったい何を話したかったのだろう……。

気になる。


後で話すというのなら、それまで待つか。

今は、負傷者の回復が先だ。


ミスティは、負傷者たちの一人一人に寄り添いながら、

回復魔法をかけていった。

負傷者たちはみるみるうちに、回復し、最悪の状況をまぬがれていった。


ミスティは、多くの人の負傷を癒したためか、額に汗をにじませ、

お疲れのご様子だった。


そして全員を治療したミスティは、ハァハァと息切れし、椅子に座り、

休みだした。


ミスティの横には、ステラがいる。

ステラとミスティは仲が良い。

俺は、特にすることもなく、二人の様子をぼんやり眺めていた。


「これで、みんな治療できたね」


ステラが言う。


「いいえ……まだ負傷している人がいます」


「え? どこに? もういないよ」


「あそこにいます」


ミスティは、俺を指さした。

ミスティの白い指を見て、俺はドキッとする。

負傷?

俺の体に多少の傷跡はあれど、回復魔法を施すほどではない。

ミスティは何を言っているんだ?


「兄貴? どこにも怪我なんてないじゃん」


「心を負傷しています」


あっ……。


ミスティは、椅子から立ち上がると、ゆっくり、ゆっくり、俺に近づいてきた。


近寄るな。

俺は、心を見透かされたことに気味悪さを感じ、うしろに引いた。

なんでわかるのか。俺の心のことを。

俺の心の底に、トラウマが潜んでいることを。


「怖がらないでください。

 ノエルさんの心に、何があるのか、私は詳しく知りません。

 知ったとしても、他の人に言うことはしません……。

 でも、このままでは、ノエルさんは精神に異常をきたし、

 まともな人間性を失うでしょう。

 だから……治療させてください」


「治療? そんなに簡単に言わないでくれ……。

 俺の心がそう簡単に治せるはずがない」


「完全に治すことはできません」


「どういうことだ?」


「少しいいかえると、一時的に心を麻痺させます」


「麻酔みたいなものか」


「そうです」


「……いいのか?

 俺は、心を麻痺させるのが、怖い。

 自分の悪いところ、トラウマを振り返らず、未来が築けるのか?

 過去を直視しなくていいのか?」


「……過去のトラウマ。自分のダメなところ。

 それを見つめ続ける必要はありません。

 心が壊れるから。

 今から、あなたに魔法をほどこします。

 心を一時的に癒す魔法です。

 心の魔法で癒し、それを忘れるのです」


「忘れる……」


ミスティは、有無を言わさず、俺の胸に、手を当てた。

ミスティの手を経由して、何かあたたかいものが、俺の中に流れ込んでくる。


うう……。なんだこの感覚は。

安心感。やすらぎ。心地よさ。あたたかな……光。

ゆらゆらと頭が揺れる。


気がつけば、俺は、横になって寝ていた。


「ミスティ……」


目を覚ますと、そこには、ミスティの姿があった。

そのうしろには、ステラもいる。


「目覚めましたか?」


「ああ」


「いい目覚めでしたか?」


「そうだな……」


ここしばらく、うまく眠れておらず、頭のすっきりしない日々が続いたが、

なんだかすがすがしい気分だった。

俺の中に、何か悩みらしきものがあったような気がするが、

今、それを思い出せなくなっていた。

記憶という名の部屋に、厳重に鍵をかけられたような、そんな感じだった。


とにかく体を動かしたい。メシが食べたい。

さまざまな欲求が湧いてきた。

こんな感じのことを、ミスティに説明すると、ミスティはにっこり微笑んでくれた。


「よかったです。元気になって」


「ああ……なんか、元気になった気がする。

 ミスティ。この魔法をどこで習ったんだ?

 心を癒す魔法なんて聞いたことがない。

 とても貴重な魔法のような気がするが……」


「それは……」


ミスティは口ごもる。

何か言いたくない事情があるのだろうか。

この子は、何か複雑な事情を抱えているかもしれない。

敵から狙われていたし……。

本当に、ミスティは何者なのだろうか。

俺は、ミスティの正体がだんだん気になってきた。


だが、訊いてはいけないのだろう。

笑ってごまかすこともせず、黙ってしまうなんて、相当のことだ。


「兄貴! ミスティが困ってるじゃん」


見るに見かねたステラが、助け船を出してくる。


「すまなかった。話せないなら、いいんだ」


「……」


ミスティは何も言わなかった。

謎の多い少女だ。

いったい何を考えているのだろう。

そういえば、アマレートが「ミスティについて聞いてほしいことが2つある」

と言っていたな。そのうちの2つ目は、まだ聞いていない。

もしかして、そこに何か秘密があるのかもしれないな…。


そして翌日。

負傷者の治療は終わり、俺たちは下山することになった。

俺たちは、村から、山賊退治の英雄として歓迎された。



あとで聞いた話だが、ガデニアの背後に隠れていた女子供は、

ガデニアや山賊たちの家族らしかった。

昔から住んでいる者もいれば、ワケアリで流れてきた者、

近隣の村から婚姻のために差し出された者など、その境遇はさまざまだった。

山賊の壊滅により、彼女たちは居場所を失ってしまった。

俺はその行方を知らないが、いったい今後どうするのだろうか……。


そして数日たったある日。

俺たちは、アマレートに「話がある」と呼ばれたのだった。

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