第86話 挟み撃ちの崩壊

「パヴェール様! 挟み撃ちが成立しました。

 このあとはいかように動きますか?」


「その場から動くな。橋の出入口をふさぐだけでいい。

 重装歩兵が橋の上に大勢乗っかったら、重量オーバーになる。

 ノエル傭兵団の退路だけ断てばよいのだ」


「はっ!」


「敵の始末はブラジェに任せておけばよい。

 それにしても、ノエル傭兵団め。わしの館を全焼させおってからに。

 許さんぞ……特にあの地下牢で拘束していたあの小娘!

 まさかあんなにも炎魔法に精通していたとは……」


「リコッテとかいう娘なら、ノエル傭兵団と行動をともにしており、

 橋の上にいるようです」


「ふん。あの娘は高く売り飛ばせそうだったが……実に残念なことだ。

 このさい仕方あるまい。橋の上で戦場のチリとなって消えてもらおう」


パヴェールは、このあとどっしり構えて、戦場を見守るつもりだった。

……悪い「知らせ」が届くまでは。


「パヴェール様! た、大変です!」


パヴェール配下の私兵が飛び込んできた。

青ざめ、汗にまみれたその顔は、尋常ならざる状況が発生したことを意味していた。


「どうした! そのあわてぶりは、なんだ!」


「パヴェール様に逮捕状が出ています! 領主から!」


「何ぃ!? どういうことだ……!」


「帝国との密約書状が……流出し、領主の手に渡ったようです。

 もうすぐベーク領の騎士団がこちらに到着します。

 そうなったら逮捕され、すべてが終わりです」


「バカな! あれは厳重に保管したはず!

 保管先は、わしとブラジェやディーヌくらいしか知らぬはず……。

 まさか……ブラジェ! あやつが何かしたのか!?」


「それは……私にはわかりかねますが、

 とにかく、逮捕状が出て、まずいことになっているのはたしかです。

 いかがなさいますか」


「逃げるぞ」


「は? し、しかし……ブラジェ殿との約束は」


「もはやブラジェなどどうでもいい。

 逮捕されるくらいなら、帝国領に逃げて、保護してもらうしかない。

 急げ! 撤退の準備だ!」


「ま、待ってください! パヴェール様ー!」


パヴェールとその配下の私兵たちは一目散に逃げ出した。


それからほどなくして、騎馬兵たちが次々と現れた。

彼らはベーク領騎士団。

パヴェールを逮捕するため、橋の近くまで移動してきたのだった。


すでに橋の付近はもぬけの殻で、誰もいなかった。


「パヴェールはここら辺にいるはずだ! 探せ!」


「騎士団長! 橋の向こうに、帝国の諜報部隊が展開しているとの情報が!」


「わかった。

 副騎士団長は、帝国の諜報部隊を殲滅せよ。

 我々はパヴェール逮捕のため動く」


「はっ!」


ベーク領騎士団が現れ、パヴェールも逃走した。


ブラジェにそのような情報は届かず、ひとり奮戦していた。

すでに配下の兵は大勢やられており、その場に多数倒れている。


ブラジェとノエルは一騎打ち状態になり、

互いに武器を構え、牽制しあっていた。


「ここまでやるとはな……。さすがは元魔剣使いだ」


「いいかげん、俺たちを邪魔するな。迷惑なんだよ!」


「ふん。そうはいかんのでな。

 ミスティ王女を捕まえるまでは……帰ることはできん」


「だったらお前たちを倒してでも通るぞ!」


「いきがるな!」 


ブラジェとノエルは火花を散らした。

そのすぐあとのことだった。


ノエルの後方から、ドドド!という勢いのある音が響いた。


敵と戦っているので、うしろを振り向くことはできないが、

あきらかに、馬の蹄鉄が鳴る音だった。


騎兵!? 敵の新手か!


ノエルは、ブラジェから走って距離をとると、

敵の新手かどうか様子を確認した。


「我らはベーク領騎士団! 帝国の諜報部隊だな!

 ベーク領で勝手な真似はさせん! 覚悟しろ!」


ブラジェは、予想外のことに、顔をこわばらせた。


「なにっ……!? どういうことだ!」


ブラジェから思わずそんな声が漏れる。

そして、あきらめたように肩を落とし、悲しそうな顔をする。


「ふっ。まさかもう密約書状が領主の手に渡ったということか……。

 まさか俺にまで攻撃が向けられるとはな。

 パヴェールを滅ぼすつもりの行動があだになったか」


「ブラジェ。どういうことだ」


「理由はあの世で話す。先に待ってるぞ。

 諜報員は秘密を漏らすことはできないのさ」


ブラジェはそう言うと、橋のほうに向かって走り、崖から身を投げた。

あまりの早さに、ノエルは何が起きたか理解できなかった。

ブラジェが身を投げた先を見る。

崖がデコボコで高すぎて、谷も深く、死体がどこにあるかもわからない。


「……ブラジェ。お前まさか」


そこまで言いかけて、ノエルは口を閉ざした。

だいたい何があったかは察することができた。


「ノエルさん。私たちの勝利、ですね!」


クリムが駆け寄ってきて、そう告げる。


「ああ。敵のリーダーは消えた。邪魔者はいない。

 俺たちは、ここから先の道を通ることができる」


「ステラさんたちもさっき、ベーク領騎士団の人と一緒に現れました。

 リンツさんやヨークさん、ルトさんも一緒です。

 ああ、よかったです。

 もう少し遅れてたら危なかったですね……」


「ああ。俺も、ブラジェに勝てるかどうかはわからなかったな。

 配下の兵士を倒すだけで結構消耗したし……」


「少し休憩したら、態勢を整え、出発しましょう」


「そうだな。次の目的地は?」


「バーム市です。商業都市で栄えているところですね」


その後ノエル傭兵団は、クキ川を越えて、バーム市へ入ることになる。

商業都市バーム。ここでノエル傭兵団は、つかの間の休息を得るのだった。


だが、ノエルたちは、帝国軍が、国境を突破したことを知るよしもなかった。

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