第65話 お前を殺す

「ロシェよ、様子を見てくるように言われた。

 現在の状況はどうだ」


顔を隠した帝国の諜報員は、ロシェに問いかける。


「……あんたたちに報告がある」


「ほう?」


「ターゲットのひとりを殺した。

 あそこに死体を置いてある」


「それは本当か」


「ああ」


「大手柄だな。よし、死体が本物か確認してくる」


諜報員は偽クリム(ディーヌ)の死体のあるほうに向かっていった。


(これであいつの注意は俺からそれたな)


ロシェは周囲の様子を探る。

諜報員はひとりではない。複数人、隠れているのが普通だ。


視線を、感じる。


あと何人か、どこかに隠れているはず。

ロシェは警戒しながらも、隠れているミスティのそばに駆け寄った。


「ミスティ王女。お前を元の場所に戻す」


「え? 解放してくれるのですか。どうして……」


「俺は、誤射とはいえ、味方(ディーヌ)を殺した。

 帝国はそれを許さないだろう。

 俺はもう帝国に与することはできない。

 それに……」


「それに?」


「俺は、生まれてからずっと、魔法が使えないせいで、

 シュクレア国の人間から差別を受け続けた。

 いまでもその憎しみは消えない。

 シュクレア国民の代表であるお前は、俺が受けてきた差別の象徴だ。

 だから、俺の手でお前を殺す。帝国には絶対引き渡せない」


「!」


「だが今は殺さない」


「どうして……そのような」


「シュクレア国に帰ったら俺の家族に会え。そして国の代表として謝れ。

 王族として、差別を止められなかった責任をとれ。

 そのあとにお前を殺す。それまでは死なせる気はない」


「ロシェ……」


ミスティは真剣な目で、ロシェを見据える。


「さあ、ノエルたちの場所に戻れ」


「まだ体が痺れています。動けません。私を運んでください」


ミスティは、ロシェの服のすそをつかんだ。


ロシェの殺意や意思がどうあれ、とにかく今はこの場を生き延びることが重要だ。

痺れた身体では走りぬくこともできない。

ロシェに運んでもらうしかない。


「わかっている」


ロシェは、ミスティの小さな身体を赤子のように抱えると、足音を消しながら、

ゆっくりと走り始めた。


だがその姿を、帝国の諜報員たちは見逃すはずもなかった。


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