豪商の罠編

第38話 新たな旅立ち

山賊を退治した俺たちは、元通りの生活に戻っていった。


シャロは山仕事に畑仕事。クリムはその手伝い。

ステラはミスティと一緒にたわむれている。

俺は、自宅に引きこもっていた。


俺だけ何もしていないって?

そうだよ。

山や畑の仕事をしていても、つまらないからな……。


村の生活も悪くないと思っていたが、だんだん飽きてきた。

ミスティの魔法のおかげで、心も元気になってきたし、

王都に引っ越して、そこで仕事をして暮らそうかな。

俺はだんだんとそう思うようになってきた。


そういえば、クリムの奴、王都に行って、軍師として働きたいとか言ってたよな……。

俺も一緒についていこうかな。


少し、クリムに相談してみよう。

今、クリムは、シャロと行動しているはずだ。

そろそろ帰ってくるだろう。


俺は自宅にずっと引きこもっているから、

誰が何時に帰ってくるか、だいたい把握している。

ほら、ドアの開く音が聞こえる。そして、ふたりの騒がしい声が……。


「あーもう、そんなにベタベタくっつかないで!」

「シャロさんやわらかーい!!」

「あのさ……そんなにくっついて、汗くさくない?」

「汗の匂いもよい匂いです」

「絶句」


シャロとクリムの騒がしい声が聞こえてくる。

クリムの奴、シャロが好きらしいから、またくっついているのだろう。

俺には、そういう趣味がよくわからないのだが、

シャロにとってはずいぶん迷惑な話だ。


「クリム、少し話があるのだが…」

「は? なんですか……?」


クリムは、あからさまに不機嫌そうな顔で俺を見る。

お楽しみタイムが邪魔されると、だいたいそういう顔をする。

いつものことなので、俺は適当に受け流す。


「……クリム。お前、王都に行くって言ってなかったか?」

「そうですけど」

「俺も一緒に行きたい」

「はぁ? いきなりどうしたんですか」

「……この村が、退屈になった」

「退屈なら、シャロさんの仕事を手伝ってくださいよー!」


当然の指摘だ。だが俺は、山や畑の仕事は、あまりおもしろくない……。


「山や畑の仕事は、俺には似合わない」


「よく言うわよ……そんなこと言って」


シャロが口をはさんでくる。少し怒っているようだ。

まあ、怒るだろうな。

それでも、俺は、意志を示そうと思った。


「……俺だって、このまま自宅でダラダラ過ごすつもりはないさ。

 王都で何か仕事して、稼いで、村に還元する。

 そのつもりだ」


「仕事しないことを怒っているんじゃないの。

 ノエルは調子のりすぎ。そう言いたいの」


シャロは厳しい口調だ。俺は少しだけムッとした。


「調子のりすぎ? どういうことだ?」


「ノエルは、慢心しているだけ。

 山賊との戦いでトラウマ発症して、満足に戦えなかったじゃない。

 今、調子がいいのも、ミスティの魔法のおかげでしょ。

 それに、ミスティの魔法だって、ずっと効果が続くわけじゃないよ?

 一時的に元気になってるだけなのよ、ノエルは」


「それは……そうだ」


ミスティの魔法によって、俺は心を癒された。

嫌な過去のトラウマを思い出せなくなった。元気になれた。

でも、少しずつ、また過去のトラウマがよみがえりつつある。

毎日毎日、1歩ずつ、過去に向かって後退していく感覚がある。

また、いずれは元通りになってしまうのだろう。

あの魔法は、一時しのぎなのだ。まるで薬のように……。


「王都に行ったって、無理よ。そんなんじゃ。

 ミスティがすぐそばにいないと、まーた心が沈んで、

 ノエルは生活を送れなくなっちゃうよ」


「……わかっている。

 俺は、ミスティの魔法によって、一時的に元気になってるだけだ」


「だったら、もうしばらく、村で静養するしかないじゃない?

 ……しっかり治すまで、ね」


俺の、過去のトラウマ。それを原因とする体調不良。魔剣の抜けない現象。

治るまで、あと何年かかるのだろう。

もしかしたら、一生、治らないかもしれない……。

そんなことになったら、俺は生きている意味があるのだろうか。

ずっと自宅療養の日々。心の病は、不治の病。なのかもしれない。


「そういえば……ミスティはこれからどうするんだ?

 アマレートたちが連れていくと言っているが」


「そうね。数日後には、この村を出発し、領主様の館に移動するそうよ。

 領主の館のほうが、村よりも安全だからね」


「そうか……。

 ミスティの狙われる理由は、結局わからずじまいだな」


「それはですね……。

 騎士たちの話をこっそり聞いたところによると、

 どうも身分の高い人らしいですよ」


クリムがこっそりと、ミスティの正体を教えてくれる。

それ、どこまで信じればいいんだ?

とりあえず続けて話を聞いてみる。


「ミスティが?」

「そうです。貴族とかそういうレベルの身分らしいですよ」

「マジで?」

「マジです」

「信じられないな。なんでそんな身分の高い人が、山賊に捕まってた?」

「それはわかりません」

「まさか家出とか?」

「どうでしょうかねぇ……家出ではなさそうですが」


推測だらけだ。雲をつかむかのような話が続く。


ミスティは謎の多い少女だ。

回復魔法が使え、心を癒す魔法が使え、おまけに貴族?

それに、正体不明の敵に狙われているときた。

ワケアリにワケアリを重ね塗りしている。


それにしても、だ。

俺の精神は、今、ミスティの魔法によって一時的に安定している。

だから、ミスティが近くにいると助かる。

もうミスティとお別れか。

俺の精神は、また荒廃してしまうのだろうな……。


王都にも行けないし、心の病は治らない。

ミスティともお別れ。

俺はこれからどうすれば……。つらい。


「ノエルはいるか?」


突然、訪問があった。そこにいたのは、騎士ヘーゼル。

俺の姿を見るや否や、話しかけてきた。


「なあ、ノエル。

 お前、王都に行きたいって言ってたよな」


ヘーゼル。

いつのまに、その話を知ったんだ?

俺は、シャロたちにしか話していないのだが……。

噂というのは広まりやすいものだ。特に、小さな村では。


「たしかに、最近そういう話をしていたが……」


「そうか。なら都合がいい。手伝ってほしいことがある」


「手伝ってほしいこと?」


「ミスティ公女を、王都まで護送してほしいんだ」

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