第2話 見習い軍師

「いやー、助かりました、助かりました、ありがとうございます」


女の子はしきりに礼を言いながら、干し肉やパン、スープ、チーズなどを次々と口に運んでいく。よく食べる子だ。テーブルいっぱいに並べた食料が、半分以上消えている。とてもお腹が空いていたのだろう。


「…よく食べるな。まあ、それだけお腹が空いていたということか。

 俺はノエルと言うんだ。

 ところで、名はなんという? なんで俺の家の前で倒れていた?」


俺はイスに腰掛け、女の子に声をかける。


「ああっ、これはとんだ失礼を! 自己紹介がまだでしたね。

 私、クリムと申します!

 見習い軍師をやっていて、旅の途中でしたっ!」


クリムは、元気のいい声で答える。


「見習い軍師? ほう、珍しいな…」


軍師。戦争で、軍を率いる王や将軍に、助言を与えて、戦いを成功に導く者のことだ。その見習いということか。


俺は少し興味を持った。見習い軍師というのは、そうそう会えるものではない。

俺のまわりは、農業に従事している人たちがほとんどだから、退屈していたのだ。

クリムの話を聞いてみたい。


「そうです! 私の父親は軍師をやっておりましてね…。

 それで憧れて、軍師修行をしてるのですよ。

 でもいい師匠になかなか会えなくてですね。

 それで、ブラン王国で軍師になるか、ガトー帝国で軍師になるか、ふらふらと旅をしてたら、私がフラフラ倒れちゃって…」


「そうか。軍師としては、まだ仕事をしていないのだな」


ちょっと残念。面白い軍師話が聞けると思ったのだが。

まあ、見習いだから、仕方ないか。


「そんなにがっかりした顔をしないでくださいよ!

 …今はまだ未熟ですが、きっと10年後には、立派なレディ軍師として

 活躍するはずなのですよ、私は!」


クリムの目に希望の火がともっている。暑苦しいほどに。


「そんなこと言っても、仕事のアテはあるのか?」


「うっ…それを言われると。

 でも、でもですよ! ガトー帝国は、ブラン王国に攻め込もうとしてますよ!

 大きな戦争はこれから確実に起こるんです!

 そうなれば軍師としての仕事があるはず!

 私にはまだまだ希望があるのです」


「そうだな、たしかに…。ガトー帝国は、俺たちの住むブラン王国に、

 今にも攻め込もうとしている」


ガトー帝国。

大陸の中で、もっとも勢いのある武力大国。

周辺の国々をあっという間に占領し、今、ブラン王国に向かって進攻を強めている。

ブラン王国の将兵たちは、来るべき戦争に備えて、戦々恐々としているという。


「まあ、なんにしても、帝国か王国か、どっちかの軍師になれればいいのですっ! 

 私はこんなところで死ぬわけにはいかないんですっ!」


「元気な奴だな…。まあそんなに元気なら、もう心配はないな」


「しかし待ってください!

 もっと心配してください! 私には旅のお金とか、もうないんです!

 なんでもしますから、旅費をください」


「…なんでもします? 仕事が欲しいのか?」


「掃除でも農業仕事でも、なんでもします。旅費が必要なんですっ!」


「うーん、困ったなぁ。俺はずっと家の中にいるだけだから、与える仕事はないよ」


「そこをなんとか!」


「ちょっと妹に相談してみるよ。

 農作業とか家事とかで何か手伝うことはないかって」


「あ、ありがとうございます! 恩に着ます、ノエルさんっ!」


クリムは、俺の手をぎゅっとにぎってくる。歓喜の涙で瞳が濡れている。


「妹は今、外にいるんだ。

 そろそろお昼時だし、ちょっと待てば帰ってくるさ」

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