第23話 人さらい

ミスティが村に来てから、3日が過ぎた。

特に何事もなく、平穏無事に、俺たちは過ごしていた。

その日が訪れるまでは。


「ちょっと散歩に……行ってきます。

 村の人達とも仲良くしておきたいですし」


ミスティがそう言いだした。


そういえば、ミスティは、

まだあまり村の人たちとは話していなかった。

俺も、家の中にいるばかりだから、

村の人たちと交流する機会も薄かった。

歓迎会らしきものを、シャロが準備しているらしいが

俺はあまり興味がなく、何も手伝っていなかった。


「一人で散歩は危険だよ。僕も行くよ」


ステラが申し出る。

もっともな話だ。ミスティは狙われているようだから、

一人で歩かせるのは危険だ。

この3日間、散歩のときは、ずっとステラが護衛していた。

今のところ、幸い、何も起きていない。


「ステラさん、よろしくお願いしますね」

「もちろんだよ」


今日も、二人して、散歩に出かけた。

あの二人は、ずいぶん仲良しだ。

昨日は一緒にお風呂も入っていたようだ。

あ、覗いているわけではないからな。

シャロから聞いたんだ。シャロから……。


……。


ノエルに見送られた、ミスティとステラは、

自宅周辺から、村の中心地に向けて

ゆっくり、しゃべりながら、歩き出した。


そして、赤い果実のなる木の下で、

ミスティはじっと立ち止まる。


「おいしそうな果実ですね」

「それ、食べると酸っぱいんだよ」

「へーそうなんですか」

「見た目はおいしそうなんだけどねー」


とりとめもない会話をしながら、散歩を続ける。

そんな平和な二人に忍び寄る、あやしい影があった。


「ミスティ! ステラ!」


声をかけてくる。ふたりは立ち止まる。

振り返る。そこにいたのは……。


「あれ? その声は……」


「今日も二人でお散歩しているのね」


「姉貴じゃん。あれ? 農作業はどしたの」


シャロだった。

特に何も持っておらず、

さっきまで、ぶらぶらしていたかのような身なりをしている。


「きょうはお休みして、山菜をとりにいこうかと思ってね」


「そうなの?」


「そうだよ。あっ、そうだ。

 ねぇ、ふたりとも……。

 ついでと言ってはなんだけど、

 山菜とりを手伝ってくれないかな?

 きょうは、いっぱいとろうと思ってね。

 それに、ふたりとも、気分転換になるでしょ」


シャロは、ミスティとステラに、

山菜とりを手伝うよう誘い出した。


「えー。山歩くのだるい」


ステラはかなり嫌そうな顔をした。


「そんなこと言わずに。ね?」


シャロは、笑顔を浮かべてお願いする。


「おもしろそうですね。

 私はあまり運動は得意ではないのですが……。

 山菜とり程度ならなんとかなるかもしれません」


「それはどうかなぁ……」


ステラは疑う。

ミスティのゆっくりしたしゃべり方からは、

ハキハキとした感じが伝わらず、

さらに、動きもスローであるから、

あまり山で動き回れるような雰囲気には見えなかった。


「わかんないところは、私が教えるから。ね?」


シャロはお願いを続ける。どうしても山菜をとりたいらしい。


「わかったよぉ。もう、姉貴も強情だなぁ」


ステラは口をとがらせる。


「うふふ。じゃあ、山へ行きましょう。

 案内するから」


シャロは、ステラとミスティに背中を向け、

先頭を歩きだした。


「あっ。姉貴。背中に何かついてるよ」


「え?」


ステラは、シャロの背中を調べた。

そして少しだけ指を動かした。


「あれ、逃げちゃった。

 ちょっと虫がいたんだよ。姉貴の背中にね」


「ふーん……」


シャロは、ステラの行動を怪しんだが、

気を取り直し、山の方向へ、再び歩き始める。


山の方向に近づくたび、周囲の人の気配が消えてゆく。

ひとけのない、山道に、3人の影だけが動いていた。


すると、突然、シャロが立ち止まる。


「姉貴、どうしたの? 立ち止まって……」


「……? あれ?」


シャロは、何かを取り出そうとしたが、何も取り出せない。

紛失した様子で、顔を青ざめていた。


「……ない。あれがない」


「姉貴の探し物はこれ?」


ステラは、腰から短剣を取り出した。

どうやらシャロは、これを探していたようだ。


「……ステラ。その短剣は、私のだよ。

 もしかして、さっき、背中を触ったのって……。

 勝手に短剣を盗んだんだね?

 それ、山菜採りに使おうと思ってたのに。

 返してもらえるかな」


「姉貴の短剣にしては、ずいぶん綺麗でピカピカしてるな…

 って思ってさ。切れ味よさそうだね。

 姉貴の短刀って、

 もっと茶色くて野暮ったい形してるからさ。

 これ、いつ買ったの?

 村ではこんな綺麗なもの買えないよ」


ステラは、まるで問い詰めるかのような口調で、

シャロにつきつける。


「最近外で買ったのよ。

 いいから、早く、短剣を返して」


「やなこった。

 姉貴にしてはずいぶん人に媚びる口調だったし、

 さっきから、ずっと怪しい気がしてたんだよね。

 そろそろ正体を現したらどうかな?」


「正体って何? 私には何の話だかわかんないよ」


「……」


「……どうしたのですか、ステラさん」


ミスティは、ステラとシャロの険悪な空気に困惑していた。


「こいつはシャロじゃない。

 見た目はシャロだけど、絶対ちがう。

 さっきから様子がおかしいんだ」


「え?」


ミスティは、まったく何も気づいていなかった。

目の前のシャロが、本物のシャロでないことに……。


「ちっ……。ばれちゃしょうがないな。

 ずいぶんと勘のいい子供だな?」


シャロは、自分の顔の皮膚を引っ張ると、びりりと破いた。

皮膚ではない。何かの被り物だ。

そして、シャロと全然違う顔が現れた。男か女かわからない。


シャロに変装した不審者。

ミスティは、あまりの出来事に絶句した。


「子供言うな! 僕はステラ。

 農村のトリックスターさ」


その呼び名、まだ使ってたんだ……。

ミスティは変なところで感心した。


「うるさい。そんなことはどうでもいい。

 山菜のかわりに、お前らの首根っこを採ってやる!」


「武器もないくせに、どうやるのさ」


「素手で十分だ」


黒い10本の指が、鷹のかぎ爪のように、殺意を帯びた。


「マジで?」


冗談ではなく、首をもがれてしまいそうだ。

ステラは、短剣をにぎったまま、がく然とした。

素手で絞めようとする行動をとるとは思わなかったからだ。


こいつ、なんのために、短剣を持っていたんだ!?

ステラは心の中でそう思った。

そう思う間も、不審者は迫ってくる。


ミスティを連れて逃げようと思ったが、ミスティは足が遅い。

散歩してるとわかる。彼女はとても足が遅いのだ。


「こうなったら……」


ステラは、短剣を取り出し、不審者めがけて投げつけた。


「うっ!?」


不審者の脚に命中。その場に座り込んだ。

これでしばらく動けない。


ステラは、ミスティの手をとり、その場を逃げ出した。


そして、村の方角へ走る。


「ステラ! ミスティ! 無事だったか!」


村の入り口のあたりで、ノエルが現れる。

ステラは、言葉も出さず、ノエルの顔をじっと見る。

そして、ノエルの顔を引っ張った。


「いで、いでで! 何する!」


「引きこもりの兄貴が、ここまでくるはずないじゃん。

 さっきの奴も、姉貴に化けてたし、

 念のため、顔を引っ張ったんだよ」


「ひ、引きこもり言うな!」


「兄貴、どうしてここまで来たの?」


「村の人から聞いたんだ。

 シャロが、ステラとミスティを連れて山の方角へ向かったって。不思議な話だよな。

 シャロは、いま、俺の家の中にいるのに。

 おかしいと思ってさ」


「そのとおりだよ。姉貴だと思ってついていったら、

 顔をびりびり破って、見たことない奴の顔が出てきたから

 逃げてきたんだよ」


「そうか……。

 ん? さっそく、そいつが追いかけてきたようだぞ」


「え?」


ステラとミスティは後ろを向く。

ケガをした脚を引きずりながら、こちらへよろよろ近づいてくる、あわれな不審者の姿があった。

あわれながらも、その目は、まだ闘争心の炎を燃やしていた。


「あんな状態になっても、僕たちを捕まえようっていうのか」


「……俺に任せろ」


ノエルは、棍棒を取り出し、不審者に近づいた。

(もはやメインウェポンと化した棍棒)


そしてノエルと、不審者は、対峙する。

不審者が口を開く。


「お前は、そいつの兄だな?」


「俺が兄であることを、なぜ知っている」


「われわれの諜報能力をもってすれば、

 お前らの人間関係などすぐわかるのだよ」


「どこの諜報か知らないが、

 妹たちを危険な目に合わせたことは

 きっちり償ってもらうぞ。

 目的はいったい何だ?」


「村人の命は軽い。

 そうでない者は重い。

 そういうことだ」


「意味が分からない。

 すでに、俺の右腕が怒っている。

 殴っていいか?」


棍棒を振り回した。


「笑止!」


不審者は、跳躍すると、ノエルの眼前に迫り、

かぎづめのような10本指でノエルの首もとをとらえる。


ノエルは、それを一瞬で見切り、そして――


重たく、鈍い音が、あたりに響く。


数分後、ノエルの足元には、不審者が横わたっていた。


「ステラ、ミスティ、無事か」

「無事だよ」「はい……」


特に、ステラもミスティも外傷は無い。

少し疲労しているようだったが、目立ったケガもなく、

ノエルは安心するのだった。


「しかし……こいつは一体なんなんだ」


「たぶん、ミスティを狙ったんだと思うよ。

 僕に危害を与えてでも、ね」


「うーむ。山賊の手下か?

 そのわりには、結構洗練された動きだったような気が」


ノエルは、先ほどの不審者の戦いぶりを分析した。


あの不審者は、結果的には負けたが、山賊の動きに比べ、素早く、

追い詰められる所もあった。それに、力任せの戦いをしていなかった。

ノエルは、あの不審者が、山賊の手下には見えないと考えていた。


では、いったい何者なのか? わからない。

その正体を判断するには、まだ材料が足りなかった。


ノエルは、ミスティとステラを連れ、帰宅する。

しかし、この間にも、またしても、事件が起こるのだった。

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