第53話 凶槍 

その槍は、すでに数人の命を奪っていた。


「邪魔をするんじゃなぇ! 死にやがれ!」


ザムは、鋼鉄の槍を振り回し、周囲の家具ごと、警備兵や家人を破壊した。

鎮まることを知らない槍先は、血に濡れたまま、ひたすらに獲物を求めつづける。


ザムは粗暴な男だった。

もともと犯罪者だったが、腕っぷしの強さを買われ、人手不足の義賊団に入団した。めきめきと頭角を現し、義賊団の部隊長にまでなった。


ザムは、ただ粗暴なだけではなく、計画性のある男だった。

今回の伯爵邸襲撃も、綿密に計画したのは、ザムだった。

館の周囲を部下に探らせ、全体的な計画や指示を出している。

それなりに有能な男だったが、そこに情や優しさはなく、貴族や商人は、その家族も含め、殺害対象だった。

結局、ザムも貧困のなかで育ち、「上」の人間には、多大な恨みがあった。

そしてその恨みを、暴力に変えていた。


「つぶれろ! オラァ!」


槍を振り下ろし、さっきまで人間だった「物体」を砕いた。

一人でも多くの「上」の人間をつぶす。

もちろん、そいつらに協力したり、従ったりする人間も同様。

たたいて、たたいて、たたきつぶす。

ザムの暴力は果てしなく続いた。


「あ? こんなところにも、いやがったのか」


ザムは、ぎらついた目を、隠れていた家人に向けた。

寝巻姿の家人はおびえ、その場から動けなくなった。

ザムの槍先からは、複数人から搾り取った血が垂れている。


「ぐへへ。いいぜぇ……。

 やっぱり、館のここらへんは人が多く寝てやがる。

 宝物庫をぶんどるより、俺はこっちのほうがいい。

 血は、カネより高い」


ザムは、伯爵邸の金品より、人を殺害することに価値を感じていた。


「俺らを貧困に落とした報いは、きっちり受けてもらうぜ。

 貴族でも商人でも、その手伝いをする奴でも」


ザムは、凶槍を、おびえる家人の胸に向けた。

富裕な人間への恨み、殺人への快楽、いろいろなものが入り混じった感情がザムを支配していた。


「死ね!」


血に濡れた槍先が、家人の胸部に吸い込まれるように突出し、空気を貫通していく。だが、その槍先が、胸部を貫くことはなかった。


ザムの足もとに、「何か」が突き刺さった。


「あ? なんだぁ?」


ザムは視線を下に落とす。1本の弓矢が、床に深々と突き刺さっていた。

さっきまで、こんなものは無かった。

誰かが、俺を狙った。ザムは、周囲に目を向ける。


「その人から離れなさい」


ザムの目に映るのは、弓を構えた、一人の騎士の姿だった。


「誰だ、てめぇは。警備兵には見えねぇな」


「この館にたまたま宿泊してる”ゲスト”ですよ」


弓騎士リンツは、水のように冷たい声で答えた。

その声の調子は、ザムの神経を逆なでする。


「ざけんな! てめぇから血祭にあげてやる!」


ザムは怒りを爆発させ、槍をリンツに向け、走り出した。

リンツとザムの距離が、瞬時に縮まっていく。


ザムの槍は、リンツの頭部をとらえた。

槍先は、獲物を狙う鷹のクチバシごとく、リンツの頭部へ迫る。


だが、その槍先は、不意に弾かれた。


リンツの眼前に、もう一人の騎士がすばやく現れる。

その騎士は、槍を振り回し、ザムの槍を弾いた。


「僕も混ぜてくれよ」


槍騎士ザッハは、リンツを守るように現れ、ザムの槍を防いだ。


「なんだ、なんだ! おめーらは……!

 ちっ……。槍持ちかよ。

 2対1じゃ、分が悪いな」


ザムは舌打ちし、リンツとザッハの前から姿を消した。


「おい、待て!」


「ザッハ君。今は追う必要はありません。

 おそらく仲間のところに戻るつもりでしょう。

 深追いは禁物です」


「あの男がリーダーっぽいけど、倒さなくていいの?」


「いずれ倒しますよ。

 今は我々は偵察に出ただけ。

 とりあえず、ある程度戦況は把握しました。

 いったん戻りましょう」

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