第26話 援軍

俺ノエルは、朝から村が騒々しいことに気づいた。

シャロやニワトリ以外の声で起きるのは、久々だ。


「なんだ、騒々しい」


俺は寝ぐせをかきながら、家の外に出た。


「ノエルさん」


クリムがさっそく話しかけてくる。


「もう起きてたのか。いったい何があった」


「それが……昨日戦った不審者の集団が、

 崖の下で、多数遺体となって発見されました」


「なにっ!」


死んでいる、だと……?

消されたのか?


「なぜ死んだのか、わかりません。

 崖の下に落ちたことによるケガ以外にも、

 身体に、かなりの外傷が見られました。

 任務失敗の責を問われ、消されたと推測してもよいです」


不審者が”消された”かのように言ってるけど、

まさか、自警団でやったわけじゃないだろうな……。

という妙な考えが浮かぶ。


いや、そんなに陰湿な村ではないはずだ。


「……あまり大きな声では言えないですが、

 よそ者を排斥する動きが、村の中で発生しています。

 私やミスティさんも含めて、です。

 不審者たちの事件をきっかけに、よそ者への危機感がマックスです」


陰湿だった。


俺は、こういう陰湿さが嫌いで、村を出たんだっけ……。

まあ、村の外で修羅場を経験して戻ってきたんだが。

内は陰湿、外は修羅。

俺の居場所は結局どこなんだ。少しだけ憂鬱になる。


「山賊を退治するまでは、この村に滞在したかったのですが

 今の排外主義的な動きでは、うかつにここにはおれません。

 ミスティさんと一緒に出ていく準備をしないと……」


クリムは、がっかりしたような顔で、こちらを見た。

なんだと。山賊退治キャンセルか。


「山賊退治は、もうすぐできそうなんです。

 ステラさんの情報を聞いていると、あの山賊の城の弱点がわかるのですが、

 自警団だけでは手が足りないのです。

 戦闘スキルも、人数も……」


ステラは溜息をついた。


「あ、決して、ノエルさんが弱いとかじゃなくて、

 相手の人数が多すぎるし、場所がアウェイですし、

 ノエルさんが強いだけでは無理だということですよ」


「フォローありがとう。

 このような村、山賊の生活の糧となって消えてもよいのだが、

 妹たちの故郷が無くなるのも困る。

 だが、俺ひとりでは戦力にはならない。

 さて、どうするべきか……」


俺は腕を組んで、考えるポーズをとる。

もちろん、すぐにいい考えなど浮かんでこない。


せめて領主の軍隊あたりが加勢してくれれば、山賊退治も楽だろう。

だが、領主の軍隊は、帝国への警備に兵を割いており、兵力が足りていない。

困ったものだ……。


そんなことを、クリムと一緒に考えながら、家の中にいると、

突然、玄関のドアベルが鳴った。俺の家に何用だろうか?

クリムが応対する。俺もうしろから覗き込む。


「ここにノエルという男はいるか?」


「誰ですか、あなた。

 村の人には見えないですが……?

 そんなに重そうな鎧を着こんで、武装して……」


クリムは、不審そうに男の姿を見る。

鎧姿の若い男。

自警団のような、ありあわせの装備ではない、きちんとした装備だ。

どこかの国の正規軍みたいな。


うーん。それにしても、あの鎧の男、どこかで見た気がする。

というか、あの男も、俺の名前を知っているようだし。

なんだっけ? 俺が傭兵だった時に剣を交えた相手か……?

記憶の糸をたぐりよせる。こんがらがってしまった。


「あっ。そのうしろにいるのは、ノエルじゃないか。

 久しぶりだな。俺だよオレオレ」


オレオレ言ってる奴の顔をよく見る。

あっ、そうだ。

たしかこの男は、俺が傭兵になる少し前に、知り合った奴だ。


「お前は……ヘーデルだったか?」

「ヘーゼルだ! 間違えるな」


クリムが不思議そうな顔をして、こちらを見る。


「え? ノエルさんの知ってる人なんですか?」

「ああ……。傭兵になる少し前に知り合ったんだ。偶然な」

「へー」


「ノエル、なんだそこの女の子は。恋人か何かか? ははっ」


ヘーデル……ではなく、ヘーゼルがクリムを茶化し始める。

そういう関係ではない。否定しなければ。


「そいつはただの居候軍師だ」


「居候軍師ってなんですか……?

 それに、私とノエルさんは恋人じゃありません。

 私、男の人より、女の人のほうが好きですし……うふふ」


クリムは頬を赤く染めながら、告白する。

そこは、普通に「恋人じゃないです」だけでも良かった気がする。


「お、おう。がんばれよ」


「励まさなくていいから!

 ……ところで、なんでヘーゼルがこの村に?」


「それは、俺がオーラン領……つまりこの村の所属する領域の

 領主軍の人間だからだよ」


「意味がわからないのだが」


「お前がわかるように言ってやるよ。

 つまり、領主様の軍は、ここの山賊を退治してくれることに、

 合意したということだ」


「唐突だな」


「俺も正直驚いたよ。今、帝国相手の警備で忙しいってのに、

 村に騎士団を派遣するって決定したんだ。いきなりのことだぜ。

 いま、お前のとこの村長と、うちの騎士団長が、会合をしている。

 じきに、山賊討伐のお触れが出るはずだ」


不思議な話だ。

今まで、領主の軍は、帝国相手に兵力を使っていたはずだ。

それがいきなり、山賊の退治に回される。


……あやしい。こいつも、偽者が化けているのではないか?

と思うほど、信用しづらい。急な話だ。都合も良すぎる。


だが、目の前のヘーゼルが、昨日のシャロのように、

偽者であるという様子ではなさそうだった。

どう見ても、昔会ったときの、ヘーゼルそのままだから。

見た目も、身振りも、話し方も、全体的な雰囲気も……。

どこにも不審な点はない。完璧、そっくり、そのままのヘーゼルだ。


「さて、そろそろ行かないと。

 積もる話もいろいろあるし、お互いの近況を話し合いたいところだが、

 あいにくと、俺も任務で来ているのでね。そろそろ集合せんといかん。

 また、じっくりと話そう」


そう言って、ヘーゼルは、別れを告げ、家から去った。

がしゃがしゃと、鎧の音を鳴らしながら。


「ノエルさんとヘーゼルさんはどういうご関係なのですか?

 まさか、恋人とか? うふふ」


クリムも俺のことを茶化し始めた。

そんなこと言われても……反応に困るのだが。

俺は、男はあまり好きではない。


「茶化すな。そんな趣味は無い。

 あいつは、俺が傭兵になる少し前、偶然知り合ったんだ。

 だいぶ前の話になるが……。

 俺は傭兵になろうとして、町に出たが、なかなか職につけず、

 落ちぶれて路上生活していたところを、ヘーゼルに捕まった。

 新人騎士ヘーゼルは、町の警備巡回をしていたらしい」


「そうなんですか。

 ノエルさんも苦労してたんですね……」


「俺は、事情を説明して、ヘーゼルになんとか仕事を紹介してもらうよう迫った。

 騎士団の下働きくらいならできるだろう。

 俺はそう思っていたが、あっさり拒否された。

 騎士団に入るのも、ある程度の資格がいるらしい。

 俺は納得がいかなかった。

 そんなこんなで揉めてたら、ある事件が発生して、

 それを一緒に解決したんだ。

 以来、友人のような扱いになった。

 まあ、腐れ縁だな……」


昔話を長々としてたら、クリムが少し眠そうにしていた。

あのさぁ……。

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