第59話 変装


「ふふふ……。

 私の変装の技術さえ使えば、ミスティの捕獲など、たやすいもの」


ディーヌは自信満々に、イターキヤ邸の周りをうろついていた。

あそこに、ターゲットとなるミスティ王女がいる。


「この任務を成功させれば……私の待遇もだいぶ上がる。

 危険な任務もしなくて済む。

 そのためには、きちんと成功させないとね」


ディーヌは、そこまで裕福な生まれではなく、

帝国に侵略された土地の一つに住む少女だった。


天性の身軽さを活かして、諜報仕事をしているものの、

身の危険を感じることは、1つや2つではなかった。

そのうち、彼女は、危険な任務から足を洗うには、

成果をあげることが重要であると感じ、

自ら率先して、困難な任務をこなすようになった。


その成果は認められ、じょじょに地位も上がり、

ミスティ王女捕獲の暁には、帝国の高位武官の地位を約束されていた。

これで貧困におびえることなく、安定した生活ができる。


ここで失敗するわけにはいかない。

ディーヌには、秘策があった。


それは「ミスティ王女が、ひとりになったときを狙う」という作戦だ。


普通、あのような高貴な身分には、護衛がつきものだ。

だが、今のミスティ王女の周辺には、男ばかり。

男たちでは、ミスティ王女のあらゆる場面を護衛することはできない。


とくに、風呂や寝室。このとき、ミスティ王女は必ず一人になる。

事前に得た情報では、侍女兼護衛の女が、3人ほどいるらしいが、

ミスティ王女は、風呂や寝室では、ひとりになりたがる傾向があるとのこと。

理由はわからないが、あまり人を寄せ付けたくない性格なのだろう。


それが、王女にとって仇となる。

ディーヌは、勝利を確信していた。


では、どうやって近づくのか?

ディーヌは、今のありのままの姿で行動することは考えていなかった。

見ず知らずの女性を接近させるほど、ミスティ王女も馬鹿ではないだろう。


ディーヌは策を練った。

それは、ミスティ王女の身の回りの女性に、変装することだった。


ミスティの侍女兼護衛の女は、3人いる。

その3人の特徴も、事前に得た情報でよく知っている。


ディーヌは、誰に変装するか思案した結果、

軍師見習いの女――クリムに変装することを決意した。


なぜクリムなのか?


ディーヌは、ステラという盗賊のような女が、もっともミスティ王女と仲が良いことは知っていた。

油断させるなら、ステラに化けるのが一番だ。

が、ステラの小さな身体に変装するには、ディーヌの背格好が大きすぎた。

ステラに変装することは却下になった。


それでは、シャルロットとかいう槍使いの女はどうだろうか?

背格好的には、変装しても大丈夫なほど、ディーヌと似通っている。

だが、シャルロットとミスティは、何かよそよそしい雰囲気を放っている。

シャルロットがミスティ王女を恐れ入っているのか、

ミスティ王女がシャルロットを避けているのか、

どういった理由かは知らないが、たいして親しくはない様子だ。

こんな関係では、近づくことができない。


そして、クリムだけが変装対象に選ばれた。

ディーヌと背格好が近いのはもちろん、もうひとつ選考理由があった。


それは――クリムが、「女性好き」であるという点だった。


ディーヌが独自に調査してわかったことだが、

病的なほど「女性好き」だということがわかった。

すでにシャルロットやステラがその毒牙にかかっているらしいが、

クリムの人懐っこさのせいか、あまり嫌われているわけでもないらしい。

ミスティ王女には「まだ」手を出していないらしいが、

スキあらば狙っているとも聞く。これを利用しない手はなかった。


「女性でありながら女性好き」のクリムに化ける。

ディーヌには、別に「女性好き」の気はなかったが、そういう演技をすることを割り切るくらいの心の強さはあった。


ディーヌは変装の準備にとりかかり、クリムへと姿を変えていく。

最後の仕上げに、自分の姿を、水面に


「ふふふ……これで、だれが見ても、『クリム』にしか見えませんよ」


ディーヌは、だれが見ても、「クリム」にしか見えないほど、素晴らしい変装を行った。その変装はまるで魔法のように、ディーヌの面影は消え去り、クリムそのものに上書きされていた。

見た目だけでなく、声色もしゃべり方も、すべてがクリムとなった。


これで、いつミスティ王女に近づいても大丈夫。

自信満々のディーヌは、偽クリムとなり、ミスティ王女のいる部屋へ向かった。

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