第67話 豪商の罠

「なにっ!? ディーヌがしくじっただと!」


ディーヌが死んだ。ミスティ王女も捕まえられなかった。

悪い報告を受けて、豪商パヴェールは、吸っていた葉巻を強く噛みしめる。


「残念な話だが、本当だ。

 ディーヌは変装しミスティ王女を捕まえる寸前までいったが、射殺された。

 次の策を練る必要がある」


「次の策、か……」


「すでに策は考えている。

 パヴェール殿。あなたの力を借りたい」


「どういうことだ?」


「あなたの館にミスティ王女と護衛を宿泊させ、夜襲をかける。

 護衛は皆殺し。ミスティ王女は捕縛する」


「ほほう。考えたな」


「館のところどころに戦闘の傷がつくかもしれないが、

 その策しかない。ご了承ねがいたい。

 あなたの帝国内での商売利権を得るためにも協力がほしい」


「それはいいが……館のあちこちを傷つけるのだから、

 ある程度の追加要求は呑んでほしいものだな」


「どのような要求か?」


「帝国内の、さらなる商売利権の拡大だ。今までの約束の倍ほしい」


そう言うと思った。ブラジェは苦虫をつぶすような顔をした。心の中で。


「了解した」


ブラジェは即決した。もちろん約束を守るつもりはない。


ミスティ王女を捕まえたあと、こいつ(パヴェール)は始末するのだから、

守る必要のない約束だ。


とはいえ、始末する手間が発生するので、腹立たしいことに変わりなかった。


「ミスティ王女は今、イターキヤ氏の屋敷から出発したところだ。

 パヴェール殿の使者を出して、宿泊するよう勧めてもらいたい」


「わかっておる。すぐに手配する」


「それでは、私は失礼する。戦闘の準備をせねばならないので」


ブラジェはパヴェールの部屋から退室した。

そしてパヴェールの館を出て、人の気配がないところまで来た。


「よし。ここなら大丈夫だな。

 ヨーク。ルト。いるか? 出てきてくれ」


ブラジェは、双子の少年盗賊「ヨーク」「ルト」を呼び出した。


ヨークとルトは、義賊団に嫌気がさして辞めたあと、かねてよりつながりのあった、

ブラジェたち帝国諜報部隊の下請仕事をしていた。


「いるよ。ここに」

「俺も」


ヨークとルトは、樹木の裏から、ひょこっと顔を出した。


「なんで頭だけ出す。お前たちはモグラか!

 まあいい。仕事をお願いしたい」


「きょうの仕事はなに?」


「この書状をベーク領の領主に渡せ」


「えっ……何? この書状は」


「豪商パヴェールと帝国の密約書状だ。

 『パヴェールは帝国に手を貸すかわりに、帝国での商売利権を獲得します』

 という内容が書かれている。

 これを見せれば領主も真っ青になり、パヴェールを捕まえざるを得ないだろう」


「いいけど……どうしてこんなことをするの?

 帝国とパヴェールの密約がばれたら、ブラジェさんもただでは済まないはず」


「パヴェールが悪どい商人だからだ。奴はお金にしか興味がない。

 それに奴は、帝国側に無茶な要求ばかりしてくるから、

 密約がバレても怒りはしないさ」


「そうなんだ」「へー」


「それとな……。今夜、パヴェールの館で戦闘が行われる。

 その混乱のすきに、館の金品は盗んでもらっても構わない。

 盗んだ金品はお前たちが使うなり、貧しい民に配るなり、

 自由にしてもらっていい」


「本当!?」「やった!」


ヨークとルトは喜んでガッツポーズをした。


「どうせパヴェールは始末されるのだ。

 奴の館にある金品は、好きなだけ盗んでもいい」


「わかったよ、ブラジェさん」「じゃあ今夜、俺たちはこの館に忍び込むからね」


「ああ。よろしく頼むぞ。

 あと、今渡した密約書状はなくすなよ。

 パヴェールの始末がかかっているからな。絶対なくすなよ」


「大丈夫だって」「なくしはしないよ」


ブラジェはこのあと、ヨークとルトに書状を渡したことを後悔する羽目になるのだが、それは後の話である。

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