第3話 双子の兄弟・ランバダ
「やーい、弱虫、弱虫、弱虫、ランバダ、不吉な赤い髪してる、悔しかったら
数人の子供達が輪になって一人の子供を取り囲み、歌を作ってはやし立てた。囲まれたランバダは、うつむいて泣きべそをかき始めた。
「やーい、泣いた、泣き始めたぞ、泣き虫、泣き虫ランバダ!悔しかったら…。」
「こらー!ランバダをいじめるなあ!」
一人の少女、レイリアが
(くそー、今日こそはもっとみっちり、とっちめてやりたいのに!)
レイリアは鼻息も荒く、ランバダの前に立ちふさがり、箒をさながら槍のごとくにどんっと勢いよく地面に立てた。
自分より年上で力も強い相手に立ち向かうのだ。これくらい勢いよくしなければ負けてしまう。
「怪力女、暴力女のレイリアだ。女に守ってもらってやんの。おとこおんなのレイリアとおんなおとこのランバダだ。お前ら逆になってしまえ。」
「うるさい!弱いものいじめしかできないくせに!みんなでいなきゃ、ランバダ一人もいじめられないんでしょ!あんた達の方が弱虫じゃないの!」
「へーんだ、レイリアが何か言ってるぜー。」
レイリアが怒って、箒を振り回そうとした時だった。
「こらーっ、グース、また、いじめてんのかいっ!」
野太い女性の声がして、いじめっ子でこの辺のガキ大将のグースは首を縮めた。
「うわ、母ちゃん、何もしてないっ。」
グースが慌てて逃げだしたので、他の子供達も一緒に逃げだした。グースの母、ルンナは他の子供達も分け隔てなく、おしりぺんぺんをしたりするので恐れられていた。
「ごめんね、レイリア、ランバダ。
「はい、大丈夫です。」
「レイリアは、はきはきしてていいね。ランバダはもっとしゃっきりとしな。そんなだからいじめられるんだよ。グースに殴り返していいんだからね。バンバン叩きな。
それじゃ、気を付けて家に帰るんだよ。二人とも変な人には気を付けるんだよ。人攫いに気をつけな。最近、多いっていうからね。」
「はい。さよなら、おばさん。」
ルンナは、花売り用の空になった手押し車をゴロゴロと押して、帰って行った。今日の夕食の食材が入っているのか、重そうだ。
もう、夕方である。春先とはいえ、冷えてきていた。
「かえろう、ランバダ。」
「うん。」
ランバダは涙の流れた
(だって、とてもかわいいんだもの。男の子じゃなくて女の子みたい。)
レイリアにとってランバダは、同じ年なのに守ってあげる存在だった。
貸本屋をしている、レイリアの家の向かいがランバダの家だ。赤ん坊の頃から一緒だ。ランバダは、古語で燃え盛る激しい炎という意味の名前のくせに大人しい子供で、レイリアはしとやかな姫の名前なのに暴れん坊で、赤ん坊の頃からランバダを叩いて泣かせていた、と話を聞いている。
今ではランバダを叩いたりしないが、もうちょっと男の子っぽくてもいいのにな、と思う。でも、この可愛さがなくなってしまうのは、嫌だなとも思うのだ。
ランバダはこの辺で一番の器量良しと言われている、母のセリナにそっくりだ。本当に可愛いので、一年くらい前まではランバダに無理やり自分の服を着させたり、光に透ける炎のような朱色がかった赤い髪を、三つ編みにしたりしていた。
サリカン人の男は、髪を長く伸ばす風習がある。昔、戦いの時、長い髪を後ろで結んで首を守ったからだ。ランバダもサリカン人なので、髪を伸ばしている。それが余計に女の子のように見えてしまう。
今ではランバダに女の子の格好をさせると、余計にいじめられると分かったので、絶対にそんな事はしないが、時々、やってみたくなるのも事実だった。
二人は仲良く手をつないで歩いた。ここは七番通りなので、家のある十番通りまでは少し距離があった。
レイリアは緊張した。ランバダは子供達だけでなく、大人達も振り返らせてしまう。それほど可愛い少年だ。
だから、時々、怪しい人がランバダをじっと見ていたりする。しかし、当のランバダはそれに気が付いていない様子なのだ。
今もそうだ。少し離れた後ろに、帽子を目深に被った怪しい男がいて、ずっとついてきている。レイリアは右手の箒を握りしめた。
思い切って立ち止まってみる。
後ろの男が立ち止まる様子はない。足音が近づいてくる。
レイリアの緊張は一気に高まった。
「レイリア、どうしたの?」
ランバダが心配そうに、のんきに尋ねた。
レイリアはあんた、気が付かないの!と怒鳴りたいのを
「ランバダ、走るよ!」
レイリアは勢いよく言って、ランバダを引っ張って走り出した。
「あ!」
レイリアは右手の箒の柄につまづいて、激しく転んだ。手をつないでいたランバダもつられて転んだが、すぐに起き上がった。
「レイリア、だいじょうぶ?」
ランバダは、地面に突っ伏していたレイリアを助け起こして座らせた。
レイリアはあまりの痛みに返事すらできず、代わりに涙がぼろぼろ出てきた。
(どうしよう、後ろのおじさんが変な人だったら!)
焦るのにどうしても立ち上がれない。
ランバダは座り込んでいる、レイリアの膝についた砂を払った。
「血がでてるね。あとで水であらおう。ほうきをもってるのに、きゅうにはしり出すからだよ。」
ランバダはこういう時、なぜか落ち着き払っている。普段はぼんやりしているくせに、妙に大人びている所もあった。
「どうしたの、大丈夫かい?」
後ろから付いて来ていた男が、二人に声をかけた。
ランバダは振り返り、じっと男を見上げた。目が暗くて怖い。ランバダは思った。
「だ…だいじょうぶです。ころんだだけだから。」
ランバダにしては大きな声で答えた。レイリアが後ろでびっくりした顔をした。
「でも、立てないみたいだよ。どれ、おじさんが見てあげようか。」
「いいえ、だい、だいじょうぶです。立てます。」
レイリアは鼻水をすすりながら、慌てて言った。
「そうかい、おじさんが家まで送ってあげようか。花通りのこの辺に家があるんだろう?」
「だいじょうぶです。じぶんたちで帰れます。」
「もしかして、おじさんが知らない人だから、
男は言いながら、まだ座り込んでいるレイリアを立たせようと手をかけた。
男の目が暗がりでぎらついて見えた。ランバダは
男とレイリアがぎょっとして、ランバダを見つめる。
ランバダはきっ、と男を
「なんだ、このガキ、人がせっかく親切にしてやってんのに、大人の手を払うとはなんだ!人を馬鹿にしてんのか!可愛い顔をして、そんな事をするとマウダに売りつけるぞ!」
男の態度が
「おい!親切にするのが、その態度か!」
青年の声が薄暗い路地に
サプリュ一大きい花問屋のローロールで働いている、知り合いのチャムだ。大金を預かる仕事もしているため、彼はいつも帯剣している。
「その子達から、離れろ!お前、何者だ!この辺の奴じゃないな!」
チャムの怒声に、家の中にいた人々が出て来た。
「おい、どうした?」
「大丈夫か?」
男は慌てて立ち上がると、
「二人とも大丈夫か、怪我はないな?」
男がいなくなると、チャムが二人の前にしゃがんで尋ねた。
「どうした、チャム?」
七番通りの住人が尋ねる。
この辺の人々は皆、ローロールに世話になっているので、チャムとは知り合いだ。
「変な男が子供に声をかけてた。十番とこのレイリアとランバダだ。」
「ああ、知ってるよ。べっぴんさんの二人だな。大丈夫か?怖かっただろう。」
住人達が騒ぎを聞きつけ、ぞろぞろ集まってきた。あっという間に、変な男が現れた事が伝わっていく。じきに花通り全体に伝わるはずだ。
ランバダは一安心だと思い、レイリアの手を
「だいじょうぶ?立てる?ぼく、おじさんをよんでこようか。」
走り出そうとしたランバダを、チャムが慌てて引き留めた。辺りはもう暗くなっている。
「待て、ランバダ。俺が二人を送って行くよ。まだ、さっきの奴がいたら危ないし、仲間がいるかもしれん。ほら、レイリア、俺がおんぶしてやる。」
レイリアは素直に従った。だが、その拍子に箒の柄がチャムの頭にコツン、といい音を
「いてっ、おい、その箒はいるのか?」
「ご、ごめんなさい。」
レイリアは箒を握りしめたままだ。
「ぼくがもつよ。なくしたらおじさんにおこられるもんね。」
ランバダは箒をレイリアから受け取った。
「一緒に行こう。明かりをつけてやる。」
七番通りの通り長のラドクが言って、明かりのランプを持ち、ランバダの手をつないだ。
歩きながら、ラドクが言う。
「しかし、物騒になったな。木材通りでもあったと聞いたが、この辺では初めてか。」
「どうでしょう。気が付いていないだけかもしれないし。よく聞いた方がいいかもしれません。昼間は大人の数が少ないですし。
どうだ、二人とも、こういう事は初めてか?」
チャムが子供達に話を振った。
「初めてじゃないわ。ランバダをしょっちゅう変な人が見ていくもん。」
レイリアの答えにチャムが吹き出した。
「それは、レイリアの場合、ランバダを見ていたらみんな変な人だろう。」
レイリアは怒って、チャムの背中に負ぶわれたまま、足をぶんぶん振り回した。
「ちがう、そんなんじゃない。」
「分かった、悪かったよ。ランバダはどうだ?」
ランバダは少し考えてから、答えを口にした。
「あのおじさんだけってこと?」
「あのおじさんだけじゃなく、他にもいたら、その人達を含めてだ。」
「うん、そしたらね、別のおじさんがね、毎日レイリアの家に来てたよ。」
「何?」
ランバダの答えに、彼以外の全員がぎょっとした。
「な、なんで早く言わん?」
ラドクが尋ねた。
「だって、貸本屋のお客さんだと思ったんだもん。でも、へんなんだ。毎日、ふくそうがちがってひげがついたり消えたり、かみの色がちがったりするんだ。それでけっきょく、本をかりていかないの。何をしにきてたのかなあ。」
「そうね、何をしにきてたのかしら。毎日くるなんて。」
レイリアも首を傾げている。ランバダも変装は見抜けても、それ以上の事には考えが及ばなかったらしい。
明らかに何か良からぬ事を、実行するための下見にきていたのだ。何事も無くて良かったと、チャムもラドクも胸を
「あのな、今度からそういう時は、おじさんに言わないと。他にはいるのか?」
チャムの問いにランバダは頷いた。
「うん。後はね、やたらとぼくをなでるおばさんがいるの。」
「太った人かい、黒髪の三つ編みにした?」
ラドクが尋ねた。
「うん。あのおばさん。」
「あの人は仕方ないんだ。子供を病気で亡くしてから、心の病気になっちゃったからな。子供はみんな可愛くてしかたないんだ。嫌じゃなかったら、
ランバダはラドクを見上げた。
「心のびょうき?」
「そうなんだ。」
「かなしくって?」
「そうなんだよ。」
「じゃあ、あのおばさん、ずっとかなしいんだね。ぼくをなでる時もずっとないてる。かなしいいがいのきもちがなくなっちゃったの?」
「さあ、それは分からないなあ。でも、そうかもしれないなあ。」
「じゃあ、笑わせてあげないと。ずっとかなしいまんまなんてかわいそうだもん。」
ラドクは思わずランバダを見つめた。大人しくっていつもいじめられており、声すらも聞いたことがないと言われているが、よく
やがて、子供達二人の家に着いた。
帰りが遅いので、心配していたレイリアの父イオニ・ハズンとランバダの祖母のルダ・スルーが、イオニの貸本屋の前で立ち話をしながら待っていた。
ランバダの両親はまだ帰宅していない。
「ただいま。」
ランバダとレイリアは、それぞれの保護者の元に駆け寄った。
「どうしたんだい、遅かったじゃないか。また、いじめられてたのかい?この箒はうちのじゃないね。」
「どうも、こんばんは。」
チャムとラドクは二人に
「やあ、どうも。ラドク、久しぶりだな。うちのじゃじゃ馬が、何かしたのか、チャム?」
イオニが尋ねた。
「世話になるねえ、チャム。」
ルダも口を添えた。
「へんな人がいたの!」
レイリアが口を挟んだ。チャムとラドクが事情を説明した。イオニとルダが驚く。
「だから、まあ、今日はあんまり子供達を叱らないでやって下さい。特にランバダは今日、とても頑張りましたし。怪しい男の手を振り払ったんですよ。な、ランバダ。」
突然、チャムに話を振られ、おっとりとニコニコしていたランバダは、照れてルダの後ろに隠れようとしている。
「そうなの!今日のランバダ、すごかったんだよ。きっ、てへんな人をにらみつけたの。」
「そうなのかい。凄いじゃないか、ランバダ。」
レイリアとルダにも褒められて、ランバダはもじもじと言い出した。
「だって、あの人、目がこわかったんだもん。それで、ずっとレイリアを見ているから…。」
レイリアはランバダの事を見てたと言い出し、二人は何やら言い合いを始めたが、大人達はランバダの発言に顔を見合わせた。
「いや、しかし、参ったな。」
イオニが頭をかいた。
「今回の事は俺のせいだな。」
「ランバダがちゃんとお前に言ってたものな。」
ルダも隣で言った。実はランバダはちゃんとイオニに、おかしな人が毎日変装して店に来ていると報告していた。
ランバダは妹と弟の子守をしながら、毎日イオニに無料で本を読ませてもらっているので、気づいたのだ。
ルダも家の前に椅子を置いて、趣味兼内職の編み物や裁縫をしているので、ランバダが報告していたのを知っていた。
しかし、子供の言う事である。本の内容と混同していると思い、気にも留めなかったのだ。
「これで、一つはっきりしたな。ランバダは
ラドクが締めくくった。
ランバダとレイリアは店の前で、怖い事があったのを忘れたように、きゃあきゃあ言って遊んでいた。
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