第43話 怒り
エイグが悲痛な声で使用人に許しを
「坊ちゃま、お前のことが知られたら、旦那様に何を言われるか。まあ、まだ、これで済んだし、帰って来たから旦那様に報告はしないでおいてやるよ。
なあ、分かってるよなあ。旦那様に知られたらどうなるか。左手を切り落として犬に食わせるって言ってたよなあ。旦那様が恐ろしいって分かってるだろう。」
エイグを引きずって歩きながら、使用人の男はそんな脅しをしている。だが、使用人の慌て具合からして、『旦那様』の恐ろしさは本当なのだろう。
「ごめんなさい、どうか、許して。お願いします。ゆるして。」
エイグが
「許せだと…?」
使用人が立ち止まった。そして、気がついた。
「お前、なんだ、この
「あ、こ、これは、その、拾ったんです。」
「
「ち、違います、盗んだんじゃありません!本当です、信じて下さい…!」
「どうやって、手に入れた?」
「その、通りがかりの、親切な人が買ってくれて。」
使用人は、盛大に舌打ちした。
「大通りまで出やがったのか。坊ちゃま、許さねえぞ。お前が一番、嫌なお仕置きだ。」
「お、お願い、やめて…。あれだけは
エイグが足を突っ張り、必死になって許しを請うて歩こうとしないので、使用人の男は
「お願い、やめて下さい!お願い、許して、嫌だ、あれは嫌だ…!」
エイグは泣き叫んで暴れたが、体格の違いは大きすぎて、使用人の男はものともしないで前に進む。しかも、エイグの悲鳴を聞きつけて、探しに出ていた他の使用人達も集まって来た。
「おう、お前ら。もう、探さなくていいぞ。外に行った連中も戻してこい。」
使用人達がそれぞれ走っていなくなり、指令を出している男の元に四人残った。
「お前らも来い。こいつに一緒にお仕置きをしよう。」
「ああ、あれですか。」
「ちょうど、
「いい声が聞けそうだ。」
使用人の男達はそれぞれ、嫌な笑みを浮かべた。屋敷の裏手の方は手入れがあまりされていなくて、草がけっこう伸びており、隠れる所が多かった。
ランバダとホルは上手く
お仕置きとやらの内容は分からないが、エイグの嫌がりようから、相当、苦痛があると思われた。
男達はエイグを抱えて、あまり使っていなさそうな物置小屋に入った。
「やめて、お願いですから…。」
すすり泣くエイグをよそに、男達は小屋の窓を押し開けた。つっかえ棒をして、風が通るようにしている。
「よし、これで、お仕置きしているって、まるわかりだからな。」
「お、お願いです、窓を閉めて下さい。あ、あまり…。」
エイグは途中で言うのをやめ、ひっ、と悲鳴を上げた。ランバダとホルはそろそろと、窓に近づき、様子を
男の一人がエイグの外套をむしり取った所だった。さらにエイグの下着同然の服を
「い、嫌だ、お願い…!」
一人の男がエイグを乱暴に作業台にうつぶせに押し付け、自分もエイグに
「!?」
外から
ホルは何をしているか、じきに分かり、吐き気がした。
ホルはランバダを捕まえると、強引に物置から離れ、さらに奥の別の物置の間に
隠れて正解だった。
「おい、誰かいたか?」
一人が言って、窓辺に来て確認している。
「気のせいか。他の奴らが、お仕置きに気がついたのかもな。」
別段、気にしなかったようだ。男が奥に戻ってから、ホルはランバダを開放した。
「…あれ、何やって?」
ランバダは
「いいか。絶対に大声を出すなよ。いいな、分かったな?」
ホルはランバダに小声で、しかし、強い声でランバダが
「あれは…性行為だ。」
ランバダが目をパチクリさせた。
「も!がごごご……。」
口を
「大声出すなって、言っただろ!誰も気がつかなかったみたいで良かった。」
ホルは今までランバダに対して、こんなに地で接したことはない。今はそんな事を言っている場合ではなかった。
「いいか。俺がお前の質問に答えてやる。言わなくても聞きたい事は分かってるからな。それまで、手は離さない。男同士でもやる事がある。その理由は、一つ、男が好きだという場合。二つ、女がいなくて身代わりという場合、三つ、嫌がらせの場合。
そして、今の場合はおそらく、二つ目と三つ目の理由。あいつ、見た目はいいから、
ランバダが呆然と、ホルの説明を聞いていた時だった。エイグの息も絶え絶えな悲鳴が聞こえて来た。
「わ、わたしの、父の罪は、わたしの、つみ、です…!」
「もっと、大きな声で言わねえとなあ。」
同じことをエイグに言わせ、男達は下品な笑い声をあげた。
ランバダとホルは顔を見合わせた。ランバダはホルの腕を振り払った。
「俺は、エイグを今すぐ助ける。放っておけるか…!」
「…お前っ!」
ホルは言葉を失った。ランバダの美しさに呑まれてしまったのだ。怒りのあまり、
「どうするつもりだよ?」
「殴りこむ。」
ホルの質問に、ランバダは
「…五人もいるぞ?」
「全員、のしてしまえばいい話だ…!」
ホルは、ランバダの説得は無理だと判断した。
「…分かった。だが、一つ確認したい。お前、イゴン将軍になんて説明するつもりだ?もしもの時は、やめる覚悟があるんだろうな?」
ホルの質問に、
「後でありのままに報告する。お叱りも受ける。やめろって言われたら、やめる。だけど、これは間違ってない。正しい事だ…!」
ホルを
「分かった。覚悟があるなら、好きなようにやれ。俺も
「ありがとう、ホル。」
ランバダは力強く頷くと、立ち上がり小屋の入り口に向かって行った。
ホルはああ、面倒な事に首を突っ込んでしまった、と後悔しつつも、小屋の周りをまわって他に出入り口がないか確認していた。窓と入り口の二か所しか、人が出入りできる場所はない。
大声で言い合った後、すでに派手な
一人が窓から出ようと、足を出して来たので、持ち上げて中に押し込む。訳も分からず、小屋の床に背中から落ちた所を、ランバダに仕留められている。もう一人が入り口から走り出て来たので、足を払って急所を叩き、気絶させた。
その男の
「終わったか?…これで、五人目、全員、気絶だな。」
ランバダは頷くと、床にうずくまっているエイグに近寄った。
「遅くなってごめん。大丈夫…じゃないよな。まさか、こんな虐待だなんて思ってなくて。」
ホルは床に落ちていた
「ランバダ、お前、こいつらを
「でも…。」
いいから、こういう時は顔見知りより、他人の方がいい場合もある、と小声でホルはランバダに耳打ちした。ランバダは黙って小屋にあった麻縄を拾い、男達を縛ると、外に出て行った。
「歩けるか?ランバダは権利も取り返すつもりだったみたいだが、このまま出てカートン家に行こう。
悪かった。俺もこんな事だとは気が回らなくて。嫌な思いをさせて、ごめん。医者に診せるから、わざとこのまま連れて行くぞ。外套で
ホルは
三人はゆっくりと、元来た道を歩いた。エイグは
誰も何も言わず、重苦しい空気が
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