第43話 怒り

 エイグが悲痛な声で使用人に許しをうので、ランバダとホルはすぐに二人の後に追いついた。

、お前のことが知られたら、旦那様に何を言われるか。まあ、まだ、これで済んだし、帰って来たから旦那様に報告はしないでおいてやるよ。

 なあ、分かってるよなあ。旦那様に知られたらどうなるか。左手を切り落として犬に食わせるって言ってたよなあ。旦那様が恐ろしいって分かってるだろう。」

 エイグを引きずって歩きながら、使用人の男はそんな脅しをしている。だが、使用人の慌て具合からして、『旦那様』の恐ろしさは本当なのだろう。

「ごめんなさい、どうか、許して。お願いします。ゆるして。」

 エイグが懇願こんがんする。

「許せだと…?」

 使用人が立ち止まった。そして、気がついた。

「お前、なんだ、この外套がいとうは?どこで手に入れた?」

「あ、こ、これは、その、拾ったんです。」

うそつけ…!こんなにきれいな古着、その辺に捨てる奴なんかいねえ。…これ、近くの屋台で売ってたやつじゃねえか。どうやって、手に入れた?え、言ってみろ!ぬすんだんじゃねえだろうな」

 みょうに鋭い使用人に、ランバダとホルは内心、かなり青ざめた。

「ち、違います、盗んだんじゃありません!本当です、信じて下さい…!」

「どうやって、手に入れた?」

「その、通りがかりの、親切な人が買ってくれて。」

 使用人は、盛大に舌打ちした。

「大通りまで出やがったのか。坊ちゃま、許さねえぞ。お前が一番、嫌なお仕置きだ。」

 物凄ものすごく意地悪な顔つきで、ニヤリと笑って使用人は言う。エイグが息をんでふるえた。

「お、お願い、やめて…。あれだけはいやなんだ、お願い、許して…!」

 エイグが足を突っ張り、必死になって許しを請うて歩こうとしないので、使用人の男はせて細いエイグの腰に手を回し、抱えて歩き出した。

「お願い、やめて下さい!お願い、許して、嫌だ、あれは嫌だ…!」

 エイグは泣き叫んで暴れたが、体格の違いは大きすぎて、使用人の男はものともしないで前に進む。しかも、エイグの悲鳴を聞きつけて、探しに出ていた他の使用人達も集まって来た。

「おう、お前ら。もう、探さなくていいぞ。外に行った連中も戻してこい。」

 使用人達がそれぞれ走っていなくなり、指令を出している男の元に四人残った。

「お前らも来い。こいつに一緒にお仕置きをしよう。」

「ああ、あれですか。」

「ちょうど、鬱憤うっぷんもたまってた。」

「いい声が聞けそうだ。」

 使用人の男達はそれぞれ、嫌な笑みを浮かべた。屋敷の裏手の方は手入れがあまりされていなくて、草がけっこう伸びており、隠れる所が多かった。

 ランバダとホルは上手くかくれながら、気分が悪くなった。一人の少年を、大の大人が五人がかりで、折檻せっかんするのだ。

 お仕置きとやらの内容は分からないが、エイグの嫌がりようから、相当、苦痛があると思われた。

 男達はエイグを抱えて、あまり使っていなさそうな物置小屋に入った。

「やめて、お願いですから…。」

 すすり泣くエイグをよそに、男達は小屋の窓を押し開けた。つっかえ棒をして、風が通るようにしている。

「よし、これで、お仕置きしているって、まるわかりだからな。」

「お、お願いです、窓を閉めて下さい。あ、あまり…。」

 エイグは途中で言うのをやめ、ひっ、と悲鳴を上げた。ランバダとホルはそろそろと、窓に近づき、様子をうかがった。

 男の一人がエイグの外套をむしり取った所だった。さらにエイグの下着同然の服をぎ取ったのである。

「い、嫌だ、お願い…!」

 一人の男がエイグを乱暴に作業台にうつぶせに押し付け、自分もエイグにおおいかぶさるようにしてのしかかった。

「!?」

 外からのぞいていた、ランバダとホルは、思考がしばらく停止した。エイグのなんとも言えない、悲痛な悲鳴がひびく。

 ホルは何をしているか、じきに分かり、吐き気がした。となりのランバダは意味が分からず、呆然ぼうぜんと目を点にして、凝視ぎょうししていた。

 ホルはランバダを捕まえると、強引に物置から離れ、さらに奥の別の物置の間にかくれた。

 隠れて正解だった。

「おい、誰かいたか?」

 一人が言って、窓辺に来て確認している。

「気のせいか。他の奴らが、お仕置きに気がついたのかもな。」

 別段、気にしなかったようだ。男が奥に戻ってから、ホルはランバダを開放した。

「…あれ、何やって?」

 ランバダは驚愕きょうがく動揺どうようのあまり、ちゃんと言葉になっていない。だが、何を聞きたいのかは分かった。

「いいか。絶対に大声を出すなよ。いいな、分かったな?」

 ホルはランバダに小声で、しかし、強い声でランバダがうなずくまで念を押した。ランバダがぎこちなく頷いたので、答えを口にする。

「あれは…性行為だ。」

 ランバダが目をパチクリさせた。

「も!がごごご……。」

 口をふさぐのが間に合ってよかった。案の定、ランバダは大声を出す所だった。ホルは小声でランバダを叱りつけた。

「大声出すなって、言っただろ!誰も気がつかなかったみたいで良かった。」

 ホルは今までランバダに対して、こんなに地で接したことはない。今はそんな事を言っている場合ではなかった。

「いいか。俺がお前の質問に答えてやる。言わなくても聞きたい事は分かってるからな。それまで、手は離さない。男同士でもやる事がある。その理由は、一つ、男が好きだという場合。二つ、女がいなくて身代わりという場合、三つ、嫌がらせの場合。

 そして、今の場合はおそらく、二つ目と三つ目の理由。あいつ、見た目はいいから、おそわれる条件が運悪くそろってた。あいつが受けてた虐待ぎゃくたいは、なぐるだけじゃなかったってことだ。あれは、心をこわすっていうからな。」

 ランバダが呆然と、ホルの説明を聞いていた時だった。エイグの息も絶え絶えな悲鳴が聞こえて来た。

「わ、わたしの、父の罪は、わたしの、つみ、です…!」

「もっと、大きな声で言わねえとなあ。」

 同じことをエイグに言わせ、男達は下品な笑い声をあげた。

 ランバダとホルは顔を見合わせた。ランバダはホルの腕を振り払った。

「俺は、エイグを今すぐ助ける。放っておけるか…!」

「…お前っ!」

 ホルは言葉を失った。ランバダの美しさに呑まれてしまったのだ。怒りのあまり、ほおを紅潮させ、黒い目をきらきら光らせている。

「どうするつもりだよ?」

「殴りこむ。」

 ホルの質問に、ランバダは簡潔かんけつに答えた。ホルは思わず目をいて、ランバダを凝視ぎょうしし、言葉を失った。いつもの品行方正なランバダは一体、どこへ行った?ホルは心の中で悲鳴を上げた。

「…五人もいるぞ?」

「全員、のしてしまえばいい話だ…!」

 ホルは、ランバダの説得は無理だと判断した。

「…分かった。だが、一つ確認したい。お前、イゴン将軍になんて説明するつもりだ?もしもの時は、やめる覚悟があるんだろうな?」

 ホルの質問に、一瞬いっしゅん、息を吸ってから、ランバダははっきり明言した。

「後でありのままに報告する。お叱りも受ける。やめろって言われたら、やめる。だけど、これは間違ってない。正しい事だ…!」

 ホルをにらみつけるように、はげしい目をしてランバダは答えた。ランバダとは、サリカタ語の古語で、燃え盛る炎という意味だ。その名前の通りに、怒りという燃え盛る激しい炎が、彼を包み込んでいる。

「分かった。覚悟があるなら、好きなようにやれ。俺も援護えんごしてやる。」

「ありがとう、ホル。」

 ランバダは力強く頷くと、立ち上がり小屋の入り口に向かって行った。

 ホルはああ、面倒な事に首を突っ込んでしまった、と後悔しつつも、小屋の周りをまわって他に出入り口がないか確認していた。窓と入り口の二か所しか、人が出入りできる場所はない。

 大声で言い合った後、すでに派手な乱闘らんとうが起こっている。

 一人が窓から出ようと、足を出して来たので、持ち上げて中に押し込む。訳も分からず、小屋の床に背中から落ちた所を、ランバダに仕留められている。もう一人が入り口から走り出て来たので、足を払って急所を叩き、気絶させた。

 その男の襟首えりくびをつかんで、小屋の中に引きずって入る。

「終わったか?…これで、五人目、全員、気絶だな。」

 ランバダは頷くと、床にうずくまっているエイグに近寄った。

「遅くなってごめん。大丈夫…じゃないよな。まさか、こんな虐待だなんて思ってなくて。」

 ホルは床に落ちていた外套がいとうを拾うと、エイグにかけてやった。

「ランバダ、お前、こいつらをしばって猿ぐつわもしとけ。やるなら、徹底しとかないとな。」

「でも…。」

 いいから、こういう時は顔見知りより、他人の方がいい場合もある、と小声でホルはランバダに耳打ちした。ランバダは黙って小屋にあった麻縄を拾い、男達を縛ると、外に出て行った。

「歩けるか?ランバダは権利も取り返すつもりだったみたいだが、このまま出てカートン家に行こう。

 悪かった。俺もこんな事だとは気が回らなくて。嫌な思いをさせて、ごめん。医者に診せるから、わざとこのまま連れて行くぞ。外套でくるまれば、外からは分からない。その外套で足りなかったら、俺のも貸すから。」

 ホルはうつむいたままの、エイグの腕を取って立たせ、外套を着るのを手伝った。歩くときに前が開いてしまうので、ホルは自分の外套を脱いで、前からもかけてやる。

 三人はゆっくりと、元来た道を歩いた。エイグは裸足はだしで足も傷だらけだ。いつ、病気になってもおかしくない状態である。できるだけ、石ころなんかがない所を選んで歩く。

 誰も何も言わず、重苦しい空気がただよっていた。

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