第27話 イイスの思惑

 イイスは考えていた。

 二年前、五年間も音信不通だったブルエが突然やってきて、ランウルグを通わせる学校について相談を受けた。最初、ブルエはシタレにある坊ちゃん達が通う学校に入れようとしていた。学校としては良い。さすが、ニピ族は様々な情報を持っていると感心したものだ。

 だが、イイスはわざとティールにある学校を勧めた。八大貴族のお膝元だが、彼らのやり方を学ぶにはいい場所である。ゆくゆくは彼らと対峙していかなくてはならないのだ。権力の世界を学ぶには素晴らしい場所だ。その上、八大貴族の坊ちゃん達が、ただのボンボンとは違う事も学べるだろう。

 ブルエは最初は渋ったが、イイスが説得した。

「虎穴に入らずんば虎児を得ずだろう。奴らのやり方を学ばないと、戦えないぞ。」

 という事で、ランウルグはそこに入学したという連絡を受けた。どうせ、連絡は来ないだろうと思っていたが、律義にブルエは連絡をよこしてきた。おそらく、何かあった時には協力しろというのだろう。

 案の定、ある日突然、シタレの学校に編入したという連絡が来たのだった。

 まあ、そうなるのは時間の問題だとは思っていた。八大貴族のボンボン達は、なかなかにあなどれない事をイイスは知っている。自分の母校であるから、身をもって体験していた。

 すぐに感づかれたに違いない。しかし、正体がばれる前に逃げ出してきたのだ。ブルエならできるだろうと計算していたが、もし、一歩遅ければランウルグは殺されてしまったかもしれなかった。

 さすがの八大貴族もグイニスの父、ウムグ王時代の重鎮じゅうちん、ハオサンセの管理下にある街で勝手な事はできないだろう。

 だが、問題はランウルグ本人の事だった。調べさせたところ、あまり勉強をせずに遊んでばかりいるというのだ。おそらく、ティールで学んで、馬鹿のふりをしているのだろうとは思うが、一抹の不安がないわけではない。

 グイニスがこのまま見つからなければ、ランウルグを担ぎ出すしかないのだ。その時、馬鹿でも困る。しかし、馬鹿の方が扱いやすい場合もある。だが、馬鹿だと賛同は得にくいだろう。やっぱり馬鹿だったら困る。

 ようやく、結論を出し、イイスは少しすっきりした。今までその事について、考えていたのだ。一度、成長したランウルグに会ってみる必要があるだろう。本心はどこにあるのか、探ってみなければならない。

 イイスは自分の予定を調べてみた。上手い具合にあまり予定は詰まっていない。しかし、シタレまで行って戻るだけで、二カ月はかかる。余裕をもって三、四か月代理市長を休む理由を考えなくてはならない。

「どうするかなあ。」

 イイスが考え始めた時、間が悪い事にネムの本当の市長、つまりネムの管理をしている貴族レキヨが呼んでいると連絡が入った。大抵の貴族は、自分が管理しなくてはならない街に、代理の市長を立てて管理させている。

「ああ、もう、こんな時に呼び出しか。」

 イイスは毒づきながらも立ち上がった。時々、こうして呼び出されては状況を報告しなければならない。

「自分が来いっていうんだ。」

 寒くなり始めているので、イイスは上着を持って急いで部屋を出た。後ろで書類が落ちた音がしたが、拾っているひまはない。短気なじいさんはすぐに行かないと、怒りだして手が付けられない。職を失ってしまう。

 出会った部下に声をかける。

「悪いが私の部屋に行って、落ちた書類を拾ってくれ。呼び出しだからすぐに行かないと。」

「書類ですか?」

 まだ、若い青年は聞き返した。

「そうだ、見れば分かる…!」

 イイスは最後まで言えなかった。

「!代理市長!」

 青年が急いで駆け寄ってきた。振り返りながら話していたイイスは、見事に狭い階段を転げ落ちていた。

「大変です!誰か医者を!」

 イイスは体を動かそうとしたが、激痛で動かせなかった。

 診察した医者は、感心したようにイイスに告げた。

「どうやったら、こんなに上手く怪我ができるんでしょうな。死ぬような致命傷は避けつつ、見事な怪我をしています。治るのに五カ月くらいはかかるでしょう。」

 右足首を骨折し、左肩を脱臼だっきゅうし、首を捻挫ねんざしていた。

こうして、イイスは正式に半年間休みを得る事になったのだった。


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