第26話 フォーリの思い

「どういう事だ?」

 フォーリから報告を受けたグイニスは聞き返した。

「ランウルグがラペック学校に行っていたが、突然退学し、シタレのリムカーナ学校に編入した?」

 フォーリに極たまに来るブルエからの連絡が入り、それをグイニスに報告した。案の定、みるみるうちに機嫌が悪くなる。

「何を考えているんだ、ブルエは。ラペック学校が八大貴族の庭みたいな所だと分かっているだろう。以前はこんなに考えが浅くはなかったと思うのだが…。」

「これは私の推測ですが、誰かの入れ知恵ではないかと。おそらく、若様に八大貴族の勢力がいかに危険か、身をもって分かって頂くためではないかと思います。」

 フォーリの説明にグイニスは少し、冷静さを取り戻した。

「確かに、彼らが若いうちからいかに有能かは理解できるだろう。しかし、危険なけだ。正体を知られる前に逃げないと、とんでもない事になる。まさに命取りだ。彼らに感づかれてしまったのだろうか。」

「おそらく、それで急遽きゅうきょ、退学したのだと思います。しかし、シタレの学校に編入した所をみると、完全には知られなかったのではないでしょうか。八大貴族も確証は得られなかったのでしょう。」

 グイニスは少し安堵あんどした。

「そうだろう。しかし、見張りはつくだろうな。ハオサンセのお膝元で、直接ハオサンセが運営している学校だとはいえ、警戒けいかいしなくては。フォーリ、一度、様子を見てきてくれないか。本当は私が直接様子を見に行きたいが、そうもいくまい。」

 フォーリは頭を下げた。

「申し訳ありません、旦那様。私は旦那様のお側を離れません。代わりの者に見に行かせます。」

 グイニスは目を丸くした。

「どうした、フォーリ、何かあったのか?」

「旦那様、どうか、お怒りにならずにお聞き下さい。ここは王宮でございます。権力の中枢、人の欲が渦巻く所でございます。

 旦那様も私もその世界がいかに汚く、醜くて、暗く、重い場所であるか、知っております。身をもって命からがら生きて参りました。

 そうでありますから、申し上げます。私は以前の主人であった、陛下の事も信用しておりません。」

 グイニスはフォーリを凝視ぎょうしした。

 フォーリは身を固くして、グイニスの言葉を待った。グイニスが従兄のタルナス王を信じているので、なかなか言い出しにくかった。だが、確証もなくこんな事を言っているのではなかった。

「フォーリ。陛下に何かあったのか。私の事で、八大貴族に何か譲歩しなくてはならない事でもあったか?」

「はい。陛下は追い込まれております。八大貴族はずっと、強気でおられる陛下の事を疑っていましたが、いよいよ、旦那様をここにかくまわれているのではないかと、責めるつもりのようです。」

「何?陛下はそれでなんと?」

「誰も住んでいない場所まで、いちいち貴族に王宮内を監視されるのは気分が悪いと跳ね返されました。しかし、それで妹君のパミーナ姫のご結婚を迫られました。」

「確かに。もう十七歳だったか。だが、あのお転婆娘が一体、どこに嫁げるというのだ。今でもエルアヴオ流の剣術を、熱心に毎日練習しているというではないか。他に弓と乗馬も練習し、侍女達も全員、どこかの流派で道場通いしていた者ばかりだとか。」

「はい。かなりの強者揃いと聞きます。先日もエルアヴオ流の天才剣士、カルム・イグーを呼んで剣術の稽古けいこをつけさせたとか。」

「パミーナはカルム・イグーに入れあげているといううわさではないか。」

 フォーリはさっきから気になっている事があったが、それを隠し、先に返事をした。

「入れあげているというよりは、彼の剣にれていると言った方がいいのではないでしょうか。同じ流派の剣術を学ぶ者として、尊敬しているようです。」

 グイニスは頷いた。

「確か、カルム・イグーは国王軍にいるだろう。ランバダの寮の寮長ではなかったか?」

「はい。その通りです。」

「姫が相手となると、エルアヴオ流もイゴン将軍も特別扱いするのか。」

「休みの日に呼び出しているので、問題はないようです。それにエルアヴオ流も姫の要求は断れないでしょう。」

「なるほど。」

「ところで、旦那様。一つ、お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか。」

 グイニスはフォーリの申し出に頷いた。

「なんだ?」

「なぜ、王宮の事情について詳しくご存じなのでしょうか。」

 今、グイニスは王宮内に軟禁状態である。従兄のタルナス王が八大貴族から守るためにそうしたが、すでに七年の歳月が流れている。

「実はお前に言っていなかった事がある。」

 グイニスはフォーリを手招いた。

「実は料理を作ってくれているアルナだが、彼女の耳が聞こえないというのは、嘘だ。コリノは左耳が聞こえず、右耳もほとんど聞こえないらしいのだが、アルナの方は完全に聞こえている。」

「つまり…。」

 グイニスは頷いた。

「そうだ。つまり、アルナは八大貴族の密偵だ。」

 とんでもない事実である。フォーリはすぐにでもアルナを始末したい衝動しょうどうに駆られたが、思いとどまった。

「どうして、分かったのですか?」

「それは、少しずつ仲良くなって聞き出した。」

 グイニスはにっこりした。フォーリが怒っている時や誤魔化ごまかしたい時にする笑顔である。フォーリは百も承知だがつい、その笑顔に負けて譲歩してしまうのだった。

 グイニスは美男子で女性達にそれはもてる。それで、セリナともいつの間にか仲良くなっていた。その時の事を思い出し、フォーリは身震いした。

「たぶん、向こうは向こうで私と仲良くなって何か聞き出そうとしていたんだろう。だから、逆にそれを利用した。

 そして、ある日、白状した。本当は耳が聞こえていて、ここに来るまではナルグダ家で侍女をしていたと。もう、密偵はできないから、やめると言ったんだが、いきなりやめると怪しまれる。

 だから、思いとどまらせて、代わりに王宮の噂話を聞いて来るように指示した。今も偵察に行かせているから、大丈夫なはずだ。」

 フォーリはため息をついた。グイニスがニピ族だったら優秀な密偵になったに違いない。布団の中で貴族の奥方や娘などから、情報をいくらでも聞き出してきた事だろう。

「分かりました。しばらく、アルナを泳がせておく事に致しましょう。私も気づいていない振りをします。

 しかし、そうなりますと、事は深刻です。陛下がかくまっている事が分かっているのに、なぜ、八大貴族はあんなに焦っていたのでしょう。確かに最初の頃は焦っていました。レルスリ家はなりふり構わず情報収集していました。

 だんだん落ち着いて来て、陛下が匿っているのではないかと疑うようになりましたから。」

「私もその事が分からなかった。だが、アルナの話を聞いているうちに、ナルグダ家がほかの七家を裏切っているのではないかと思うようになった。」

「裏切っている?個人的に、もしくは他の貴族と手を結んでですか?」

 グイニスはフォーリを見つめた。

「最初からだ。」

「最初からですか?」

「そうだ。ナルグダは父の時代、運河と街の管理と建設を任されていた重鎮だ。叔父上に長男を人質に取られて、無理やり仲間に入れられた。

 考えてみてくれ。陛下が昔、私をここから助け出してくれた時、どうやって叔父上を出し抜けたのかという事を。ナルグダなら、ここの見取り図を手に入れる事ができる。王宮内の秘密の通路なども詳しく知っているはずだ。」

 その頃、フォーリはタルナスの護衛になったばかりで、それ以前のことは分からない。どうやって手に入れたのか、フォーリも知らなかった。

「つまり、仲間になったふりをして、本当は陛下に手助けをしていると?」

「その通りだ。その証拠にお前が私の護衛になってから、新しい護衛のポウトをナルグダの仲介で得る事ができたらしい。しかも、ポウトはお前の故郷の近くの出身らしい。」

「それもアルナが?」

 グイニスは頷いた。

「それならば、アルナもニピ族でしょう。そうでなければ、ポウトの出身の里について知っているはずもありません。確かにポウトは私の故郷の隣の里の者です。踊りの方ではありません。」

 フォーリは、ニピ族に口を割らせたグイニスに驚いていた。それとも、アルナがわざと言ったのだろうか。それにしても、アルナは凄腕の密偵である。フォーリを七年もだまし抜いてきたのだ。それらしい挙動は一切なかったから、驚きである。それと同時に見抜けなかったことに悔しさも滲む。本当に敵だったらすでに手遅れだった。それを思えば背筋が凍る。そんな考えはおくびにも出さず、フォーリは言った。

「しかし、ナルグダの裏切りも、そろそろ他の七家にばれたのかもしれません。」

「その可能性はある。もしかしたら、それで私達に逃げるように促すために、アルナに白状するように命じたのかもしれない。ここを探すと言い出して、代わりにパミーナの結婚を譲歩させたのだろう?」

「はい。」

「陛下はこれまでもいろいろと譲歩されてきた。これ以上、彼らが何か得る事ができるものはあるだろうか。」

「分かりません。しかし、旦那様がここにいればいるほど、陛下のお立場は苦しくなります。最近、八大貴族は強気で、特にレルスリ家が強硬にここを調べると言ったそうです。」

 グイニスは考えた。

「普段、レルスリは慎重だ。確証がない限り強引な事はしない。それだけに不気味だな。」

「はい。ですから、危険だと申し上げたかったのです。陛下でもレルスリには負けるでしょう。ここを開けられるのは時間の問題です。」

「そうだな。そろそろ動く時が来たのかもしれない。陛下の準備がどこまでできたのか。それでパミーナを誰かと結婚させようとしているのかもしれないな。陛下の勢力を減らすために。」

「はい。しかし、パミーナ姫は一筋縄ではいかないお方です。剣術の一つもできない男は、男と認めないと仰っているそうです。

 陛下のご命令を受けた時も、八大貴族に脅されたのかと陛下を責められ、お見合いはするが、嫁ぐ相手は自分で決めると言われたとか。」

「勇ましいな。男でなくて良かった。剣術試合を開かなくてはいけなさそうだ。」

 どこか楽しげなグイニスにフォーリは釘を刺した。

「旦那様、のんきにしている場合ではありません。場合によっては陛下はすぐにでも、譲位をなさるおつもりでしょう。そうなったら、若様達をお守りする手立てを考えなくてはなりません。」

「確かに、ランウルグより国王軍のランバダの方が目立ってしまうかもしれない。イゴン将軍がついているとはいえ、どうなるかは予測がむずかしいな。」

「それだけではありません。最初に申し上げました。私は陛下をも信用していないと。」

「どういう事だ?」

「陛下は旦那様のご従兄ではありますが、王であるのです。この国の安定のため、危険なものは排除します。危険なものに若様達も含まれるのです。

 セリナ様は平民です。もし、陛下が譲位されたら、旦那様は正式に妃をめとらなくてはなりません。もちろん、後継ぎはその妃の子供という事になります。そうなれば、若様達は庶子、もしかしたら、庶子としても認められないかもしれません。

 もし、陛下が譲位されたら、八大貴族が若様達を放っておくでしょうか。今の陛下を捨て、自分達の言う事を聞く新たな王として、若様達を利用しようとしないでしょうか。陛下はそれを防ぐために…。」

「待て…!それ以上、言うな。」

 グイニスはフォーリをさえぎった。

「分かった。お前の言いたい事は。ただ、一つだけ聞きたい。どうして、お前は陛下のお考えに気が付いたのだ?」

 グイニスはフォーリをじっと見つめた。フォーリの考えを読み取ろうとするかのように、またたきもせずに。

「ポウトです。彼は悩んだ末に、話してくれました。私が昔に彼を助けた事が一度だけあります。その借りを返すために話したのです。

 陛下は譲位した後、旦那様に妃を娶らせ、その子を後継ぎにすると。若様達は一時、生かしておくが、男子が生まれたら殺すように命じられたと。ポウトは旦那様がそれを拒むのではないかと進言したそうですが、可哀そうだが仕方ないと言われたという事でした。」

 グイニスは立ち尽くしていた。助けてくれようとしているタルナスでさえも、グイニスは助けても、グイニスが本当に守りたい子供達は殺そうとしている。それが分かって衝撃しょうげきを受けないわけがなかった。

 だが、気持ちとは裏腹に、頭では冷静に受け止めていた。王としての立場なら、グイニスがタルナスの立場でもきっとそうするだろう。

 国を守るために。

 だが、グイニスは子供達を守りたかった。どうするべきか考えなければならない。まる七年ここで耐えてきたのは子供達の事を思ってだった。

「しばらく、考えさせてくれ。」

 グイニスはフォーリに言うと、部屋に入って行った。

 フォーリはその後ろ姿を見ながら、一つ、言い忘れていた事があった事を思い出した。しかし、今は耳に届かないだろう。

 それはブルエからの連絡にあった事だった。レルスリ家の六男シュリゲスに気を付けるようにというものだ。まあ、いいとフォーリは思った。どっちみち、レルスリ家は要注意なのだ。昔から嫡子ちゃくしにこだわらず、優秀な子を跡取りにしてきた家柄である。

 バムスの子供の中に、とりわけ優秀な子供の一人や二人、いてもなんら不思議はない。いよいよ注意するだけである。仕事自体の内容は変わらない、とフォーリは思ったのだった。



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