第61話 リリナの絵

 演奏会は、二日間は順調だった。三日目に事故が起こった。

 リリナが演奏していた、十弦琴の弦が二本も切れて顔に当たったのだ。

 き始めた時から、変だなとは思っていた。だが、今日は道の途中で馬車と荷車の接触事故があり、渋滞していてギリギリの時間に到着した。

 しかも、リリナは日直の当番で、友人達よりも遅れて後から行った。シャラーナも馬車のことがあるので、一緒に待ってくれていた。二人は後から大急ぎで合流し、そのまま席に到着して演奏を始めたのだ。調弦して確かめる時間がなかった。

 バチン、というはげしい音に観客たちはおどろきの声を上げたが、すぐに周りにいたカートン家の人達がやって来て、リリナを裏に連れて行ってくれた。

 リリナが欠けた分をシャラーナが咄嗟とっさに補って演奏してくれていた。

 カートン家は医者の家門なので、すぐに大勢の医者が集まった。医者のお決まりの服装か、医者の見習いを示すうすい黄緑色の服と黄色い腕章をつけた人達ばかりだ。やって来たものの、そんなに人数はいらないので一人だけ残り、後は持ち場に戻って行った。

「おかしいなあ。なんで、二本も切れたんだろう。目に入らなくて本当に良かったわ。明日はお茶会でしょ。その前にもう一度、ましょうね。」

 診てくれた女医さんは言った。ほおについた傷も大したことはないと言ってくれる。

「ほら、ここ見て。左のほっぺた。昔、道端で転んでね。転んだのは石畳いしだたみじゃないの。田舎の石ころだらけの下っている坂道で、小走りで下っている時に、石につまずいて転んじゃって。石でほっぺた、ザックリ切ったのよ。

 痛いわ、血が大量に出るわ、手も膝小僧も痛いわで、通りがかったご近所さんに荷馬車でお医者さんの所に連れて行ってもらって、この通り治ったの。

 田舎じゃあ、お医者さんって言ったら、まず間違いなくカートン家のお医者さんよ。カートン家くらいしかど田舎に来てくれないし、いてくれないから。

 だから、わたしもお医者さんになろうと思ってね。腕をみがいたら田舎に帰るつもりなの。」

 リリナが気にしないように、女医さんは自分の左頬の薄っすら残る傷跡を、指で示しながら話してくれた。

「…故郷に帰られたら、にしきかざることになりますね。」

「そうねえ、間違いなく、村出身の初めての医者だからねえ。」

 話しながら、リリナが演奏会に戻る時間を見計らっていた。

「あ、曲が終わるわよ。新しいのにすぐに取り換えてあるから、今度は切れないはず。そもそも、切れること事態がおかしいのよ。」

 女医さんはそう言いながらリリナを手招き、上手に演奏会に戻してくれた。

 次の日、昨日の女医さんに傷を見てもらった。大丈夫と太鼓判を押してくれたが、「女の子だし、心配だったら一週間くらい診てあげるよ。」と言ってくれた。

 この女医さんが気持ちのいい人だったので、リリナは案外、怪我をしたのも良かったかもしれないと思ったりしもした。

 それよりも、シャラーナの方が申し訳ながり、こっちが恐縮きょうしゅくするくらい何度も謝った。リリナの家に行って謝ると言い張るので、思いとどまって貰った。大体、家に母のファナが帰ってくるのは遅い時間なので、それまで待たせるわけにもいかない。

 理由を説明して、ようやく納得してくれた。もちろん、怪我の理由はライナにもファナにも説明してある。シャラーナの事も話し、ファナもそれで良かったと言った。

「でも、お母さま、シャラーナは納得していないみたいなの。どうしたら、いいのかしら。」

「じゃあ、今度、わたくしがお休みの日に来て貰ったらどうかしら。カートン家はお医者様の家門だもの。きっと、お家の方から、事故でも人を怪我させてしまったのだから、謝って来るように言われているのでしょう。」

 昨夜、ファナに言われた事をシャラーナに伝えると、物すごくほっとした顔をした。

「今度、お母さまがお休みの日を伝えるわ。だから、シャラーナもそれ以上、気にしないで。あの時、私達、二人とも調弦できなかったじゃない。仕方ないわ。」

「…うん。ありがとう、リリナ。」

 シャラーナが両目にうっすら涙をめてお礼を言うので、リリナは思わず母が自分にしてくれるように彼女の頭を優しくでた。

「大丈夫よ、大げさね。それより、お茶会が楽しみだわ。庭園のお席なのでしょう。庭園の絵を描きたいの。描いてもいい?」

「…ええ。分かったわ、思いっきり描いて。」

 お茶会の時間は楽しく過ぎた。療養りょうようしている患者も、動ける元気な人は中庭に出ており、めいめい好きなお茶やお茶菓子を選び、それぞれ好きなテーブルの席やベンチに座ってお茶を飲んでいた。

 リリナ達、エソワ学校の合奏組は少し離れた所に席を設けてあり、そこであまり人の視線を気にせずにのんびりとおしゃべりを堪能たんのうできた。

 ラーナ達四人がおしゃべりに夢中になってくつろいでいるので、リリナはシャラーナに中庭の絵を描かせて貰うことにした。

「…どこへ行らっしゃるの?」

 メルの問いにリリナはにっこりした。

「シャラーナに絵を描かせて頂くの。中庭に素敵な所があるのですって。ぜひ、絵を描きたくって。わたくしは絵を描いている間は動かないし、一人でも平気だから、シャラーナは皆さんの所に戻って頂くから、心配しなくていいわ。」

「ほんと、リリナさんったら、絵がお好きね。うらやましいわ。絵も音楽もお上手なのだもの。」

 メルが言うとラーナとパメラも同意した。

「リリナさんは本気で絵を勉強なさるおつもりなの?」

「まあ、ラーナさんったら、そんな意地悪な質問をなさったらリリナさんが可愛そう。クユゼル家の跡取り娘なのですわ。できる間に楽しまれようとなさっているのよ。」

 メルがおっとりした口調でラーナをたしなめた。リリナはにっこりする。

「まだ、先の事は分からないわ。とにかく、皆さんはここでお茶を楽しんでいらっしゃって。わたくし、行って参りますから。」

 リリナは三人に笑顔で手を振ると、シャラーナの案内で絵を描くのに絶好だという場所まで案内して貰った。

「全く、あの人達ったら、嫌みっぽいんだから。」

 しばらくしてから、シャラーナがぼやいた。

「シャラーナ、どうしたの?」

 リリナの声にシャラーナがおどろいたように振り返った。

「リリナ、気がついていないの?あの三人はいつも嫌みばかりよ。今の話もあなたに当てつけて話をしていたのよ。」

 全く気がついていないリリナは、首をかしげた。

「そんなこと、気にしていないわ。」

 少しだけ沈黙したシャラーナだが、軽いため息をついた。

「そう。あなたが気にならないなら、いいわ。ただ、あの人達、裏で陰口をたくさん言うような人達よ。小耳にはさんでびっくりしないようにした方がいいわ。」

 シャラーナの忠告に一応は頷いたリリナだが、納得できない。みんないい友達だ。シャラーナがそんな事を思っていたなんて信じられず、心が少しざらざらするような感じがして後味が悪い。

「リリナ、こっちよ。この辺はどうかしら。このベンチに座ったら、ちょうどお日様が小池に反射してキラキラして綺麗きれいでしょう。じっとしていれば小鳥も来るし、ガマなんかも生えていて、風流な風景だと思うの。」

 リリナはシャラーナの言うベンチに座ってみて、今まで感じていた後味の悪さが全て消え去ってしまった。

「!まあ、とても、綺麗だわ。シャラーナ、あなたはどうして、絵を描きたい人の気持ちが分かるの?こういう所の絵を描きたいもの。」

 シャラーナは少し、照れたように笑った。

「従兄弟に絵の天才がいるの。それにカートン家ではいくらでも、絵の才能がある人を求めているしね。」

 何気なく言われた言葉に、リリナはおどろいてシャラーナを見つめた。

「どういう事?なぜ、カートン家で絵を描く人が必要なの?」

「薬草図鑑を制作するのに必要だからよ。それだけではなく、病状の変化や新薬の薬の色合いなんかを記録するのにも、絵は必要だから。ただ、記録のための絵だから、本物そっくりに絵を描ける人でないとだめね。」

 明快な説明にリリナはすんなり納得した。

「そしたら、わたくしはだめだわ。本物そっくりに描くのは苦手だもの。」

「…そうね。でも、絵の善し悪しは本物そっくりかどうかだけではないでしょう?」

「ええ、そうだわ。」

 あまり、奥に行ったらだめだと注意してから、シャラーナはごゆっくり、と言って戻っていった。

 しばらく、リリナは時間を忘れてスケッチに没頭した。気に入るスケッチを二枚描けた所で、人の声がしてリリナは振り返った。

 少し開けた向こう側の小道を数人の男女が歩いてくる。よく見れば、少年少女の四人組だ。その上、二人は国王軍の制服を着ており、一人は黒髪の活発そうな女の子、もう一人、少し足を引きずった療養りょうよう中の患者用の外套がいとうをしっかり着こんだ少女がいた。

 リリナはその四人組に目が釘付けになった。国王軍の訓練兵を間近で見るのは初めてな上、二人がとても調った顔立ちをしているからだ。

 美しい赤い髪の国王軍の訓練兵の少年は、彼がいるだけでその場がはなやいだ雰囲気になる。サリカン人で、あまりくせのないさらさらした長い髪の毛を馬のしっぽのように後ろで一つに結んでいる。髪の毛が太陽の光に当たり、きらきらと後光が差しているかのようだ。思わず見入ってしまい、自分のほおが紅潮している事に気がついて、恥ずかしくなった。

 さらに療養中の少女の顔の向きも変わり、その子もとても可愛らしい顔立ちをしている事が分かった。栗色の髪に何より若葉を少し濃くしたような、美しい緑の翡翠ひすい色の目が印象的だ。

 赤と緑は反対色だ。お互いがいるだけで、引き立つ存在…。

 もう一人の国王軍の少年は、りんとした雰囲気で凜々りりしい目つきをしており、黒髪の女の子は生き生きとしていて、生命力にあふれている。美しい二人といても負けていない。

 リリナは急いで、手探りで画帳のページをめくった。手が勝手に四人を描き始める。

 四人からはリリナの場所は、死角になっているらしく、気がついていない様子だ。

「どうする、ベンチに座る?それとも、敷物しきものを借りてきているから、いて地面に座る?」

 少女がたずねると、日が透けるような朱色がかった赤い髪の国王軍の訓練兵の少年が、療養中の少女に尋ねた。

「どっちがいい?楽な方でいいよ。」

「せっかくだから、地面に座ろう。敷物も座布団もたくさん借りてきたんだし、それに、足を伸ばして座りたいんだ。」

 声からして少女だと思っていたのが、少年だと分かった。リリナは驚愕きょうがくのあまり、一時、手を止めて少女だと思っていた少年を見つめた。療養中だというのもあるが、少年の顔色は白く血色はあまりよくない。だが、肌は透明感があってきめ細かく、ぷくっとした唇もほんのり赤くて可愛らしさを増している。何よりその透明感を持ったはかげな雰囲気が、リリナに美少女だと信じさせていたのだ。

(こんな美少年が、この世に二人も同時に存在するなんて。)

 リリナはため息をつきそうになりながら、必死になって手を動かす。絵を描く者にとって、こんな幸運は滅多にない。こんなに美しい少年達がこの世に一体、何人いるというのか。

 しかも、リリナにとって都合のいいことに彼らはここに座って、お茶会をするようだ。

 療養中の少年が、敷物が敷かれ座布団も少女に置いて貰って座ろうとした。

「待って。」

「待った。」

 国王軍の訓練兵の少年二人から、制止の声がかかる。

「どうしたの?」

「エイグ、そっちじゃなく、こっちに座った方がいい。微妙にここは斜面になってる。下から上に向かって座るより、上から下に向かって座った方が、座りやすいだろ。」

 赤い髪の少年が説明した。

「…ああ、なるほど。でも、細かいわねえ。」

 少女は言いながら、座布団を動かした。

「ホルも止めたという事は、国王軍でそういう訓練を受けているんだよ、きっと。」

 エイグと呼ばれた翡翠ひすい色の目の少年が言うと、国王軍の少年二人がうなずいた。

「正解。雨が降って水がまるような場所には野営できないからな。水の流れを考えて野営地を選ぶように教えられてる。」

 ホルと呼ばれた凛々しい目の少年が答える。

「はい、毛布をかけて。」

 少女が赤い髪の少年に毛布を手渡し、エイグに肩から毛布をかけてあげた。国王軍の少年二人がエイグが座るのを手伝い、少女はそれを見ながら、かごから木の水筒や湯飲みなんかを出している。

 少女はエイグの膝の上に手巾を広げてあげると、水筒からお茶を注いで、手渡した。

「何を食べる?」

 言いながら、色々出て来た。タピカと呼ばれる薄焼きパンに色々具をたっぷりはさんだパンや、シャムシャと呼ばれる木の実やベリー類が入った蒸しパン、笹餅やよもぎ餅、ポルリという植物の葉っぱを、薔薇ばらの香りをつけて練った米粉に巻いて蒸した蒸し餅で、その名もポルリというお菓子や焼き菓子などだ。だが、最後におにぎりまで出て来て、もう、お茶菓子というよりは軽食と言った方がいい。

 お昼より少し遅い時間なので、昼ご飯と兼ねたのかもしれない。ところが、リリナの予想は見事に裏切られた。

「さっき、お昼ご飯を食べたばかりだから、こんなに入らないわよ。」

 少女が言った。

「誰がこんなに籠に入れたの?好きなだけいいよって言われても、遠慮えんりょした方が良かったんじゃないかしら。」

 少女は国王軍の少年二人を見やりながら、もう、という感じでたしなめた。

「…遠慮したよ。なあ、ホル。」

「…うん。本当はもっとタピカを入れたいと思ったけど、遠慮して一人一つの四つだ。他もみんなそうだ。人数分以上には入れないようにした。」

 国王軍の少年二人は、湯のみに注いだ茶を飲みながらうなずき合った。

「エイグ、おにぎり食べる?」

「…ううん、いらない。」

「わたしもいらない。余っちゃうじゃない。」

「じゃ、俺達でもらう。」

「いらないのは言ってよ。俺達が食べるから。」

 少女とエイグは呆れたように顔を見合わせた。

「そんなに食べて大丈夫?」

 エイグが不思議そうに尋ねる。リリナは彼らの会話を聞きながら、エイグの質問に同調した。このエイグ少年は線が細くて、どこか色っぽさがあるわ、と思いながらリリナは指で木炭をぼかした。

「大丈夫だよ。それにこの後、体がなまってるから、剣の練習をホルとするんだ。師匠の所には、休みが終わる三日前に行くことになったし、間違いなくこのまま軍に戻ったら、訓練について行けないし、何より師匠に叱られる。」

 赤い髪の少年はモグモグとタピカを食べながら、言った。

「食べた後に激しい運動をして、大丈夫なの?お腹が痛くなるんじゃない?」

 少女の質問にホルと呼ばれていた少年が答えた。

「大丈夫さ。今、食べてしゃべっているうちにじきに一時間くらいは経つだろ。その後、ぼちぼち戻って道場に行って、準備してってやってたら、十分だ。」

「うん、大丈夫だよ、心配いらないよ、レイリア。」

 赤い髪の少年は頷いた。もう、その手には、タピカはとうに消えておにぎりが握られている。そのおにぎりも消え去ろうとしていた。その少年の容姿は、赤面してしまうほど美しいがあまりにたくさん食べているので、少し現実に目が覚めた。だが、それを差し引いても彼の容姿は整って美しい。反対にどれだけパクパク食べていても、可愛らしく美しい。

 エイグの方はポルリを食べ、お茶を飲んでいる。少し上向いた時の首筋の細さや、軽く目を閉じた睫毛まつげ下瞼したまぶたに落とすかすかな影など、デルリームという有名な画家が描いた絵の少年のように、つやっぽくて儚げだ。

 この二人はとにかく見た目の美しさをそのまま再現できるように、今の白黒の世界でできる限り、思い出せるように丁寧に描きこんだ。

 もう一人の国王軍の少年ホルは、りんとした雰囲気を大切にし、目元の凛々りりしさをきちんと描きこんだ。サリカン人なのだろう。艶やかで量の多い長い黒髪を馬のしっぽのように、後ろできっちり結んでいる。

 レイリアと呼ばれていた唯一の少女、レイリアはとにかく、生き生きしている。少し波打った黒い髪を横に流れる部分を後ろに一つにまとめ、残りは後ろに流している。髪結い用の少女らしい紅色と薄桃色の組みひもで結び、お花型のピンで止めている。

 二人の特徴を最大限に生かして、丁寧に描いた。

「…ところで、ランバダ。」

 声からしてホルが赤い髪の少年に話しかけたらしい。初めて赤髪の少年の名前が判明した。

「お前、気づいてるか?誰かいるのを。」

「…うん。あっちの方からね。視線を感じるよ。」

(誰かって…わたくしの他に誰かいるのかしら…?)

 リリナは呑気のんきに、手は忙しく動かしながら考えた。カチャカチャと音がして、そう言えば二人とも、帯剣しているわ、剣もちゃんと描いておかなきゃ、ときちんと描きこんだ。

 リリナはふと顔を上げ、国王軍の少年二人の姿がない事に気がついた。

(あら?二人ともいないわ。誰かを確かめに行ったのかしら。)

 リリナは一応、完成のめどがたったスケッチを眺めた。後でこれを元に綺麗きれいに描きあげたい。今まで人をこんなに描きたいと思った事がなかった。だが、今は早く色をつけて仕上げたい衝動しょうどうに駆られていた。

(うーん、この辺はもう少しぼかしたいわねえ。)

「…パンでもあれば、ぼかせるのに。」

 思わずリリナがつぶやいた時だった。

「蒸しパンならありますよ。」

 突然、頭の上から声がして、リリナはぎょっとして顔を上げた。国王軍の少年二人が立っている。目の前に。

「!ああっ…!」

 リリナはおどろきのあまり、画帳を放り投げて後ろにのけぞった。

「どうしたの、今の何?」

 リリナの悲鳴にすかさず、レイリアが尋ねてくる。

「大丈夫、もう一人お客さんがいただけだよ。絵を描いてたんだ。」

 蒸しパンならあると言った、ランバダが少し離れたレイリアに答えた。その間にリリナが落とした画帳をホルが拾う。

「驚かせてすみません。落としましたよ。」

 と言いながらリリナに返そうとし、描いていた絵が自分達だと気がついた。リリナは勝手に描いていたので、とがめられると思い、あわてた。

「あ、あの、そ、それはですね…。」

 なんて言おうかと慌てれば慌てるほど、上手く言葉が出てこない。

「見ろよ、ランバダ。」

「そんな、人の物を勝手に見たり……。」

 二人は少しだけ沈黙した後、同時に感想を述べた。

「上手いな。」

「上手だね。」

「あ、あの、すみません、その。」

 リリナは急いで謝罪しようと立ち上がった。

「一緒にお菓子食べませんか?向こうに蒸しパンならありますよ。」

 ランバダがにっこりして言うので、リリナは赤面した。

「ご、ごめんなさい、勝手に……。」

「蒸しパンよりタピカのパンくずの方がいいんじゃないか。蒸しパンだと水分が多くてめっちょりしているだろ。」

 ホルも言い、二人が咎めるつもりがないらしいと気がついた。

「どうしたの?」

 遅いのでレイリアがここまでやってきて尋ねた。

「この人が俺達の絵を描いていたんだ。それがとても上手なんだよ。」

 まだホルの手にあった画帳がレイリアにも見せられた。

「へえ。とっても上手じゃない…!よく描けてる。」

 レイリアが感嘆かんたんした。

「絵を完成させるのに、パンが必要らしい。」

 ホルの説明にレイリアは破顔した。

「なんだ、一緒に来たらいいじゃない。」

 レイリアは言うなり、リリナの手首をつかんで歩き出した。

「え、え?あの…。」

「いいから、こっちに来て。」

 リリナは戸惑ったまま、お茶会の席に連れて行かれた。レイリアはエイグの隣に座布団を敷き、ランバダはあっちね、と指示している。

「あ、あの、わたくし、皆さんのお邪魔をするわけには……。」

 立ったまま困惑しているリリナに、

「どうぞ、ご遠慮なくおかけください。座ったままで申し訳ありません。」

 と、エイグがリリナを見上げてにっこりした。とても繊細せんさいなガラス細工のような笑顔に、リリナは慌てて赤面した。

「そ、その、皆さん、ごめんなさい…!勝手に絵を描いたりして、申し訳ありません。も、もし、皆さんが嫌でしたら、この絵を捨てます。はっきり、皆さんだと分かってしまいますもの。」

 リリナはようやく、謝罪できた。

 四人は顔を見合わせた。

「ほら、エイグ見て。とても、上手だろ。」

 ランバダの手に渡っていた画帳は、エイグの手に渡った。

「…本当だ。とても上手だね。」

 エイグは感想を述べてから、リリナに画帳を差し出した。

「どうぞ。勝手に見てしまって申し訳ありません。」

 リリナは受け取りながら、困惑の声をあげた。

「あ、あの、皆さんはわたくしが勝手に絵を描いていましたのに、それでお怒りにならないのですか?」

「…別にいいよな?」

「うん。俺も。」

「わたしも気にしない。それよりも描いてくれて嬉しいな。」

 レイリアはにこにこしている。

「エイグは…?」

 ランバダに聞かれたエイグもにっこりして頷いた。

「私も気にしないよ。それは…確かに展覧会などに出すというのなら別だけど。ただ、あなたが個人的に描いたというだけなら、私も他のみんなも気にしませんので、あなたもお気になさらなくていいですよ。」

 ランバダに答えてから、エイグはリリナに気遣って言ってくれた。

「本当ですか?ああ、ありがとうございます。皆さんが楽しそうだったので、つい、承諾も得ずに絵を描いてしまったのです。」

「それは、どういう事ですか?」

 気がつけば五人の後ろに、シャラーナが立っていた。

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