第52話 相談

 女性陣は片づけをはじめ、カユリとユーダも手伝いに回った。

 ランバダとソリヤ、イオニが残され、今まで使った事のない、どこか湿っぽい匂いがする空き部屋の居間で、しばらく三人はだまって座っていた。

「ランバダ、話があるんだろう。」

 しばらくしてから、ソリヤが切り出した。

「…父さん。……うん。」

 ちょっと言葉をにごして、ごまかそうとしたランバダだったが、やっぱりやめて素直にうなずいた。

「俺は行くか?」

 気を利かせたイオニにランバダは首を振った。

「ううん。おじさんにも聞いて欲しいんだ。どう、考えたらいいのか、分からないことがあって。」

 ランバダの言葉にイオニはもう一度、椅子に座り直した。

「…今日、エイグに会っただろ。そしたら、グースのことを言うんだ。」

「グース?マウダにさらわれた?」

 ソリヤとイオニは顔を見合わせた。ランバダはエイグの父、ガルジがグースをさらわせ、エイグはそれを知っていたが阻止できず、その事でずっと自分を責めていると話した。

「父さん達はどう思う?やっぱり、エイグが悪い?」

「…いや、それは違うだろう。」

 ソリヤの言葉にイオニも頷いた。

「実際にその話が本当だとして、証拠もないし、当の本人は亡くなっている。実際に罪を問えないし、エイグ自身は何も関係ないだろ。当時、子供だったんだし、マウダに攫われるって仮にグースに話したとしても、信じなかっただろうな。

 現に俺だって、グースがマウダに攫われたとレイリアに聞いた時、信じられなかった。それくらい、突飛でもない話だった。」

 食卓の上にともっている燭台しょくだいの火に照らされて、ランバダは目をきらきら光らせていた。ソリヤとイオニは思わず、そのひとみに見入った。

「そうだよね、おじさん。だけど、エイグは言うんだ。知っていたのに、行動を起こさなかったから、自分がこんな目に合うのは当然だって。天罰てんばつだって言い張るんだ。…だけど、俺は納得できない。でも、エイグは言い張って言う事を聞いてくれようとしない。」

 ソリヤはランバダが怒っている事に気がついた。

「…ランバダ、お前、何に怒っているんだ?」

 父親の質問にランバダは一瞬いっしゅん、目を見開いた。

「…そうか。怒っているのか、俺。でも、どうしてかは分からない。でも、エイグは悪くないのに、不当な扱いを受けて、それは当然だっていう、その事に腹が立つんだ。

 だって、正しくないよ。おかしいよ、そんなの。父親が悪かったからって、子供に八つ当たりをするなんて、十歳の子供にだよ…!しかも、母親は夫を殺したと思われる男と再婚して、一緒になっていじめるなんて、信じられないよ…!」

 世の中に蔓延はびこる不条理にランバダは腹を立てている、とソリヤとイオニは理解した。ランバダが優しく、そして、正しく成長していると二人は嬉しかったが、同時にランバダが直面する問題は、もっとたくさん増える事に少し心配になった。

「ランバダ、お前、エイグが自分の状況を受け入れている事に腹を立てているのか?とにかく、お前が納得できる、できないは別にして、エイグは仕方ないと受け入れているんだろう?」

 ソリヤの問いにランバダは不承不承ふしょうぶしょう、頷いた。

「…それは、まあ、そうだね。」

「お前の言いたい事は分かる。だがな、父さんが思う事を最後まで聞いてくれ。

 父さんが思うにな、エイグは天罰だって思わないと、心が壊れてしまったんじゃないかと思うよ。」

 少しうつむいてつま先の辺りを見ていたランバダは、はっと顔を上げてソリヤの顔を見つめた。

「だって、お前の話だと母親も、エイグを守ってくれなかったんだろう。一番、守ってくれるべき人が、言わば敵となってしまったんだ。エイグがどれほど傷ついたか、想像もつかない。信じていた人に裏切られた、しかも、たった十歳でそんな経験をしてしまった。

 大人だって立ち直れないかもしれない。だから、エイグは天罰だと思う事によって、心を守ろうとしていたんだと思うよ。」

 怒っていたランバダの両目に涙が浮かんだ。

「…そうだなあ、ランバダ。おじさんもお前の父さんと同じ意見だよ。次々と親しい人が亡くなり、母親も味方にならず、その上、今まで坊ちゃん、坊ちゃんと言っていた連中がみんな、てのひらを返して使用人以下の扱いで、さげすんでいじめるんだ。生活も全てが変わって、泣いているひまはなかったかもしれないな。」

 ランバダは手の甲で涙をぬぐった。

「…もう一つ、あるんだ。どうしたら、いいのか分からなくて。」

 ランバダがエイグが受けていた性的虐待の話をすると、ソリヤとイオニの顔色が変わり、強張った。

「…ランバダ。真面目に答えるんだぞ。」

 ソリヤは自分の声がひどく、こわい調子になっていると分かったが、息子に聞かなくてはならなかった。

「お前、手を出されたりしてないな?」

 ランバダは一瞬、怖気おじけづいたような表情を見せたが、きっぱり答えた。

「俺はない。…ただ、妙にじろじろ見られたり、変な視線を投げられる事はあるけど、気づかないふりをしてる。たぶん、俺が師匠の…イゴン将軍の弟子だから、遠慮してるんだと思う。それに、武術訓練の試合で引き分けはあっても、一度も負けたことないし。剣術も体術も。」

 それを聞いて二人は安心した。

「俺、実際にそんな事があるなんて、思わなくてびっくりした。その後で、エイグにひどい事をしてしまったと思って、すごく後悔した。殴ったりした所を現行犯で逮捕しよう、なんて俺、たぶん、調子に乗ってたんだと思う。だから、そんなことを言い張って。もっとよく考えて行動すれば良かった。」

「お前がそれだけ、反省しているのなら、もうそれ以上、言う事はないよ。すでにイゴン将軍にもおしかりを受けてきたんだろう。」

 ソリヤの指摘にランバダは頷いた。

「…うん。どう考えたらいいのか分からないし、エイグにもどんな顔をして会ったらいいのか分からない。」

「普通でいいんじゃないか?」

 イオニの言葉にソリヤも頷いた。

むずかしい問題だから、お前が妙にれものに触るかのような態度をとると、かえってエイグを傷つけるかもしれない。だから、普通に一人の友達として会えばいいんじゃないか。」

「…普通に。できるかな、どうしても思い出しちゃうんだ、その場面を。」

「お前でさえそうなら、エイグはなおさらだ。できるかどうかじゃなくて、やらなきゃいけないんだ。国王軍にいる限り、そういう事はこれから、いくらでも出て来る。その覚悟がなかったら、その制服を着る資格はお前にはないぞ。」

 ソリヤのいつもより、きびしい口調にランバダはおどろいて父親を見ていたが、一息ついて、ランバダは頷いた。

「そうだね、父さん。その通りだよ。」

 ランバダがぐすぐすと、涙を手の平で拭って鼻水をすすった。

「でもな、ランバダ。お前のしたことは正しい。間違ってない。ためらいなく人を助ける事ができたお前を、父さんは誇りに思う。」

 泣き虫な息子をソリヤは、力いっぱいめた。

「そうだぞ、ランバダ。そもそも、エイグはお前をいじめていただろう。いじめっ子だった奴を、真っすぐ助けたお前は立派だ。」

「…そうかな?」

 ランバダが照れ臭そうに、涙目で聞き返す。

「普通はな、ざまあみろ、とか思うもんだ。お前はそう思わなかったのか?」

 イオニの問いにランバダは首を振った。

「驚きすぎて、ざまあみろ、なんて思う所じゃなかった。それが少し貧しくなって苦労してたくらいだったら、そう思ったかもしれないけど。少しどころじゃなかったから。」

 二人ともエイグの事は、見かける程度でよく知らない子供だったが、見るからに良家の子供だった。話に聞くだけで、どれほど生活ぶりが変わってしまったかが分かり、驚くばかりだったが、大人より知っていて付き合いがあったランバダがいかに驚いたかは、想像にかたくない。

「…そうか。それにしても、今日はお前、疲れただろう。」

「そうだな。俺達もそろそろおいとまして、ランバダを休ませないとな。」

「おじさん、ちょっと待って。」

 立ち上がりかけたイオニをランバダが引き留めた。

「実は、レイリアにお願いがあるんだ。」

「レイリアに?」

「うん。でも、その前におじさんに話そうと思って。」

 イオニが頷いたので、ランバダは話し始めた。

「俺、休みの間はできるだけ、エイグの所に行こうと思う。だけど、俺はじきに国王軍に戻らなくてはならなくなって、しょっちゅう会いに行けなくなる。

 だから、レイリアと行ける間は一緒に行って、その後もレイリアに様子を見に行ってもらいたいんだ。エイグは昔の事を知っている他の人にあまり、会いたくないって言うし、だからと言って放ってもおけない。カートン家に行ったんだから、はい、もうおしまいっていう事にはいかないと思う。

 信用できて俺の代わりに行って貰える人っていったら、レイリアしかいないんだ。エイグもレイリアだったら知っているし。」

 ランバダの話を聞いて、イオニは承諾しょうだくした。

「そういう事だったら、レイリアに行くかどうか聞いてみればいい。人助けなんだ、引き留める理由はないよ。行く場所はカートン家なんだろう。」

 ランバダはいきおいよく頷いた。

「うん。ありがとう、おじさん。じゃあ、レイリアに聞いてくる。」

 ランバダは嬉しそうにレイリアに話をしに行った。向こうの方の台所から、レイリア達の声が聞こえてくる。「お見舞いに行くんだったら、お菓子でも作って持って行ったら。」とルダが提案し、「そしたら、多めに作って友達のホルにも渡したい。」とランバダが言っている。「誰が作るの?」「…母さん。」「私も手伝うよ、お兄ちゃん。」

 そんな会話が妙にしみじみと聞こえてくる。

「…なんか、急に大人になっていくんだな。」

 ぽつりとソリヤが言った。

「そうだな。国王軍に入ったから、余計に話の内容が急に変わってしまったな。」

 イオニも同調した。ランバダが戻ってきた。

「レイリアもいいって。明日、一緒にカートン家にお見舞いに行ってくるよ。」

「うん。そうか。分かった。父さんはもう明日は休みじゃないから、今、言っておくが、気を付けて行くんだぞ。」

「うん。」

「ところで、ランバダ。お前、国王軍でちゃんと友達、できたのか?おじさん、気になってなあ。」

 イオニが冗談めかしてたずねると、ランバダは笑った。

「いるよ。今日はみんなに助けて貰った。特にリキとホルに。」

「ほう、どんなやつだ?」

「リキは、リキ・イナーンって言うんだ。」

 姓を聞いて二人は顔を見合わせた。

「イナーンってまさか…!」

「そのまさか。イナーン家の実の息子だって。でも、本人は父親とは住んでないって、言ってる。お母さんに引き取られて、お母さんの実家で暮らしているんだって。」

「いいやつか?」

「うん。…俺に男っぽくしろって、会って間もなくから言われてる。どうやったら、強い男に見えるか普段から練習しろって言うんだ。今日まではリキはちょっと大げさだなあって思ってたけど、今日の事で大げさじゃなく、本気で心配してくれてたんだって分かった。」

 ソリヤもイオニも、ランバダがむさくるしい男だけの世界にそぐわない美少年であるうえ、おっとりした性格だと知っているので、会ってすぐから強い男に見える訓練を始めたリキの危機感は、物凄ものすごかっただろうと思った。

「同じ部屋の先輩に、変な奴がいないだろうな。」

 思わずつぶやいたイオニの言葉にランバダはにこにこした。

「大丈夫だよ。同じ部屋にはリタ族の先輩がいるんだ。」

「リタ族の?そりゃあ、こわそうだなあ。」

 今度はソリヤが思わず呟いた。リタ族は戦闘部族として有名なうえ、ち取った敵将をバラバラにすることで有名だった。

「その先輩が怖いから、誰も部屋で余計な事はしないよ。寮長はイグーさんだし。やっぱりエルアヴオ流の天才剣士、誰もかなわないからたてつくような事はしないし。」

 ランバダの話を聞き、イゴン将軍がランバダのためにいかに気を使って部屋割りをしたのか、ソリヤとイオニは理解して感謝した。

「ランバダ、イゴン将軍が大変、気を使って下さったんだぞ。その部屋の人員の振り方は。」

 ソリヤが言うと、ランバダは頷いた。

「大丈夫。分かってるよ。でも、下手にお礼は言えないんだ。コネだとか余計な勘繰かんぐりをされると困るから。」

 ソリヤは自分が気がつかなかった点にもランバダがちゃんと分かっていたことに、嬉しくなった。ランバダは自分と血がつながっているわけではないが、きずなはちゃんと繋がっている。親子としてやれていることが、今日は家族について、考えさせられる話を聞いたせいか、余計に嬉しかったソリヤだった。

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