第7章 強い人は多くない

第51話 お祝いの日の事件

 ランバダが帰って来るというので、レイリアは数日前から楽しみしていた。午前中には帰って来る予定で、お昼ご飯をスルー家とハズン家が合同で食べるように準備をしていた。

 スルー家が住んでいる家は、ローロールが大家おおやなので、話をしてとなりの空き部屋を使っていい事になった。普段は使わない、火事の時に逃げるために使用する、隣の部屋との間にある分厚ぶあつ頑丈がんじょうな扉を開放し、スルー家から料理を運ぶ手はずにしていた。

 食卓と椅子は最初から備えられているので、きれいに掃除をし、足りない食卓と椅子はハズン家とスルー家から運んで来て、準備は万端だった。

 女性陣も張り切って、料理を準備した。病気がちなレイリアの母のシャルアンも、今回ばかりは一緒に何かしら手伝っている。

 それだけ、国王軍に入隊する事は名誉な事だ。しかも、入隊が決まった時にお祝いせず、最初の休みを貰って帰宅した日に、盛大に祝うのが習わしだ。

 というのも、入隊したはいいが、訓練がきびしくて最初の休みをもらう前に、やめてしまう事も多くある。だから、最初の休みの日に祝う風習が、いつの間にかできていた。

ちなみに、やめる人数も多いため、国王軍の入隊試験は年に四回、春夏秋冬のそれぞれの時期に、一度ずつあった。

 料理はほとんど出来上がっていて、ランバダが帰ってきたら、すぐにお祝いを始められるように用意した。

 だが、ランバダは帰って来なかった。

「お兄ちゃん、遅いね。」

 ランバダの一番下の弟のユーダが、最初に口にした。

「何かあったのかしら。」

「大丈夫さ、きっと、馬車が遅れているだけだ。」

 最初は誰も気にしていなかった。

 それから、一時間ばかり経ち、お昼の時間になった。

「…あの子、間が悪いからね。何かに巻き込まれたんじゃあなかろうかね。国王軍に行って確かめた方がいいんじゃないかね。」

 ルダが言った。ルダのかんするどい事はみんな知っていたが、

「しかし、国王軍に行くのもな。」

 仕事を休んだソリヤとイオニはお互いに、行ってみる勇気がなかった。

 昼食の時間はとっくに過ぎ去ってしまい、結局、みんなお腹が空いてしまったので、仕方なくランバダ抜きでお昼ご飯を食べた。

 隣近所の人がボチボチ集まってきて、ランバダにお祝いを言いに来たのに、当の本人がいないのでみんな仕方なく帰って行った。

「…おばあちゃんの言う通り、お兄ちゃんって間が悪いんだね。」

 リーヤが言った。

「だって、せっかくみんなから、お祝いにお小遣いをもらえるのに、いないから貰えないじゃない。」

 三時も過ぎて、これはただごとじゃないと、ようやく、ソリヤとイオニは国王軍に確認しに行った。行って帰って来るだけで、二時間はかかったが、それでも、ランバダは帰って来なかった。

 しかも、国王軍ではランバダは帰宅した事になっている。

「まさか、さらわれたとか。」

 そわそわしながら、国王軍から帰って来たイオニが言った。

「お父さん、まさか、ランバダがいくら美少年でも、国王軍の制服を着ているのに、そんな大胆な事をする人がいる?しかも、ランバダは武術試験を首席で通ったんでしょ。」

 レイリアが皿を持ったまま、落ち着かせるように言った。女性陣はお昼のご馳走ちそうを、夜ご飯のご馳走に作り直していた。

「それも、そうだな。」

 イオニはとりあえず、納得した。

「まさか、事故にあったのか?」

 ソリヤが言い出した時だった。

「もう、やめて…!」

 とうとうセリナが声を上げた。ランバダの事になると、少々、過敏かびんな反応を示すセリナが、今日は非常に落ち着いていたのだが、それも限界らしかった。

「大丈夫よ、きっと。あまり、不吉な事を言っていると、本当になってしまうわよ…!」

 セリナが言い、しばらくして、夕方の六時を知らせるかねが鳴った。さらにもうしばらくしてから、馬車が走ってくる音がした。

「あれ、馬車だ。もしかして、お兄ちゃんじゃない?」

 カユリが気がついた。

「でも、こっちへ来るとは限らないじゃないか。でも、何かあって、イゴン将軍に送ってもらったという事もあるか。」

 今までさんざん心配していたくせに、イオニはそんな事を言っている。帰ってきたら、らしめないと、とかつぶやいていて、レイリアはしょうがないなあ、と思う。実際の所、レイリアも後でしばいてやるんだから、とか思っていた。

 馬車はスルー家の前で止まった。しかも、外に出てみて、一同はおどろいた。国王軍の馬車だった。

 最初に出てきたのはランバダではなく、知らない若者だった。次にランバダが降りて来た。若者は御者に向きを変えて、少し先で待っているように伝えると、ランバダと一緒に歩いてきた。

「こんばんは。私はランバダ君の上官である、カルム・イグーと申します。」

 すぐそこのローロールの末息子で、天才剣士と有名な名前を聞いて、さらに一同は驚いた。セリナもイグーの顔を知らなかった。出会う事がなかったからである。

「今日、彼の帰宅が遅くなった理由について、ご説明しに参りました。大変、申し訳ないのですが、ご家族以外の方と未成年者の方には、席を外して頂きたいと思います。」

 スルー家の人もハズン家の人も、ランバダの方を見た。ランバダは神妙しんみょうむずかしい顔をして、うつむき加減に荷物を持ち、イグーの話を聞いている。

 これは、何かあった、重大な事が。家族は当然ながら、ハズン家の人々も家族同然なのですぐに察した。

「じゃあ、ソリヤ、リーヤ以下を家に連れて行くよ。」

 イオニは言い、ああ、頼む、と言うソリヤの言葉を後にして、レイリアはいったん、ハズン家に戻ったのだった。

「一体、なんなの、あれ、感じ悪い。」

 レイリアは家に入るなり、文句を言った。

「花通りなんだからさ、もう少し、知り合い同士なんだし、愛想あいそよくしたっていいんじゃないのよ。」

「いや、そういう訳にもいかんだろう。」

 文句を垂れているレイリアにイオニが言った。

「国王軍のランバダの上司として、来たのならば、知り合いという感情は抜きにして、公の立場で対応しなければならんだろうよ。」

「そうよ、レイリア。私達はどれだけ、親しくても他人なのよ。それに、未成年者に聞かせられない話という事は、何か重大な事件を目撃したとか、なんかだと思うわ。」

 両親の言う事は正しいと分かっていても、不満はくすぶったままだ。

「でも、いきなりなんなのよ。」

「手短に話をしたいという事でしょう。イゴン将軍が来るまでもないけれど、上司が来て話をしなければならない。そういう事ならば、ランバダは国王軍の兵士として、何かしたのだと思うわ。」

 母のシャルアンの指摘してきにレイリアは、はっとさせられた。

「レイリア、ランバダが国王軍の制服を着ている以上、家族よりも責務を優先させなければならないの。家族でさえも二の次なのよ。私達、ご近所さんは三の次よ。そこは、ちゃんと覚悟しておかないと。」

 レイリアはふくれた。だが、それ以上は言わなかった。リーヤにカユリとユーダもいるのだ。彼らの方が不満だろう。家族なのに話を聞かせてもらえないのだから。

「……そうね。」

 心の中では、だから、国王軍に入らないでって言ったのに…!と思っていた。

 二十分くらい経ってから、ようやく、イグーは帰って行った。待ってましたとばかり、リーヤ、カユリ、ユーダの三人とハズン家の人々は、大急ぎでスルー家に合流した。

「おい、一体、今のはどういう事だ?」

 入って行くなり、イオニが尋ねる。スルー家の人々の間には、微妙びみょうな空気が流れている。

「…ランバダ。お前はいい事をしたんだ。もっと堂々と胸を張っていいと思うぞ。」

 イオニの質問には答えず、ソリヤは息子の肩に手を置いて言った。

「……でも、もっと方法が他にあったかもしれない。」

「それは、結果としてだ。いつだって、ああすれば良かった、こうすれば良かった、こういう正解がない問題には、必ずついて回るものだ。」

「正解がない?」

 ランバダはソリヤの言葉に聞き返した。

「そうだ。はっきりと、明確な答えはないだろう?命を助ける、それは確かに明確に見えるかもしれない。だけど、それだって、命はいつ尽きるか分からないんだから、はっきりと正しいと言い切れる問題は、ないんじゃないかという事だよ。」

 いきなりのむずかしい話の展開に、ついていくのがやっとだが、ランバダが何か正しい事をしたのだ、という事だけは分かった。

「…とりあえず、悪い事ではなさそうだな。」

 イオニが言うと、ようやくソリヤは困ったように苦笑いした。

「外に追い出して悪かったな、悪い事ではないよ。人を助けんだから。」

「なんだ、俺はてっきり、事件か何かに巻き込まれて、大事になったんだと心配したよ。」

 イオニの発言にまた、スルー家の人々の間に微妙な空気が流れた。

「…とりあえず、ご飯にしたらどうかしら?ランバダもお腹が空いているでしょう?」

「そうだわ。せっかくのご馳走だもの。また、温め直さないといけないわね。」

 シャルアンが急いで提案し、セリナも慌てて取りつくろうように言った。

「俺も同感。一食抜いたからペコペコで。」

 ランバダも母達の意見に賛成した。

「そうね。急いで着替えてきなさい。」

「何を言ってるんだ、せっかくの入隊したお祝いなのに、制服を脱いだらだめだろう。」

 とりあえず、その場は何とか食事の流れになり、しばらくは他愛ない話で盛り上がり、楽しい会話が続いた。

 食事もほとんど終わってから、また、微妙な空気が流れる。ハズン家の人々は聞きたくても聞けないし、スルー家の人々は言いたくても言えない。

「…ランバダ。お母さんね、思うんだけど、話してしまいなさい。」

 セリナの発言にランバダがびっくりした顔をして、母の顔を凝視ぎょうしした。

「口止めされたのは、分かってるわ。だから、ランバダ、あんたが話してもいいと思う所まで、判断して話しなさい。」

「…でも。」

「どっちみち、近い将来、明るみに出る話よ。それにレイリアだって関係ないわけじゃないし、花通りだと余計にそうでしょ。」

 話が見えてこなかったが、みんなランバダの判断を待った。しばらく、考えてからランバダは頷いた。

「…分かった。じゃあ、話すよ。その代わり、秘密だよ。特に、リーヤ、カユリ、ユーダ、三人とも家の外に出たら知らないフリをする事。たとえ知っていても、俺が知ってるとかその話は間違っているよ、とか言わない事。」

 ランバダが妹と弟達に念を押し、帰るのが遅くなった理由を話し始めた。

「レイリア、エイグって覚えてる?」

 突然、エイグの話を持ち出されて、レイリアは面食らった。

「…エイグって、六番通りの?覚えてるって言ったら覚えてるけど、あんな嫌な奴のことがどうかしたの?」

「ああ、あの意地悪な子。なんとなくだけど、覚えてるよ。目が印象的だったから。」

 リーヤもとなりで言った。

「昔、家令のおじさんが変死した事件って覚えてる?」

「…そういえば、そんな事件があったような気がするな。」

 イオニがうなずくと、ランバダは続けた。

「じゃあ、エイグのお父さんが亡くなったのって知ってた?」

 幼くて記憶のないカユリとユーダ以外、話を聞いていなかった四人はみんなおどろいた。

「えぇ!?一体、いつ?」

 みんな、ほとんど同時に聞き返す。

「その家令のおじさんが亡くなって間もなくらしい。ほら、俺が師匠の所に弟子入りしてすぐに、レグム家がいつの間にかいなくなってたって、話題になっただろ。」

「そういえば、そうだったわね。突然、引っ越してしまって、そんなに家令がいなくなったのが痛手だったのかって疑問に思ったもの。だって、家令ならまた、やとえばいい話でしょう。それが、引っ越しなんだもの。」

 シャルアンはあまり、目立って話をしないが、彼女の記憶は大抵たいてい正確である。

「まさか、その主人まで死んだなんて、これは何か匂うだろう。おかしすぎだぞ。」

 イオニが言い、ランバダはため息をついた。

「その通りだよ、おじさん。今日、分かった事なんだけど、レグム家は遺産相続の争いのため、乗っ取られたんだ。」

 一瞬いっしゅん、何を言われたのか分からなくて、みんな顔を見合わせた。

「…どういう意味よ?」

 思わずレイリアが言うと、ランバダは暗い顔をした。

「…つまり、簡単に言うと……。」

「分かったぞ。」

 ランバダが言葉にまっていると、横からイオニが言った。

「レグム家は元々貴族だが、商社も持っている。商人でもあるわけだ。で、その金のために商社の上から二番目辺りにいる部下が、主人と家令を殺し、レグム家を乗っ取った。エイグは嫡子ちゃくしだが、子供だったからいいようにされていた。そういう筋書きだろう。」

 ランバダは感心してイオニを見つめた。

「すごいよ、おじさん。まさしくその通りなんだけど。」

「そりゃあ、伊達だてに貸本屋をやっとらんぞ。物語の筋書きといったら、大抵、こんなもんじゃあないか。」

 イオニが胸を張っている横から、シャルアンがたずねた。

「それで、そのエイグはどうなってたの?寄宿学校に追いやられてたとか?」

 ランバダは首を振った。

「それだったら、どれほど良かったか。最初、道路でぶつかった時、エイグだって分からなかった。やせ細ってて、浮浪者だって思ったよ。」

 ランバダの言葉に思わず、みんな息を呑んだ。

「エイグが倒れそうになって、支えたから顔が見えて、エイグだって分かったんだ。エイグの目は綺麗きれいな緑色をしているから、だから、分かったけれど、そうでなかったら、きっと分からなかった。

 服も下着しか着てなかった。下半身がおおわれるくらいの短い下穿きと、お腹も出ちゃうような短い上着だけ着ていて、足も裸足で体中、生傷だらけであざもあちこちにあった。」

 しばらく、みんな思考がついていかなかった。スルー家の人々も、エイグの状態については、イグーから詳しく聞いていない。ランバダの今の話が、エイグの状態についての初めての話だった。

「あの、エイグが?」

 レイリアはようやく、それだけ聞き返した。

「当然、かみもぼさぼさで伸び放題で。エイグの身長はレイリアよりも小さかった。」

「嘘でしょ?わたしよりも小さいって、どういう事よ?」

「まともに飯を貰えなかったって事だな。」

 イオニの言葉にランバダは頷いた。

「一日に一食しかなかったことも、しょっちゅうあったみたいだ。」

「なんか、読めたわ。」

 大きなため息をつきながら、シャルアンが言った。

「以前の殺されたご主人は、使用人達にも人気がなかったのね。だから、その矛先ほこさきは生き残った息子に向けられた。あの子は確か、十歳くらいだったわね、ここにいた頃。それから、何年間もいじめられていたのね。」

 ランバダは頷いて、エイグが逃げようとしてランバダと通りでぶつかった話をした。その後、おおまかにみんなの助けがあって、今はカートン家に保護されて助かったと話をめくくった。

「信じられないな、馬糞ばふんを投げたりしてたあの意地悪なお兄さんが。」

 リーヤがつぶやいた。

「意地悪をしなければ、もっと友達ができるのにって思ってたもの。目がきれいだし。」

「…たぶんね、どうすればいいのか分からなかったのよ。わたし、家令のおじさんが時々、お菓子屋さんでお菓子を買っているのを見かけたのよ。」

 セリナが言った。

「だから、子供にお菓子を渡して、友達になって貰えるようにしているんだって思ったの。あの子、ご主人、つまりあの子のお父さんがいる間は、外に遊びに出させて貰えなかったみたい。いつも、家の敷地しきちさくの向こうから外を眺めていて、閉じ込められているみたいだって、思ってたわ。

 だから、時々、花の売れ残りを渡してあげてたのよ。門番のおじさん達に渡して貰って。そしたら、家令のおじさんが花を買うようになってくれてね。けっこう、いいお客さんだったの。」

「…そんな話、初めて聞いたよ。」

 ランバダが言うと、セリナは頷いた。

「だって、初めて言ったもの。」

 とにかく、あの子は可哀そうな子だったわ、とセリナは言った。

「…人ってどんな人生を歩むのか、つくづく分からないものなのね。身近にいた人が、そんな…。あのいつもきれいな格好かっこうをしていたエイグが、そんな事になっていたなんて。」

 レイリアが改めて言うと、ランバダは頷いた。

「…本当に、そうだね。今日、偶然ぐうぜん、俺達と出会わなかったら、エイグは殺されていたかもしれない。」

 それから、ランバダはもう一度、特にカユリとユーダに誰にも言わないように念をおした。

「分かってるよ、兄さん。そんな事、人に言えない。軽々しく面白半分に言っていい話じゃないって、ぼくにも分かるよ。」

 カユリが言うと、ユーダも真似をして、絶対に言わないと約束をした。

「そうかい、人って案外口が軽いからね、思わずすべる事もあるんだよ。」

 横からルダが冗談を言うようにして、もう一度、注意した。それは、ランバダにも人に話すという事は、れるという事を覚悟しておくように、という注意でもあった。

 ランバダは思わずドッキリして、ルダを見たのだった。

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