第53話 見舞い(上)

 次の日、レイリアはスルー家で朝からお菓子作りを手伝った。

 セリナとリーヤの他にランバダとカユリ、ユーダも手伝い、口だけ介入するルダも含めて、総勢七人だ。

 何を作るかで一時、喧々諤々けんけんがくがくし、何日も持つから焼き菓子がいい、という焼き菓子派と、今は胃腸に優しくて食べやすい方がいいという、蒸し菓子派と意見が分かれて少しもめた。

 結局、二種類作る事になった。味違いを二つずつ作ったので、見た目には四種類あるように見える。木の実やベリー類、蜂蜜をたっぷり使った、お祝いの日にしか食べないようなお菓子だ。いや、お祝いの日だけど、作るのが手間なので昨日はなかった。そんなお菓子を綺麗きれいに箱に収めて、みんな満足した。

「これでいいわね。ところで、ランバダ、気になってたんだけど、お菓子を渡す友達は一人でいいの?」

 セリナの問いにランバダはうなずいた。

「他の人は馬車なんかの都合で、昨日、帰ったんだ。俺とホルは一番現場にいたからっていうのと、実家がサプリュだからという理由で、みんなの代表として最後まで残って報告をしたんだ。

 それで、昨日、ホルと帰る前にエイグのお見舞いに行こうって決めたんだよ。」

「お兄ちゃんの友達ってどんな人なの?」

 リーヤが腕を組んでたずねた。

「ホルのこと?ホルはしっかり者だよ。昨日、つくづくそう思った。俺って案外、しっかりしてないんだなあって。」

 ランバダが初めて気がついたような表情で言うので、レイリアがあからさまにため息をついてみせた。

「あんたねえ、今さら、何を言ってるのよ。あんたがしっかりしていないって、昔っから分かり切っていることでしょ。」

 あまりにはっきり言われて、ランバダが不貞腐ふてくされる。

「なんだよ、そこまで言わなくてもいいじゃないか。」

 以前だったら、ランバダが仕方ないなあと引っ込んで収まっていた場が収まらず、喧嘩けんかが始まりそうな気配を見て、ルダが横から口をはさんだ。

「ほれほれ、二人とも。そんな事はいいから、早くしないと、待ち合わせの時間に遅れてしまうんじゃないかい?」

 ルダに指摘されて、ランバダとレイリアは慌てて準備をした。二人がみんなに見送られて外に出ると、イオニとシャルアンも出て来た。

「二人とも気をつけてな。」

「うん。行ってきます。」

「レイリア、あんまり我を張りすぎず、ランバダを立てるのよ。国王軍の友達もいるんだからね。」

 シャルアンに注意されて、今度はレイリアが少し不貞腐れた。

「…分かってるってば。朝も聞いたもん。」

 今までむっつりしていたランバダが、隣で笑っている。

 とりあえず、二人は仲良く出かけたのだった。

 ランバダはレイリアがホルと初めて会うので、心配していた。仲良くできるかが分からなかったからだ。レイリアを連れて行こうというのは、ランバダ一人の決断だった。

 ホルは一瞬、ランバダがレイリアと乗合馬車の停留所にやってきたので、おどろいた表情をした。

 ランバダがお互いを紹介して、レイリアもエイグを知っている幼なじみだと話すと納得してくれた。

「それから、ホル、これ。昨日はありがとう。だから、お礼に持って来た。」

 ランバダが菓子の箱を包んだ布包みを差し出すと、ホルはむっとした顔をした。

「礼はいらないぞ。昨日、言ったよな。」

「まあ、まあ、そう言わずに。お菓子なんだから。」

 横からレイリアが口を出した。

「そう。父さん以外の家族みんなで作った。手作りだよ。」

「そう。わたしも手伝ったし。」

 ランバダとレイリアの言葉を聞いて、ホルはほっとした表情をした。

「なんだ。そういう事なら受け取るよ。てっきり、お前の事だから、なんか余計な気を回してんじゃないかと思った。」

「エイグのお見舞いに作って持って行こうってなって、ついでに多めに作って渡そうと思ってさ。」

 ランバダが受け取ってもらえて、ほっとしてぺらぺらしゃべると、ホルが冗談で「ついでだと?」と怒ってみせて、ランバダも「そう、ついでだよ、ついで。」と言い返している。

 レイリアはランバダがちゃんと、国王軍の中でも友達ができて、やっていけているんだと分かって、ほっとして嬉しかった。だけど、少し寂しい。

 乗合馬車を待っている間も、乗り換えて歩いていく間も、三人は適度におしゃべりしながら、レイリアが国王軍の事をランバダとホルに聞いたり、ホルがランバダの子供時代の事を聞いたり、ランバダもホルの子供時代の事を聞いたり、そんな風に楽しくカートン家にたどり着いた。

「そうだ、わたし、お父さんから本を持って行けって、渡されたんだよね。まあ、貸本屋をやっているだけあって、選ぶ本はいいのよ。わたしも面白いから好きなのだもん。」

「ああ、それいいね。エイグも喜んでくれるといいけど。」

「…ああ、本か。俺も本にすればよかったかな。俺は日記帳を持って来た。心の整理をするのに役立つかと。」

 そんな事を言いながら中に入って行くと、ルイスに話を聞いていたのか、三人はすぐに中に通された。小さな部屋に通され、しばらく待っているように言い渡される。

 そのしばらく、が長かった。さすがにあまりおしゃべりするわけにもいかず、静かに待っていたがあまりに長い。

「…ねえ、長くない?忘れられちゃったのかな。」

 とうとう、レイリアが言った。

「いや、それはないと思うよ。担当のルイス先生の手が空いてないんじゃないかな。」

 何度かカートン家に来たことのあるランバダが答えると、ホルも同調した。それからかなりの間、待たされ、途中でお茶を持って来た医者の見習いさんに、レイリアは便所に連れて行ってもらい、戻ってきて昼のかねが鳴った。

 ホルは窓辺に寄りかかって外を眺め、ランバダとレイリアは椅子に座ったり立ったりしながら、待っていた。

 ようやく、複数の足音がしてきて三人は身構えた。通り過ぎるかと思いきや、立ち止まったので、急いで居住まいを整える。

「失礼するよ。長い時間、待たせてしまって、すまないね。」

 入って来たのはルイスだった。出先だったのか、外出用の外套を着たままだ。三人は挨拶をすると、ランバダはレイリアを紹介し、彼女を連れて来た理由を説明した。

 ルイスは頷くと、三人を奥に案内した。とても静かな、人通りもあまりないむねまで連れて来られ、一つの部屋に入った。ついてきていた医者の見習いさんにルイスは何事か命じ、扉をしっかり閉めた。

 窓辺から太陽の光がしこんでいるので、部屋の中は暗くない。壁紙はきれいな花模様で、花瓶には本物の花が活けてある。花の香りがさわやかで、心が落ち着くような居心地のいい部屋だ。ルイスは三人を椅子に座らせた。

「三人には今から、大事な話をしなければならない。覚悟して、聞いて欲しい。」

 ルイスの様子に、少年達は顔を見合わせた。うすうす感じてはいたのだ。エイグに何かあったのではないのかと。だが、誰も口に出さなかった。本当になったら嫌だから。

「もちろん、エイグの事だ。落ち着いて聞くんだよ。彼は昨夜、自殺をはかった。」

 一瞬いっしゅん、何を言われたのか三人は、すぐに理解できなかった。言葉自体は分かる。だが、現実のものとして、受け入れられなかった。昨日だけで二回も、という事実にランバダとホルは特に、衝撃しょうげきを受けた。

「屋上から飛び降り自殺をはかったんだ。」

 ランバダの手から、布で包んだ菓子の箱が落ちた。その音でレイリアとホルは、慌ててランバダを振り返った。

「…エ、エイグは?」

 ランバダのかすれた声にルイスは頷いた。

「大丈夫、助かった。ここはカートン家でニピ族も大勢いる。彼らの運動神経能力の高さのおかげで、助かったよ。エイグは左肩を脱臼しただけですんだ。」

「それは、落ちて行くところを捕まえたってことですか?」

 真っ青な顔のランバダの代わりにホルが尋ねた。

「そうだよ。…君達にはこくなことなんだけどね、ちょっと話があるんだよ。それは、君達の覚悟についてだ。」

 ルイスは三人の顔を順番に見回した。ランバダの顔を見ると、落ちている箱包を拾って小机の上に置き、呼び鈴を鳴らした。すぐに医者の見習いが入ってきて、三人に茶を出した。三人とも、ふくよかな茶の香りをぎながら、器から立ち上る湯気を声も出せずに眺めていた。ルイスがうながし、三人が確実に茶を飲んでから、ルイスはもう一度、三人の前に座り直した。

「…エイグは、どうして、自殺を?」

 ランバダは震える声で尋ねた。エイグが自殺をはかった、その事実が頭の中をグルグル回り、心中を占めている。とても穏やかではいられなかった。大嵐の木が風に揺さぶられて葉っぱがざわめくように、心の中もざわめいていた。

「彼は君に助けてもらった事は、嬉しかったそうだ。子供の頃、いじめていたのに、君は友達だと言ってくれたと。それを聞いた時は胸が熱くなったそうだ。

 でも、あの場面だけは見られたくなかったと。それを思うといても立ってもいられなくなって、気がついたら屋上にいたらしい。

 彼は心が深く傷ついている。その上、食事もまともに貰えず、怪しげな薬も盛られていた。それらの複雑な状況が重なっているせいで、彼は時々、記憶を失うようだ。

 気がついたら屋上にいて、突発的に飛び降りたらしい。」

 ランバダは言葉を出せなかった。ゆうべ、ソリヤにできるかできないかじゃなく、やらなければならないと、言われた点において、やはり、エイグは深く傷ついていたのだ。

 もし、自分がエイグだったとしても、絶対にそうだ。誰にも見られたくないし、知られたくない。

「君のした事は正しかった。ただね、たとえ、善意であろうと、人の人生に関わる事には覚悟がいるんだよ。その覚悟があるかどうかを私は聞きたいんだ。」

 ランバダの両目から涙があふれた。あの家から出さえすればなんとかなる、そんなに簡単な事ではないと思い知らされて、どうしたらいいのか分からなかった。ただ、ひたすら胸が痛かった。

 泣きじゃくるランバダにルイスがちり紙を渡している。レイリアは唇をんで、その様子を見守っていた。ランバダと出かけられると思って、ウキウキしていた自分が恥ずかしかった。事は物凄く重大で深刻だったのに。

「……覚悟は、してました。」

 随分ずいぶんってから、ホルが答えた。あまりに時間が経っていたので、ルイスがした質問の答えだと分かるのに時間がかかり、質問したルイスでさえ、一瞬、戸惑った。

「…ランバダは、今は泣いて答えられませんけど、覚悟してたんです。俺は、確認しました。ランバダが彼を…エイグをどうしても助けると言い張った時、イゴン将軍にどう話すのか、万一の時はどうするのか、聞きました。そうしたら、きっぱり、ありのままに話してやめろと言われるのなら、やめると言ったんです。

 だから、俺もその覚悟があるなら、止められないと思いましたし、ランバダの覚悟は立派だと思ったから、協力しました。」

「そうだとするなら、君も万一の時はやめる覚悟だったんだね?」

 ルイスの質問にホルは頷いた。

「はい、そうです。それに、もし、正しい事をしてやめろと言われるのなら、そんな組織にいても意味はないと思いました。そんな所なら、こっちからやめてやるとも思っていました。」

 ランバダはルイスとホルを交互に見て何か話そうとしたが、涙がボロボロ流れてしゃくりあげ、言葉にならない。

「…それを聞いて安心したよ。遊び半分で来られても困るからね。」

 ルイスの言葉がレイリアの胸に突き刺さる。レイリアは心の中ですみません、と謝った。

「今日、君達が来たのは、彼の手助けをしたいからと思ったからだろう?あまりにひどい扱いを受けていたと知った以上、放っておけないと思ったからだね。」

 ルイスの確認に三人は、はい、と返事をした。

「彼はとても不安定だ。特に誰かにさわられる事を極端に嫌がる。話をしていても、突然、嫌な事を思い出し、恐怖に駆られる事もあるようだ。だから、何か異変を感じたら、すぐに呼び鈴を鳴らして欲しい。」

 分かりました、と三人は神妙に頷いた。

「あの、お土産にお菓子を作って持って来たんです。エイグは食べても大丈夫ですか?」

 ようやく泣き止んだランバダが鼻をすすりながら尋ねると、ルイスはにっこりした。

「大丈夫。彼は体の調子よりも心の問題の方が大きいからね。」

「あのう、どういう風な態度で接したらいいんですか?」

「友達だったんだろう。普通に友達として接したらいい。何より彼はそれを望んでいると思うよ。」

 ルイスの返事を聞いて、ランバダはぎこちなく頷いた。

「じゃあ、改めて彼の所に案内しよう。」

 ルイスの先導で、三人はようやくエイグの所に案内された。

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