第58話 類は類を呼ぶ

 ルイスは少年達の手前、どうして遅れたかも言わず、ただ、エイグが自殺をはかったとだけ伝えた。

 本当は少年達がお見舞いに来た時には、ミリノとカートン家に戻っていた。だが、まず、事の仔細しさいを家長でもある父のランゲルに報告し、ミリノにも証言してもらわなければならなかった。

 カートン家は、エイグが自殺をはかったわけではない事を知っている。何者かによって外に連れ出され、屋上から跳ばされた、というのが正しい。

 エイグには見張りをつけていた。いつ、衝動的に自殺をするか、分からないからだ。だが、見張っていたニピ族と、医者のたまごが、何者かに気絶させられ、エイグは外に連れ出されていた。

 本当に数分以内の出来事で、しかも、ニピ族を気絶させるという事は、同じニピ族しかできない芸当だという事を示している。見習いの医者だとしても、弟子入りして三年経った者にはニピの踊りを習わせるので、それなりに武術ができる。

 そもそも、エイグの見張りは最初から、弟子入りして七年経つ者にさせていたので、四年はニピの踊りを習っている、それなりの上級者を選んでいた。

 かなりの手練れが侵入したので、緊急事態を知らせ、ニピ族全員と手の空いている者は全て、三人一組でエイグの捜索に走った。

 早い対応がエイグを救った。一つの組がかすかな物音に気がつき、建物の屋上に行こうと、近くの木に一人のニピ族が登っていた。

 その時、エイグが落ちて来て、その木に登っていた人が猿のように足を木の枝にからませ、両手でエイグの左手をつかみ、そのまま勢いで逆さになり、下にいたもう一人のニピ族に投げ渡してエイグは助かった。急いで医師が確認したところ、エイグの命に別状はなかった。

 この組は何者かがエイグの死を確かめようと、上からちらっとのぞいた姿を目撃している。

 この異常事態に、カートン家では緊急でどうするべきか、夜遅くまで話し合いが行われた。

 とりあえず、誰かが常駐しているようにする事が決められたが、エイグの状態から親しい人である事が求められた。昨晩のように容易く侵入させないように、もっと厳しい見張りにするので、日中ならばエイグが心を許す人にいて貰うようにする事にした。

 それで、ルイスは朝早くから、ミリノの所へ行ったのである。さらに、イゴン将軍の弟子である、ランバダ達も来るだろうと予測し、少年達の覚悟を見定めたうえで、本人たちの知らないうちにだが、協力して貰う事にした。

 ランバダ達がいる間はミリノに休んで貰う。そうして、正解だった。ミリノは疲れ果てていて、少し長椅子に横になっただけで、ぐっすり眠りこんでしまった。

 毎日、エイグの事で気を張り、疲れ切っていたのだろう。本当は、ミリノに手伝って貰うのはそういう点で気が引けたが、来てもらって良かった。

 タリアの証言と、馬車の中で聞いたミリノの話は衝撃的だったが、彼女の話が本当ならば、何がなんでもミリノには、カートン家にいて貰わなければならない。薬を大叔父から半分でも盗み出したのなら、その異変に大叔父が気がつかなかったわけがない。

 つまり、ミリノもエイグと同じく命を狙われる可能性がある。

 ルイスは大叔父の事を考え、ため息をついた。まさか、偶然、巡り合って関わったレグム家の事件に、カートン家が関わっているとは思わなかった。

 その上、ニピ族まで関係している。ミリノに護衛は本当にニピ族かと確認したが、それは昨日の侵入者の事があったからだった。

 ミリノに話した通り、現在、大叔父の護衛はいないはずである。離れた屋敷に監視かんしをつけていた。座敷牢ざしきろうにでも閉じ込めておけばと、ミリノには言ったが、実際のところ、座敷牢も同然の屋敷で、数名のニピ族とカートン家一門の武術に優れた一団が、半分軟禁なんきん状態で監視していた。

 何年間もその軟禁状態から、好き勝手に出歩いていたのに、監視をしている者達から、何の連絡もないという事は、いくつか嫌な想定をしなければならなかった。

 一つ目は大叔父に買収された。二つ目は薬の専門家である大叔父に薬を盛られた。しかし、そう簡単に薬を盛られるだろうか、という疑問はある。大叔父は確かに薬の専門家で、特に麻酔薬に強いが、カートン家はより一層、そういう薬の対策は念入りにしている。

 当然、カートン家にいるニピ族もそうだ。

 だが、完全に意識は失わなくてもいいのだ。ミリノの話だと、エイグに催眠術さいみんじゅつも施していたようである。

 そうなれば、体の動きと頭の働きを鈍くさせ、その間に催眠術を施し、出入りしてもとがめられないようにされている可能性がある。

 ルイスはウロウロと歩き回った。他にも疑問はある。どうやって、ジャロンを手に入れたのだろうか。このジャロンは森の子族から特別にカートン家だけが譲り受け、厳重な管理の元で栽培されてきた薬草である。

 だが、大叔父はカートン家一族だ。いくらでも厳重な管理の穴を潜り抜ける方法はあるだろう。その上、なぜかニピ族がいる。いざという時は、昨晩のように力技でくるのだ。このニピ族の実力にカートン家では動揺が走っている。

 今日、カートン家と契約を交わしているニピ族の里に知らせを送った。

 ルイスは頭の中でくるくると考えを巡らせながら、部屋の中をグルグル歩き回った。歩かないと考えがまとまらない方である。

 カートン家、ニピ族、そして、首府議会に出席できる身分の謎の男。タリアの口から出て来た者達だ。そして、レグム家。

 これは、想像以上に根が深そうだと思う。もし、偶然、ランバダとエイグが出会わなかったら、誰もこの陰謀いんぼうに気がつかなかった。

 本当に奇跡的にレグム家で起こっている陰謀が暴かれた。馬車に乗っていた面々が、素晴らしかったのもある。

 おそらく、今日、テルサの手腕でレグム家の書類は正式に描き替えられたはずである。

 もし、仮に昨日、エイグを殺していたとしても、彼らにエイグの遺産いさんは渡らなかった。大叔父たちの想像以上の素早さだっただろう。

 そう思えば、ルイスはほんの少しだけ気分が良くなった。

「おい、ルイス、聞いたか?」

 兄のトースが部屋に入ってきた。

「…何を?」

「何度も呼んだんだぞ。」

「ああ…、ごめん、気がつかなかった。」

 トースはもう結婚して子持ちである。たまたま、コニュータからやってきていた。

「伝書鳩を飛ばしたから、コニュータから結構な人数がやって来る。子供達もやって来るからな。」

 トースはコニュータで本家の管理を任されている。カートン家一族の子供達、及びコニュータにあるカートン家の医療学校の管理も行っている。

「何人くらいやって来る?」

「色々含めると百五十人はいるかな。」

「そんなにやって来て、いない間にコニュータで何かされないだろうか。」

 ルイスがつぶやくように言うと、トースは否定はしないものの、大丈夫だと笑った。

「リタ族に、ニピ族が少ない間、街の護衛を頼んだ。それに何のためににうちが民警事務所を設立したと思っている?ティールにいる人員をコニュータに送る。もちろん、サプリュは動かさない。」

「リタ族か。まあ、護衛の面では大丈夫だろうが…。何と言っても敵はあの大叔父上だ。薬が盗まれたりしないだろうな。」

 細かく心配するルイスに、トースはため息をついた。

「全く、お前は心配性だな。そう簡単に盗めるはずがない。」

 楽天的なトースにルイスはつい、腹を立てた。

「兄さんは話を聞かなかったのか?ニピ族が気絶させられたんだぞ。誰も見ないうちに部屋から連れ出されて、屋上に連れて行かれて屋根から飛び降りるように仕向けられた。あと一歩遅かったら、あの子は死んでた。

 カートン家の名誉めいよにも関わる、とんでもない重大な事件だ。しかも、大叔父が事件の首謀者の可能性だってあるんだ…!心配しないでいられるか?ジャロンだって、勝手に手に入れていたんだからな…!」

 ルイスの剣幕けんまくにトースは、呆気あっけに取られていたが、やがてそれも過ぎるとムッとした。

「私だって心配していない訳じゃない、だが、お前ほど、チマチマ心配して何になる?」

「兄さんは楽天的すぎる。何かあってからでは遅いんだ。本当はコニュータの人員が減るのを待っているのではないかとさえ思う。大叔父ならそのすきに、厳重な管理をしている薬を盗み出すのは簡単だ。」

「お前、サプリュで患者が危なかったと言っているくせに、なんでサプリュの人員を増員する事に反対するんだ。矛盾してるぞ。」

「矛盾してない。向こう側にしてみれば、今日であの子を殺す利益がなくなった。殺してもあの子の遺産は手に入らない。遺産が手に入らないならば、コニュータに行って、大量のジャロンを盗み出した方がいい。そして、薬を大量に生産し、裏で高値で売った方が大金を稼げるはずだ。」

「お前な、なんで、大叔父上がこの事件の首謀者のように判断しているんだ。もしかしたら、違うかもしれないんだぞ。しかも、レグム家と関連付けてるし。」

 さらに、ルイスが反論しようとした時だった。

「はい、はい、そこまで!もう、二人ともいい大人なんだから、喧嘩けんかはよしなさいよ。」

 妹で長女のアミアーナが入って来た。

「喧嘩じゃないぞ。」

 トースがムッと言い返す。

「ただの意見の相違だ。」

 ルイスも言うので、アミアーナはため息をついた。この長男と次男はいつもそりが合わない。

「はい、はい、分かりました。だけどね、兄さん、わたしもルイスじゃないけど、コニュータの人員を大幅に減らすのはどうかと思うわ。この事件、一朝一夕で解決するような代物じゃないもの。ルイスがカリカリするのもしょうがないわよ。」

 アミアーナはルイスと年子で、ルイスをあまり兄とは思っていない。外科治療が得意な女医である。

「お前達、二人して私を馬鹿にするのか。」

 トースが怒って言うので、アミアーナはまた、ため息をついた。トースは弟と妹が医者として有能だということが分かっている。だが、トースは医者としての才能は普通だ。

 そのため、裏方に回って管理などに当たっている。その方が性に合っているのでいいのだが、長男なのに医者に向いていない事をトースは引け目に思っている。

「まあた、そんないじけた事を言う。兄さんは兄さんなんだから、それでいいのよ。言っとくけど、ルイスもわたしも兄さんみたいに帳簿なんか管理できないから。あんな細かい事できやしないわ。」

 傷口をうのは細かい事ではないのだろうか、とトースは思ったが、口に出しては言わなかった。

「…お前達はそう言うが、父上も了承したんだぞ。」

「知ってる。大叔父上の裏をかくつもりなのかもしれないけれど、大叔父上に限っては余計な裏工作はしない方がいいと思う。ただでさえ、いつも裏をかかれてる。」

 ルイスの最後の一言に、トースだけでなく、アミアーナさえも絶句した。

「…あんたねえ、そんな事を言ったら、父上もかんかんになって怒るわよ。」

「もう、言ったよ。父上は何も言わなかったけど、まだ口もききたくないだろうと思って、夜の会議に出なかった。」

 トースとアミアーナがため息をついた。

「そういえば、つい、言いそびれていたが、父上がお前を探してたぞ。いいか、余計な事は言うなよ。」

「…余計な事?」

「そうよ、あんたは他人には優しく気遣って、布に何十にも包んだような物言いができるし、権力者にびへつらうのだって平気でできるくせに、身内に対してはきびしいでしょ。」

「一回目の会議の時みたいに、大叔父上をくさりつないで牢屋に入れておけばいい、なんて言うなよ。」

「…ああー、分かった。」

 兄妹達が心配して言うので、仕方なくルイスはうなずいておいた。

「なんか、いい加減な頷きだった。ちょっと、今、ここで本心を出してから行きなさい。」

 アミアーナの指示にルイスは素直に従った。このすぐ下の妹の言う事は聞いておく、というのが幼い時からの習慣だった。

「猿ぐつわをして鎖で縛り、牢屋に入れておけば、こうはならなかった。一人の少年の人生をここまでくるわせるような事態にもならなかったし、何より恐ろしいのは、一人にしているなら確実に他にやっている、という事だ。きっと、他の人間にも薬を投与し、実験効果を確かめて薬効を高めているはず。そして、大量生産に乗り出したいはずだ。

 そのためにも、あの子の財産は必要だった。だが、大叔父上だけの犯罪とは考えにくい。ニピ族が関わっている上に、もう一人首府議会に出席できる人間が関わっている。ミリノさんにさっき確認したが、首府議会に出席できると思われる、もう一人の男はいつも覆面ふくめんをしており、決して顔は出さなかったと言っていた。

 つまり、顔を出したらまずい、誰だかすぐに分かる人間と言える。それだけ慎重に大規模な犯罪に関わっているとすれば、ただの議員ではないだろう。おそらく、財力のある人間、有力商人か貴族辺りが怪しい。

 カートン家、ニピ族、首府議会の議員、この三者がそろって、裏で組織を作り犯罪を犯しているなら、芽の小さいうちに摘んでおかなければ、国にとっても脅威きょういとなるだろう。」

 ルイスの分析ぶんせきにトースとアミアーナは黙り込んだ。

「…なるほど。もし、貴族の中で怪しいとすれば、誰が怪しいと思う?」

 父親の声に三人はびっくりして振り返った。

「それで、ルイス。お前は誰が怪しいと思うんだ?」

 きびしいランゲルの声に、トースとアミアーナはちぢこまりそうになるが、ルイスは真正面からランゲルと向かい合った。

「はっきりと明言はできません。ですが、財力もあって、疑われにくいとなれば、八大貴族の中の誰かだろうと予測しています。」

「ほう、八大貴族。そのうちの誰だ?」

 兄と妹が目を丸くしているのを他所よそに、ルイスは続きを説明した。

「誰なのかは、はっきり分かりません。ですが、消去法で違う人間は分かります。レルスリ家とクユゼル家、ノンプディ家は違うでしょう。」

「それは、なぜだ?」

「ノンプディの当主、シェリアは夫殺しのうわさがありますが、その実、記録を見れば違う事は明白です。彼女は派手な噂の割に、堅実な方法で領内をきっちり治めている。そんな人間が、こんなに綱渡りの犯罪に手を染めるとは考えられません。ですから、ノンプディ家は違うでしょう。

 レルスリ家も王家とは決定的に対立する事をしません。国のためにならない事はしない主義です。なんだかんだ言いつつ、レルスリ家が他のどうでもいい貴族達が悪さをしないように見張っているような立場ですから、そんな犯罪は見逃しませんし、やる事もしないでしょう。

 そして、クユゼル家は言わずもがな、クユゼル家の当主はバムス・レルスリと懇意こんいですから、違うでしょう。ああ、それと、トトルビ・ブラークも違うでしょう。少し短絡的な所がありますから。」

 ランゲルは頷いた。

「だが、ルイス。分かっていると思うが、お前は宮廷医だ。」

「分かっています。余計な事は言わない。不確実な事も口にしない。それが災いの元となりますから。」

「…分かっているならいいが、なぜ、夜の会議に出なかった。お前が出てくれれば、のんきな一族の目を覚ませただろうに。」

「申し訳ありません。」

「勝手な判断で仕事を投げ出すな。」

「はい。申し訳ありませんでした。」

「まあ、いい。今度の一門の会議でもう一回、昨日の会議で言った事を言いなさい。」

「分かりました。…ところで、父上。コニュータに行ってもいいですか?」

 ランゲルはため息をついた。

「だめだ。宮廷医の仕事があるだろう。私の秘書役として付いているのだから、いなくなったら、陛下にご迷惑がかかる。その上、エイグ君がようやくお前に心を開いてきたというのに、中途半端な所でおいて行くのは無責任ではないか?」

 今度はルイスがため息をついた。

「やはり、そうですよね。分かっています。」

「ルイス。お前の気持ちは分かる。医者をやっていると、どうしても助けたい患者がいるものだ。私も経験があるから、分かる。送り返したくない所に返さねばならなかった事も何度かある。今でもその人達の事を思えば、心にとげのようなものが刺さっていると感じる。

 命を救えなかった患者もいる。もっと、ああすれば良かった、こうすれば良かったのではないかと自問しない日はない。

 だが、お前には今の立場を放棄ほうきして貰いたくない。きちんと与えられた役割を果たして欲しい。そのために、カートン家は役割分担をしているのだから。」

 ランゲルの言葉に、ルイスは頷いた。頭では分かっている。ただ、ちょっと心が追いつかないだけだ。

「…父上、エイグ君の事を思うと、胸が痛いです。彼の人生をカートン家の者がうばってしまった。もしかしたら、もっと多くの人を不幸にしてしまうのではないかと、不安なのです。できるだけ早く、防がなくてはと焦ってしまうのです。」

「お前の危機感は私の危機感だ。私も全く同意見だ。だからこそ、一人ひとり、自分にできる事をやって貰いたい。お前は関わった人間の一人として、エイグ君をそばでしっかり見守ってやって欲しい。あの子は繊細せんさいな子だ。きっと、誰よりも彼が一番不安だろうから。」

 ランゲルがエイグの事を強調すると、ルイスは納得した。

「そうですね、父上。余計な事はせず、エイグ君の周りをしっかり、守ります。ミリノさんの事もありますし。」

「そうだな。彼女の身の安全も守らねばならない。」

「はい。…では、そろそろ時間なので、巡回に行ってきます。」

「うん、頼むぞ。」

 療養りょうようしている患者の見回りは、それぞれ順番に持ち回りで行う。ランゲルはルイスを見送り、ミンスが頷いてから、黙って待っていたトースとアミアーナに向き直った。

「トース、すまないな。」

「いいえ、父上。ルイスは患者を死なせてしまう所だったと、かなり動揺していましたから。ただ、大叔父上に関しては、私もルイスの心配は最もだと思うのですが。」

「ルイスの言う事も一理ある。だが、私が最も恐れているのは、人材の流出だ。ザムセー叔父上は妙に人を魅了みりょうする。その上、催眠術さいみんじゅつの名手だ。絶妙な話術でとらわれてしまった、一族や一門の者もいる。内心ではザムセー叔父上に傾倒けいとうしている者も結構いるだろう。

 これ以上、ザムセー叔父上に奪われたくない。特にルイスは。

 お前達も分かっている通り、今、一番ザムセー叔父上に近いのは、ルイスだ。天才的な所も思考も最も近い。だから、絶対にザムセー叔父上と接触させてはならない。分かるな?」

 ランゲルは、トースとアミアーナの顔を交互に見つめた。

「…それは、つまり、大叔父上が一番欲しい人材は、ルイスだという事ですか?」

 アミアーナの質問にランゲルは頷いた。

「確かにルイスの言う事も一理ある。その可能性も高い。だが、それよりも有能な助手を最も欲しているはずだ。大量に生産するには、人手がいるが、専門的な知識を持っていなくてはならない。

 ザムセー叔父上の薬の調合法を正確に理解できるのは、現時点でカートン家の中でもルイス以外にいない。

 ただ、妙な事にルイスは自分が、ザムセー叔父上並みに天才的だという事を自覚していない。もしかしたら、それ以上かもしれないというのに。」

「…そうですね、父上。ルイスは自分が天才だと全く自覚していない。そこがとても歯がゆいし、腹立たしい。」

 トースが肩を落として言うと、ランゲルは優しく長男の肩を叩いた。

「お前だって、決して悪い医者ではないのだぞ。いい町医者になれると私は思っているのだが。」

「でも、ルイスやアミアーナを見ていると、とても、かないません。自分は凡人なのだと思い知らされます。」

「兄さん、わたしは切ったり縫ったりするのが、得意なだけよ。ルイスほどカートン家の申し子のような能力はないわ。

 だって、あいつ、医学書をみんな暗記しているでしょ。洞察力も推理力も達者で、こうかもしれないという、結論の予測もすごいしね。頭の中で手術をしてみるし、頭の中で投薬実験をしてみるって言うじゃない。目の前に見えるって言うのよ。もう、わけ分かんないわ。」

 アミアーナが首をって言うと、トースも苦笑いした。

「しかも、その様子を全部、絵に描きとめているしな。その上、大胆で恐怖にも鈍いのか、物怖じしない。」

「そう。人物の性格の分析も優れているから、最も宮廷医に向いている。だから、私が連れて歩いて、教育しているのに、ここでザムセー叔父上にさらわれたらたまらない。天才は天才を欲すという所だな、困った事に。」

 ランゲルが言ったところで、トースが口を開いた。

「ところで、父上、本当にナーツや子供達まで呼び寄せて良かったんでしょうか。」

「さっきも言ったように、私が最も恐れているのは、人材の流出だ。コニュータに侵入されて、子供の頃から洗脳されたら困る。それに、あのナーツも今回は役に立つはずだぞ。こういう時はしっかりしている奴だ。

 それに何より、今回の移動はザムセー叔父上がどういう動きをするかを確認するためでもある。コニュータとサプリュのどちらに来るか。」

「つまり、わざと侵入させてどう動くかを確かめると。」

 トースの問いにランゲルが頷いた。

「…ルイスは知っていますか?」

 ランゲルは小さく笑った。

「もちろん、知っている。最初にルイスが言い出した。」

 トースはそれを聞いて顔をしかめた。

「…だから、下手な策をろうしないでとか言っていたのか。でも、矛盾しているのでは?」

「ミリノさんに話を聞く前だったからね。話を聞いて考えを変え、コニュータが危険だと考えた。だが、ルイスの考えの穴が、自分自身をザムセー叔父上が欲している可能性があると思っていない点にある。

 さあて、ザムセー叔父上はどちらに来るか。私はサプリュにまだいると思っているがね。長年実験してきたエイグ君がいるのだから。ザムセー叔父上は、そういう事にこだわる人だ。

 ま、ザムセー叔父上を知っている分、ルイスより私の考えの方が合っていると思うがなあ。」

 ランゲルは言いながら、トースとアミアーナを置いて部屋を出て行った。

 どこか楽し気な父を見て、トースは自分には家長は無理だと思う。

「兄さん、自分には家長は無理だと思ったでしょ。」

 アミアーナが言った。トースが頷くと妹は肩をすくめた。

「わたしだってそうよ。昔は女で初の家長になるって言ってたけど、今は現実を知っているもの。無理だわ。なるんだったら、ルイスよ。だから、大叔父上にそそのかされないように、しっかり見張りましょ。」

「そうだな。私達の役割だ。」

 そう言って、兄と妹は頷き合った。

「そういえば、さっき、ナーツが来るって言ってたわね?」

 アミアーナが一番末の弟の名前を出すと、トースはやや青ざめながら頷いた。

「そうだ。覚悟しろよ。怒涛どとうの毎日が始まるぞ。」

「ああ、もう、あのクソガキがルイスと仲がいいのはなぜなのよ…!父上に歯向かうのはこいつら二人ぐらいよ…!きっと、ルイスについて回る。今は患者も診てるのに、邪魔されたらどうするのよ。」

 頭を抱えるアミアーナに、トースはどうどうとなだめるように声をけた。

「アミアーナ、ナーツの奴も成長したから、患者の前ではあまり、余計な事はしないようになったぞ。最近は患者には気を使うようになった。」

「ほんとに!?ああ、それ聞いて安心した。でも、気を抜けないのは確かね。わたし、あの二人につきっきりでいるようにしようかな。」

「ありがたいよ、アミアーナ…。神経をすり減らすだろうけど、よろしく頼む。」

 よ、よ、よ、と泣きそうな様子で、トースはアミアーナに礼を言った。

「…そうね、どっと疲れそう。類は類を呼ぶって言うけど、まさしくそうね。」

 そう言って、二人はため息をつきつつ、これから始まる怒涛の日々の覚悟をしたのだった。

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