第22話 シュリゲスの推測

 シュリゲスは苛立いらっていた。ランウルグの侍従と侍女を調べに行かせたブワムが戻って来なかったからだ。もう一人侍従がいるので、身の回りの事に不便さはないのだが、めったにない事に不安を感じていた。

 一旦、自室に引き上げたレスゲスが、夜も更けてから心配して様子を見に来た。

「おい、シュリゲス、ブワムは戻って来たか?」

「ああ、レスゲス。戻って来ないんだ。いつもと違うから、何かあったに違いない。」

 レスゲスはうなずいた。

「分かった。ゼニスを調べに行かせよう。お前もとりあえず、今夜は寝るんだ。それにブワムはニピ族だ。簡単にはやられないし、ニピにはニピのおきてがある。対立していても守るべき掟は守るだろう。」

「ああ、そうだな。ありがとう、レスゲス。いつも心配してくれて悪いね。」

 レスゲスは照れたように肩をすくめた。

「いいさ。兄弟だろう。それに、俺の事を兄貴扱いしてくれるのは、お前だけだ。俺にとっては、お前だけが頼りなんだ。母さんは普通の侍女だったし、一応、家を与えられて不自由なく暮らしてはいるけど、忘れられているも同然だよ。お前がいなかったら、俺も父上や兄弟達から忘れられてしまう。」

 レスゲスは自分の立場も能力も把握はあくしている。自分の身の丈を分かっているのだ。

 シュリゲスは微笑ほほえんだ。

「そんなに頼りにされたら、困るな。私が失敗したら共倒れになるんだぞ。」

「いいよ、分かってる。それにお前は失敗したりしないさ。」

 明るく言うレスゲスの言葉に、シュリゲスはいつも励まされる。彼に言われると本当に失敗しないような気になる。

「うん。自信が戻って来たよ。ありがとう。それじゃあ、お休み。」

「うん、お休み。」

 レスゲスは部屋に戻り、ややあって、誰かが部屋を出て行った気配があった。ゼニスが調べに行ったのだ。ロギースは口約束してもやらない事があるが、レスゲスはシュリゲスを裏切った事はない。だから、シュリゲスは兄弟の中でレスゲスを一番、信用している。

 たぶん、父のバムスもレスゲスの母を一番愛しているのではないかと思う。だから、田舎の美しい別荘に住まわせ、権力のドロドロの世界に関わらなくていいようにしているのだと思う。

 シュリゲスはようやく、落ち着いて布団に入ったのだった。

 だが、そのゼニスでもブワムを探し出して来る事ができなかった。その日、緊急に妹の護衛まで駆りだして、ブワムの捜索に当たらせた。そして、次の日にようやく、見つけ出した。

 そこは何十年も使っていない、使用人達が使っていた小屋で、最近、争った形跡があった。その争った跡を追っていくと、一番奥に枯れ井戸の蓋をしている板が破れていて、底にブワムが横たわっていた。既に絶命していた。

 暗闇の戦闘中に、ブワムは朽ちかけた井戸のふたに乗ってしまい、落ちて首の骨を折ってしまったらしい。戦闘中の不慮ふりょの出来事だったと、ゼニスをはじめとするニピ達は判断した。

 しかし、シュリゲスは本当に不慮の出来事だったのかと考えた。おそらく、相手の方が一枚上手だったのだ。ブワムよりも味方が少なく、敵地にいるという意識が相手の護衛には強くあった。

 だから、どんな場所であっても隈なく調べていたのに違いない。どこに何があるのか、こちらよりも詳しく知っていた。だから、尾行に気が着いた時、ここに誘い込んだ。ニピ族同士で殺し合ってはならないという掟を守りつつ、相手を倒せる場所に誘い込んだ。

 自ら手を下さなくても、勝手に落ちて死ぬ場所を相手は知っていたのだ。暗闇の中、自分が落ちて死ぬ場合もある。だが、向こうはそれだけ必死だったのだ。

「これは不慮の事故じゃない。」

 自室に戻り、他の兄弟達がいつものように集まってから、シュリゲスは言った。ゼニスを始めとする護衛達がブワムを引き上げて、埋葬するために運んで行った。

 学校内ではランウルグの突然の退学で騒ぎになっており、学校の裏手から人の遺体をこっそり運び出した事に、誰も気が付いていないようだった。

「不慮の事故じゃないって、どうして?」

 メリギスが聞き返した。

「わざわざ、夜にあんな小さな小屋で戦う必要があるか?ブワムは誘い込まれたんだ。そして、ブワムはあそこに枯れ井戸がある事を知らなかったが、相手は知っていた。

 私達は何年もここにいながら知らない事を、一年程しかいなかった相手は知っていた。これは何を意味するか分かるか。」

 みんな黙り込んだ。

「私達にすきがあった。集団でいて大丈夫だと思っていたが、そこに隙があった。向こうは敵地を必死で調べ上げたが、私達は自分の庭をよく調べていなかった。それだけ、向こうは命がけで必死だった。」

 シュリゲスの言葉に兄弟達は、ため息をついた。

窮鼠きゅうそ猫をむ、か。噛まれた上に逃げられてしまったな、今回は。」

 メリギスがつぶやくように言った。彼はめったに発言しないが、いつも鋭い所を突いている。

「ああ。今回は私達の負けだ。こんなに素早く逃げるとは思いもしなかった。私達に残っているのは推測だけで、確証は何も得られていない。

 それでも、ブワムが死んでしまったから、父上に報告しないといけない。全く、気が重いよ。」

 シュリゲスは大きくため息をついた。

「どうするんだ?父上になんて言う?」

 レスゲスが心配そうに言った。

「私達には推測しか残っていないが、この推測は確信に近い。」

 シュリゲスの言葉に兄弟達は顔を見合わせた。誰もシュリゲスの話についていけない。アフジェだけがいつも、理解していた。だが、今はいなかった。

「私はランウルグ・ベルセスが、セルゲス公の息子だとほぼ確信している。だから、ここから逃げた。彼は私達の手の届かない所に行ってしまった。」

 シュリゲスの瞳は空中の一点を見つめていた。そこに何かが映っているかのように。実際に彼にはこれからどうするのかが、見えているのかもしれなかった。

「それで?」

 レスゲスが促した。

「あの親子は、一体何年離れて暮らしているんだろうね。」

 シュリゲスが口元だけにやりとした。こういう時、シュリゲスは他の兄弟が思いつきもしない事を考えている。

「何年って、十年近いんじゃないか。」

 ロギースが戸惑いながら口にする。

「そう。最低まる七年は離れている。離れていればいるほど、お互いに会いたいという思いは強くなる。しかも、いつ死ぬか分からない状況では余計に。息子の方は動かせない。それならば、父親の方を動かそうじゃないか。」

「父親ってセルゲス公を?」

 メリギスが驚いて聞き返す。

「でも、どうやって?セルゲス公は今、行方不明だ。」

 ロギースも言った。

「そうだ。だけど、生きているはずだ。私の勘が正しければ、陛下がかくまわれている。」

 シュリゲスの発言に、他の兄弟達は息をんで、顔を見合わせた。

「陛下が匿われているって?どういうことだよ?」

「全くだ、訳が分からない。七年間も陛下はだましていたというのか?」

 レスゲスとロギースが次々に、疑問を口にした。

「そういうことだな。考えても見ろ。八年前、セルゲス公が行方不明になって、陛下は激しくお怒りになった。八大貴族が殺したのかと、激しくお責めになった。

 あまりのお怒りにさすがの父上もおどろいて、すぐにセルゲス公を探させたが、全く手がかりが掴めず、時間ばかりが過ぎて行った。だが、時間が経つにつれ、陛下は落ち着きを取り戻された。普通はもっと取り乱すはずだ。」

 兄弟達は、はっとして顔を見合わせた。

「確かに。そうだな。」

 誰ともなく言って、頷き合った。

「おかしいと思わないか。父上をはじめ、八大貴族が窮地きゅうちになって、陛下は満足されたのだ。陛下はセルゲス公の居場所を知っておられる。だから、時間が経って落ち着かれたのだ。

 つまり、これは陛下の茶番だ。八大貴族に剣を向けられた。陛下は既に我々、八大貴族の手の中にはいらっしゃらない。我々の中から抜け出し、他の者と手を組まれた。

 だが、今ならまだ連れ戻せる。陛下も余生が牢獄の中だなんて嫌なはずだ。」

 シュリゲスは今までに起きた事の中から、事実を見つけ出していく。その分析力を父親のバムスも一目置いていた。

「でも、どこにセルゲス公を匿えるんだ?」

 レスゲスが眉間にしわを寄せて言った。

「ある。王宮の中に。陛下しか入れない場所が一か所ある。前の陛下がセルゲス公を一時、軟禁していただろう。あそこだよ。父上達もそろそろ、気が付いているかもしれないが、あそこを開けるように強く出たら、陛下はどうするだろう。

 誰も住んでいないのに拒否したら、そこにセルゲス公がいるという証拠だ。そして、何かしらの動きが出て来るだろう。向こうが自ら出て来るはずだ。そして、ランウルグ・ベルセスと接触したら、間違いない。親子の証拠だ。」

 兄弟達は鳥肌がたった。シュリゲスは必ずこの事を父のバムスに言い、バムスもまた、シュリゲスの言う事を聞き入れる事が分かっていた。その後、どうなるかは分からないが、何かが起こるという不安が入り混じった戦慄せんりつが走ったのである。

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