第19話 決意
ランバダがギルムの家に行く日がやってきた。ランバダはイグーと会ってから、考えている事があった。
イグーはまだ子供なのに、それでも大人達相手に
(人を守るってああいうことなんだ。)
ランバダの中に何かが
そして、それと同時にもう一つ、気になっている事があった。どうしても、もう一度、ルンナに会いたかった。
「ねえ、ランバダどうしたの?」
レイリアが
今日も朝からずっと、イオニの店の前に置いてある
実はソリヤとセリナは結局、イオニにはイゴン将軍の所に行くという事を話していた。最初は信じられない様子だったが、
「ねえ、ランバダってば、どうしたの?」
しつこくレイリアに聞かれ、ランバダはようやく顔を上げた。
「…うん、ちょっと、ルンナおばさんに会いに行ってくる。」
レイリアの顔が
「だめだよ、また、いやなこと言われるよ、きっと。」
「うん、でも、行ってくる。」
「でも、一人で行ったらあぶないよ。」
レイリアはランバダの
「お父さん、ランバダがルンナおばさんのところに行くって言うの!」
レイリアは店の奥に向かって大声で呼びかけた。
「えー、なんだって、どこに行くって?」
イオニが店の奥から出てきた。
「ランバダがルンナおばさんのところに行くって。」
レイリアはもう一度、繰り返した。
イオニはランバダを見つめた。ランバダはレイリアに腕を掴まれたまま、じっと道路の
「シャルアン!ちょっと店番を
大声で家の奥にいる妻に呼びかけ、イオニは娘とランバダの手を片方ずつ
「じゃ、行くぞ。」
イオニの声を合図に三人は歩き出した。イオニはそっと左側を歩いているランバダを見つめた。
後ろに結んだ髪がぴょんぴょんと
「なあ、ランバダ。お前、本当にイゴン将軍の所に行って大丈夫か。一人ぼっちでも大丈夫か?」
何か考え込んでいたランバダが歩きながら、イオニを見上げた。レイリアも
「…どうして?」
逆にどうしてと聞かれ、イオニは困ってしまった。
「どうしてって、お前が心配だからだよ。苦しくて辛い事もたくさんあるぞ。どうしても耐えられなかったら、戻って来ていいんだぞ。」
「…うん、おじさん、ありがとう。でもね、ぼく、がんばるよ。だって、父さんが言ったんだ。
どうしてもマウダをつかまえたいなら、もどって来るなって。にげないでがんばらないとマウダをつかまえることはできないって、父さんが言ったんだ。
だから、ぼく、がんばるよ。そして、こくおうぐんに入ってマウダをつかまえるんだ。ルンナおばさんにもそれを言いたいんだ。ぼくが大きくなってマウダをつかまえて、グースをさがすって言いたいんだ。」
イオニは
そして、ソリヤにそんな事を言わせる
イオニの胸が痛んだ。悲しくて切なかった。たった七歳の子供に、こんな決心をさせるマウダが許せなかった。それと同時にランバダが急速に成長しているのも感じた。
周りの人間が何を言おうとも、ランバダはイゴン将軍の所に行く。
レイリアもそれを分かっているから、可愛い顔の
やがて、オブン家の前にやってきた。珍しくルンナが家の前に椅子を出し、街路樹の作る日陰で涼んでいた。
ルンナが気づいて気まずそうな顔をする。立ち上がりかけたので、イオニは
「ルンナ、調子はどうだ?今日は、少しはいいのか?」
「…。」
ルンナは気まずそうに
「いいんだ。今日はちょっと、ランバダが最後の
ルンナがはっとして子供達に目を走らせ、家の戸口を
「いやいや、お前さんに話があるんだと。ちょっと聞いてやってくれないか?」
イオニの言葉にルンナは面食らったようにイオニを見つめ、それからそっとランバダと視線を合わせた。
ランバダは
「あの…、あのね、おばさん。ごめんなさい、ぼくがさらわれなくて。」
ルンナの顔がぎょっとして、何か言おうと口を開きかけた。
「あのね、ぼく、大きくなったら、必ずこくおうぐんに入って、マウダをつかまえる。そして、グースを助けるんだ。だから、それまでまっててね。ぼく、つよくなって、みんなをまもるから。
だから、だから、おばさんも早く元気になって。ぼく、おばさんがいつも声をかけてくれるから、うれしかったんだ。また、前みたいに元気になって。
ぼくが必ずグースを助けるから、マウダをつかまえるから、そのために、イゴンしょうぐんにでし入りするから、だから、おばさんも早く元気になって。ぼく、必ずマウダをつかまえるから…。」
「もう、いいよ。」
ルンナはたまらなくなって、ランバダを
「分かった、ありがとう、ランバダ。」
「ごめんね、ごめんね、ランバダ。」
ルンナはすすり泣いた。涙が
「本当にごめんね。…ありがとう、ランバダ。ありがとうね。」
ルンナは泣きながら、ランバダの背中をさすり続けた。こんなに小さな子が、マウダを捕まえると決心している間に、自分は一体何をしていたのだろう。ぼーっとして、悲しみに
やっとルンナは自分を取り戻した。ああ、神様、ありがとう、ランバダという子を送ってくれて。
ルンナはグースを失ってから初めて、
いつの間にか、周りに近所の人達が様子を見に出て来ていた。オリとブランの気配も後ろに感じた。
みんな、心配そうに見守っている。あたしは、一体、どれほど、心配をかけていたのだろう。みんなが心配してくれている。ありがたいことじゃないか。ルンナは素直に感謝できる気持ちになった。
感謝した
ルンナは静かに立ち上がった。
「みんな、ごめんなさい、心配をかけて。あたし…、あれ以来、どうかしてた。本当に何もかも嫌になっちゃって…。いろいろ親切にしてもらっても、何も感じなくて、かえってひがんだりして。本当にごめんなさい。」
ルンナは涙を
「いいさ、お互い様だ。俺だって、レイリアが
イオニは心底、そんな気持ちで言った。自分だったらどうなったか分からない。本当にそう思っていた。
「…実は、まだ、グースの事を考えると涙が出てきちゃうよ。どれほど、寂しくて怖くて悲しい思いをしているかって。マウダは殺しはしないというから、それだけは救いだけど、でも、ちゃんとご飯は食べているかとか、食事を目にするたびにあの子に申し訳なくて、オリやブランだけは守らなくちゃって思って、それなのに、体に力が入らなくて。」
ルンナは涙を拭った。
「だけど、今日、ランバダの決心を聞いて、苦しいのはあたしだけじゃないって、気が付けた。オリもブランもレイリアもランバダも見ていたのに、目の前で攫われてどれだけ傷ついたか、あたしは考えもせずに、本当にひどい事を言った。
レイリア、ランバダ、ごめんね。本当にごめんね。そして、二人とも毎日のように来てくれてありがとう。これからも、オリとブランと遊んでやってくれる?」
二人は
「いいよ、おばさん。ランバダはとおくに行っちゃうけど、あたしがいっしょにあそんであげる。」
レイリアは
「…ランバダは、だめかい?」
ルンナはランバダに言った事を覚えていた。ランバダは誰よりも傷ついたのだ。だから、僕が攫われなくてごめんなさいだなんて、言ったのだ。
よちよち歩きの頃から、何かが他の子供と違う事は分かっていた。だから、余計にセリナとランバダを気にかけてきた。
そして、わざと傷つく言葉を選んで言った。どんな子供か分かっているから。そして、ランバダはきっとルンナを許してくれる。それも分かっていた。
あたしは
「…おばさん、あのね、ぼく、これから、イゴンしょうぐんの所にでしいりするから、いつもはいっしょにあそべないけど、かえってきたら一ばんに会いに行くってやくそくしたんだ。だから、ちゃんとあそびにいくよ。」
イオニはランバダの口を押さえようとしたが間に合わなかった。一回目はルンナも気づいていなかったし、周りに人もいなかった。だが、今は気づいてしまった。
「なんだって、ランバダ。今のは一体、なんて言ったんだい?」
ルンナに言われ、みんなに見つめられて、ランバダはきょとんとした。うっかり口を
「イオニ、あんた、なんか知ってるのかい?」
すっかり、調子を取り戻したルンナはイオニに尋ねた。イオニは汗をかきながら、頭をかいた。勝手に言っていいものやら、分からないが、しかし、こうなった以上は言わないわけにもいかないか…。
「みんな、どうしたの?」
セリナの声に全員が振り返った。
「シャルアンにここにいるって聞いて来たの。」
セリナはルンナの顔を見て、すぐに彼女が元気を取り戻したのが分かった。
「…ルンナ、大丈夫?なんか、元気みたいじゃない?」
「…うん。おかげさまですっかり目が覚めた所なの。ランバダのおかげよ。ところで、あんたの方こそ、大丈夫なの?顔色が悪いわ。もしかして、おめでたなの?さあ、ここに座って。」
ルンナはセリナの顔を見るなり、彼女の
「ところで、セリナ、今、ランバダから聞いたんだけど、イゴン将軍の所に弟子入りするって本当なの?」
ランバダは初めて口を滑らせた事に気が付いてはっとし、セリナを恐る恐る見つめた。イオニも困った顔をしている。大体、
「ごめんなさい、本当の事なの。主人が持ってきた話で、なんだかとんとん
急な話だったし、それに…
セリナは必死に大した事ではないと強調しようとした。もし、ランバダが
「でも、それだけでもすごい事じゃないか。」
誰かが言った。
「子供さんが病弱だから、とろとろしてるランバダがちょうど良かった、それだけの話よ。…お願いだから、黙っててちょうだい。向こうにもお願いされているから、変に
セリナが必死になればなるほど、人々は好奇の目でランバダとセリナを見つめた。初めてここにやって来た時と同じだった。とても、ソリヤが元々住んでいた地区には住めなかった。
だから、花通りに結婚してすぐに引っ越したのだ。花通りでもなぜか、すぐに噂は広まった。
「やっぱり、隠し子でも良家のお坊ちゃまは違うんだな。」
誰かが言った。一瞬にしてその場の空気が固まった。
「誰だい、今の?」
ルンナは低い声を出した。油断するとすぐにこれだ。
「今のはひどすぎるぞ。」
イオニも怒って周りを見渡した。みんな、彼が剣術道場に通っていた事を知っている。彼が本気を出せば太刀打ちできる人はそうはいない。
「ぼくは、かくしごなんかじゃない!ぼくは、かくしごなんかじゃないんだ…!」
全員がはっとした。
「そうだ、その通りだ、ランバダ!」
「よく言ったね、偉いよ、ランバダ。」
イオニとルンナはすかさず、ランバダに同調した。その通りだ、心無い事を軽々しく口に出して。二人は
だが、一方で、セリナは心がえぐられるようだった。ああ、ランバダ、ごめんね。なぜ、本当の事が分かられてしまうの。誰にも何も言っていないのに。
「おばさん、セリナおばさん、大丈夫?たいへんだよ、ルンナおばさん!」
レイリアが大声を出した。セリナが胸と腹のあたりを押さえていた。
「早く、医者を呼んで…!」
ルンナは叫んだ。
結局、ランバダはイゴン将軍の家に行く日、両親に見送ってもらう事はなかった。
ソリヤは仕事を休めず、午前中で仕事を切り上げてきたセリナは、しばらく診療所にいなくてはならなくなった。パーナはそのために診療所に行き、ランバダを見送ったのはルダと何も分かっていない、リーヤとカユリ、向かいのハズン家の三人だけだった。
少し寂しかったが、それでもランバダは元気に迎えの馬車に乗って行った。必ず、ぼくは強くなるんだという固い決意をもって。
実はこの日、花通りではもう一つ事件があった。
六番通りから、レグム家がひっそりと姿を消した。家令のドルチが死んだことも、なぜか大騒ぎになる事なく終わり、ランバダとセリナの事で話が持ち切りの間にレグム家から
いつも門番がいた
二度とレグム家の人々を花通りで見かける事はなかったのである。
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