第49話 事件の黒幕

 集まった面々は、報告された知らせに頭を悩ませていた。

「なんていう事だ。せっかく、七年もの間、色々と手を尽くして来たのに。」

 一人の男がひたいに手を当ててなげいた。

「これで、レグム家からの援助は消えたな。ガルジを殺した時、いろいろと手を回したのはこっちだというのに。

 しかも、嫡子ちゃくしの継いだ財産の半分、三千二百五十スクルが手に入らなくなる。一体、何が原因でこうなった?」

「嫡子が一度、屋敷から逃亡したようです。その時、偶然ぐうぜん、花通りに住んでいた時代の幼なじみと会ったのだと。その幼なじみは国王軍の訓練兵でして。」

 報告を聞いた男は目を丸くした。

「なんという偶然だ。」

「その上、その幼なじみはイゴン将軍の弟子だそうです。」

「何?」

 その報告には、他の面々も身を乗り出した。

「しかも、その弟子の寮長りょうちょうがカルム・イグーだそうです。」

「花通り時代の関係者が勢ぞろいだな。」

「はい。その弟子の友人の一人が、リキ・イナーンでして。イナーン家の長男で間違いないようです。」

「イナーン家の長男が、国王軍の兵士だと?」

「はい。」

 男は思わず、笑い出した。

「それだけではありません。他の友人達が、カートン家の馬車を連れて来たのですが、乗っていたのが、ランゲル・カートン、ムルデ・ボラス、テルサ・モジィだったのです。

 さらに、訓練兵の一人が、嫡子を探しに外に出た使用人の一人を捕らえていました。大義名分があった上、手練れの法律家達がいたので、太刀打ちできなかったようです。」

「何かに導かれたように都合が良かったな。」

「全くだ。だが、そうなげく事でもあるまい。まだ、法律はすぐには執行されないのだ。偽の書類でも、それで法律は執行されている。書き換えるのに時間がかかるのだから、今すぐ動けば、嫡子の財産をうばう事ができよう。」

 もう一人、芝居がかった声の初老の男の声がした。

「それもそうだが、あんなに念入りに書類を偽造したのに、容易たやすく見破られるとは。」

「テルサ・モジィがただ者ではない。書類の偽造などを見抜く専門家だ。」

 もう一人の声が指摘する。

「だが、殺すわけにもいかないな。さすがに王が気がつくだろうし、何よりバムス・レルスリが目ざとく手を打ってくる。」

「レルスリ家はもう、放っておくしかあるまい。なんとかして、金は手に入れたいものだ。折半どころか、七・三ぐらいで欲しいくらいだ。」

「いや、あきらめるのは早いぞ。私が行こうかの。催眠さいみん術をかけて、自殺するようにしむけたらいいだろう。」

「いや、それでは、時間がかかりすぎる。私が行って来よう。」

 金を確実に欲しいと言った男が言った。

「だが、カートン家にいるのだろう。警備が厳しいはずだ。」

「私にできない事があるとでも?私が万一、失敗したら、先ほどの催眠術を施したらいい。」

 それで、とりあえず、面々は納得した。

「ところで、イゴン将軍の弟子だが、一年前、イゴン将軍の暗殺未遂事件があったな。その時から、気になっていたのだが、見事な赤い髪だというではないか。しかも、ニピ族が護衛についている。舞の方の、王族専門の方のニピ族が。」

 男の質問に、自分が行くと言った男が口を開いた。

「間違いない。王族だ。私の予想では、おそらく、セルゲス公の息子だろう。まあ、イゴン将軍の弟子だとそう簡単に、手出しはできんからな。考えたものだ。」

「確かに。ところで、やはり、私も一緒に行った方が良くないかな?もし、失敗したらすぐに私が手を打つ。一度失敗すれば、カートン家に侵入するのは容易ではないからの。

 それに、私が開発した薬の最終段階を確かめたくもあるからな。」

 うっとりと、男は小瓶こびんを持ち上げてみせた。

「まあ、お任せしよう。できるだけ、深く心を傷つけろというあんたの助言で、あの貧相なガキを何度、抱いたと思うんだ。私は女の方が好みなんだが。」

「ふん。その割には結構けっこう、楽しんでおったではないか。そのおかげで、いい薬ができた。

 私はこれまで、媚薬の開発はしたことがなかったが、良い薬に仕上がったぞ。なんせ、十代の少年に何年も投与して、じっくり、薬効効果を直接確かめることができたからのう。

 ランゲルの石頭は、絶対に許さんからな。あと、数人の男女で効果が確かめられたら、売り出せる。まずは妓楼ぎろう、娼館で売れるだろう。そうなれば、資金源の悩みも減って来るだろうて。」

「それについては、ありがたい。」

「それから、この薬だが、もう一つ、面白い薬効があっての。媚薬の方は皮膚から薬効成分を浸透しんとうさせるが、薄めて飲ませれば、幻覚を見る。」

「飲んで大丈夫なのか?」

「もともと、一部の森の子族が先読みをする時に使っていた、薬草で作っておる。彼らも先読みする時は飲んでおる。

 まあ、面白いのはここから。私が他の薬草と調合したこの薬は、幻覚を見るだけでなく、よくしゃべるようになる。聞いた事を色々と。

 つまり、新しい自白剤じゃな。私の勘だが、ニピ族に良く効くはずだ。森の子族とは近い親戚なのだからな。使い方によっては、催眠術をかけるのにも役立つかもしれん。とりあえず、サリカン人のあの子にはよく効いたぞ。」

 男は身を乗り出した。

すごい薬だ。かなり、もうけるのに使えそうだ。」

「まあ、そう慌てなさんな。だから、できればあの子で最終実験をしたかったのだよ。」

「私が失敗すればいいというような口ぶりだな。」

 もう一人の男が機嫌を悪くすると、初老の男はなだめた。

「そうは言っておらん。この展開は誰も予想していなかった。あんたにやって貰わんと私の方法では、時間がかかるのは事実じゃ。目下の所、あの子の財産が手に入らないと、私達は金欠になってしまうからのう。」

「では、行くとしよう。時間がない。」

 初老の男もうなずき立ち上がった。

「お願いしますよ。」

「言われなくても、成功させるつもりだ。」

 二人の男は馬車に乗って、出て行ったのだった。

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