第4章 育ち始めた芽

第18話 憧れの場所

「ああ、やっと入隊できた…!」

 少年が大声で喜びを表現したので、近くにいた別の少年が怪訝けげんそうに尋ねた。

「やっとって、何回、入隊試験を受けた?俺は二回目で合格。」

「あ、俺?一回だよ。一回で合格したけど、一年間、入隊を延期させられたんだ。家の事情でな。」

「ふーん。そんな事もあるんだな。俺はコウ・ホル。お前は?」

「俺はリキ。よろしくな。あ、なんか、りょうの振り分けが始まるみたいだぞ。」

 リキは姓を言わずに誤魔化ごまかした。実際に国王軍の入隊試験の合格者達を指導する、教官が氏名の書かれた紙を持って現れたので、ざわざわしていた合格者達は一斉に黙った。

 今日は合格発表ではない。それはすでに終わっていて、入隊式があった。これから、合格者達は寮で共同生活をしながら、厳しい訓練を受けるのだ。

 教官が名前を呼ばれた者は前に出て整列するように言った。それぞれがどの寮に入るか決められている。全員がそろうと寮長が出てきて、寮に連れて行く事になっている。

 また少し、ざわつきだした。

「おい、知ってるか?」

 ホルがリキをつついた。

「何を?」

「今回、武術試験も筆記試験も、同じ奴が首席で合格したんだって。ランバダ・スルーっていうらしい。」

 リキは目を丸くした。

「へえ、すげえ。一体、どんな奴だよ。体がでかくて筋肉隆々してんのか?」

 ひそひそとリキは聞き返した。

「いやいや、十五歳の誕生日を待って入隊したらしい。なんでも、イゴン将軍の弟子で凄い美形らしいぜ。」

 リキは落胆らくたんした。

「なんだよ、どうせ、コネ使って裏口入隊したんだろ。」

「イゴン将軍はそんな事しないさ。成績は発表されるんだぞ。それに、武術試験だって公開試験じゃないか。不正したら、他の将軍が黙っていないよ。」

 もっともな意見だった。コネを使っての入隊は厳しくなっている。イゴン将軍が厳しくしたのだ。弟子をコネで入れたのが分かったら、どうなるか分かったものではない。

「確かに、そうか。」

 リキが納得した時、ホルの名前が呼ばれて彼は行ってしまった。後は残り二十人ぐらいだ。つまり、リキは最後の寮らしい。

「最後だ。名前を呼ばれたら返事をしろ。最後だから、前に出て来なくていい。」

 教官は言って、次々に名前を呼んでいく。

「リキ・イナーン。」

 残っていた全員が静まりかえった。みんな顔を見合わせている。

「リキ・イナーン。返事をしろ!」

 教官が大声で繰り返した。仕方なく、リキは返事をした。

「はい。」

「声が小さい!聞こえん!」

 聞こえてるから声の大きさが分かるんだろうが、と反論したいのをこらえ、リキはもう一度返事をした。やけっぱちに大声で怒鳴る。周りの合格者達が一斉にリキを振り返った。

「はい!」

 教官はリキをちらっと見ると、続きを始めた。

「次、ランバダ・スルー。」

「はい。」

 腹を立てていたリキも思わず、振り返った。さっき、ホルが言っていた名前だ。他の人もきょろきょろしている。

 品行方正そうな身なりのきちんとした少年である。細身のサリカン人だ。燃える炎のような赤というか朱色の髪をきちんと一つに結び、まっすぐに姿勢よく教官を見ている。その姿にリキは声をあげそうになった。

 一年前に助けた少年だ。間違いない。こんな所で出会うとは思いもしなかった。しかも同じ寮である。

「静かに!」

 教官が怒鳴った。一斉に静まり返る。

「寮長が来たら、彼に説明を受けるように。それまでは待機。以上だ。」

 教官はそれだけ言うと、行ってしまった。教官がいなくなった途端、残った合格者達がざわざわとしだす。中央将軍の弟子とイナーン家の息子がいるというので、うわさになっているのだ。国王軍に入隊する者は少年だけではない。大人も年齢制限以内であれば入隊できる。

 一人の男がランバダに近づいた。

「おい、お前か、中央将軍の弟子って奴は。こんなにきれいな顔して、本当に武術試験に合格したのかよ。おい、お前らもそう思わねえか?」

 男は周りにも意見を求め、数人がげらげら笑った。他の者は黙って成り行きを見ている。リキは腹が立った。綺麗きれいで大人しそうだから、いじめようというのだ。実際に軍にはそぐわないほどの美少年だ。かなり、この場にそぐわず浮いている。男装の美少女だと疑っている者もいるだろうと思う。

「何が言いたいんですか?」

 ランバダは不思議そうに聞き返した。

「分からねえか?お前、中央将軍の弟子なんだろう?」

 男はにやにやした。ランバダは不機嫌そうに眉根を寄せたが、その行為でさえ、美しすぎた。

「僕が不正をして入隊したとでも、言いたいんですか?」

 男はにやにやしている。

「そうじゃなかったら、お前みたいな奴が国王軍に入れるわけねえだろうよ。なあ、そう思うだろ?」

「ああ、思う、思う。」

「絶対、コネだよなー。」

「僕はそんな事をしていません。正真正銘、自分の実力だけで入隊しました。そもそも、師匠が…イゴン将軍が、不正をすると思っている事自体が許せません。」

 自分の師匠を馬鹿にされて、ランバダは怒っている。こいつ、結構、短気かも、とリキは思った。ほおを紅潮させて、本気で怒っているのが分かる。不正なんか絶対にしない、真面目な奴だなとリキは判断した。

「口ではなんとでも言えるさ。本当かどうか実際にやってみないと。おい、俺にかかって来いよ。やってみろって。」

 国王軍で喧嘩けんか御法度ごはっとである。入隊早々、喧嘩なんてありえない話だ。男の行き過ぎた発言にリキは手助けしてやる事にした。

「おい、あんた、それはないんじゃないか。喧嘩は御法度だって分かってるだろ。」

 男はリキをながめまわした。

「お前はイナーン家の坊ちゃんか。余計な口出ししてんじゃねえよ。」

「口出してんのは、あんただろう。年下の奴ににらみきかして小山の大将やりたいのか。自分には名前にはくがつくものも何もないから、いじけてるって丸わかりじゃねえか。器のちっちぇえ野郎だな。」

 リキの言葉に周りが失笑した。男は顔を真っ赤にしたが言い返さなかった。それくらい、イナーン家の名前は恐れられている。

「あんな奴、いちいちまともに相手なんかしてられねえぞ。」

 リキはランバダに言った。ランバダは目を丸くしていたが、リキに頭を下げた。

「ありがとうござ…。」

 リキは思わずランバダの頭をはたいた。びっくりした顔のランバダと目が合う。思わず見とれてしまいそうになるので、慌てて目をそらした。

「馬鹿野郎、いちいち、頭下げてんじゃねえよ。そんな事をしてたら、馬鹿にされておしまいなんだよ、分からねえのか。」

 ランバダはおっとりと首をかしげた。リキは内心、かなり青ざめた。国王軍の中では浮きすぎている。

 ゆっくり貴族の坊ちゃん達と、優雅ゆうが遊興ゆうきょうしていた方がはるかにましではないのか。イゴン将軍はどんな教育をしてきたんだろう。

「…分かんないのか。」

 リキのつぶやきにランバダは頷いた。

「どういう意味ですか?礼儀正しく秩序ちつじょを守って生活するようにと、師匠には言われてきました。親切にしてくれた人にお礼を言ったらいけないんですか?」

 リキは頭をかかえた。

「確かにその通りだけど…。ちょっと、意味が違うんだよ!」

 リキは話題を変える事にした。

「それより、お前、一年前にも会ったよな。」

 すると、ランバダはきょとんと首を傾げた。

「一年前、ですか?僕、あなたとは今日、初めて会いましたけど。」

 リキは耳を疑った。

うそだ、俺はお前と会ったぞ。うちの馬車に乗せてくれって、乗り込んできたじゃないか。マウダにさらわれて逃げてきただろう。」

 ランバダは目を丸くした。

「僕が、マウダに攫われて逃げてきた?そんな訳ありません。僕、一度もマウダに攫われた事なんてありません。」

 リキは腹が立ってきた。

「いいや、間違いなくお前だ。俺はこの目でしっかり見た。お前を見間違う訳がない。」

 しかし、ランバダはますます怪訝けげんそうな顔をしている。

「僕じゃない。きっと人違いです。」

「いいや、お前だって。絶対、絶対、間違いない…!そもそも、お前のせいで、俺は一年間、入隊を延期させられたんだからな!

 うちの馬車には乗ってないって言ったその日に、お前を助ける為に馬車に乗って、そのせいで親父と交流があると思われてえらい目にあったんだよ!」

「そんな事を言われても、僕じゃないから、困ります。僕じゃありません。」

 リキはぶち切れた。

「ああ、なんだと!まだ、しらばっくれる気か!」

 喧嘩だというので、みんな周りに集まっていた。

「そんな、怒られても、僕じゃないものは僕じゃない…!」

 ランバダは本当に途方に暮れて、リキに言い返した。実際にランバダじゃないのだから、いろいろ言われてもどうしようもない。

「ふざけんな!」

 リキはとうとうランバダの襟首えりくびつかんだ。その時、周りに集まっていた輪が、急に整列して気をつけの姿勢をとった事にリキは気付かなかった。

 ランバダは困った顔で、リキの腕を離そうと試みたが、リキはぎゅうぎゅう服をにぎりしめている。

「ふうん、入隊そうそう、喧嘩かい?」

 いきなり、真上から声をかけられて、リキはぎょっとした。少し振り返ると自分より背の高い人が立っている。制服からして寮長だ。

 リキはあわててランバダの服から手を離し、正面を向いて気をつけの姿勢をとった。

「君がリキ・イナーンか。君が一年間、入隊を延期させられたのは、君の実家のせいさ。彼のせいじゃない。」

 寮長は言って、リキの肩をぽんぽんと叩いた。優しげな面立ちの青年である。中には寮長の顔を見て、馬鹿にした顔をしている者もいた。だが、それは名前を聞いた瞬間しゅんかんに消え去る事になる。

 寮長は全員を見回して、にっこりした。

「全員そろっているようだね。問題児ばかり集めたって言うから、君達の言動を確認させてもらったよ。初めまして。僕は五番寮の寮長のカルム・イグーだ。よろしく。」

「よろしくお願いします。」

 全員が礼をした。カルム・イグーの名を国王軍で、知らない者はいない。エルアヴオ流の天才剣士が国王軍に入隊した。

 それだけで、大騒ぎだったが彼はさらに話題を作った。国王軍の演習の模擬戦で人を殺してしまったのだ。それも二年続けて。

 それまでにも事故で人が死ぬことはあった。だが、イグーは剣を持っていて、それで明らかに切ってしまった。模擬戦なので剣の刃をつぶしてあったが、彼の腕では意味がなかった。一年目は事故という事で処理された。

 二年目は模擬戦なのに、イグーには武器を持たせなかった。それなのに、三人も死んだ。武器を持っていないので、何人かでよってたかってやっつければいいだろうと考えたらしいのだが、返りちにあったのだ。

 「みんなで一斉にかかってくるから、手加減てかげんできなかった。」というイグーの言い分に、誰もが納得せざるを得ない状況だった。普段は真面目なので一週間の謹慎きんしん処分で終わった。

 それ以来、たとえ武器を持っていなくてもカルム・イグーにはかかって行くな、という通達が出され、国王軍の中でイグーの名前は有名になった。国王軍に入隊したい者はみな、イグーの名前を知っている。

 だから、さすがのリキもイグーが寮長と聞いてかなり緊張した。全体にかなり緊張が走っている。

 だが、そんな中、一人だけにこにこしているのがいた。ランバダが一人だけ嬉しそうにしているので、リキはぎょっとした。もしかしたら、イゴン将軍の関係で知り合いなのかもしれない。

「では、寮に案内しよう。みんな、ついてきたまえ。」

 イグーが言うとふんわりとした雰囲気になる。

「なんだ、恰好かっこうつけやがって。」

 ランバダにいちゃもんをつけていた男が呟く。

 寮の玄関をくぐると、広場になっている。各部屋の代表者が集まっていた。新人から入隊して七年になる先輩まで、一つの部屋に寝泊まりするようになっている。先輩だけの部屋や新人だけの部屋ができないようになっているのだ。

「寮長、おはようございます。」

 イグーが姿を見せるなり、各部屋の代表者達はびしっと並んで挨拶した。その緊張感に新人達は驚いた。

「みんな、おはよう。僕が彼らの様子をみて、どの部屋に入れるか少し考えてきた。」

 イグーは何人かに誰をどの部屋にするか指示した。各部屋に新人を二人ずつ連れて行くようだ。

「では、新入隊したみんな、名前を呼ばれたら前に出て挨拶をして、先輩についていくように。彼らが各部屋に案内してくれる。十時のかねが鳴るまでは、荷物を整理したり先輩達となれておくといい。ただし、十時の鐘が鳴ったら訓練が始まるから、それまでに訓練着に着替えておくように。十時の鐘が鳴ったらこの広場に集合だ。」

「はい。」

 大抵たいていが返事を返したが、ランバダにいろいろ言って文句を言っている男と数名の態度が悪い。

「声が小さい!もう一度!」

 部屋の代表者の一人が、するどにらみながら怒鳴った。

「はい!」

 名前が呼ばれていく。もたついたら、さっさと出てこい、と怒鳴られている。

「ブイ・ルズド。ブイ・ルズド!」

「はい。」

 態度の悪い男が名前を呼ばれた。

「ルメ・ビース!」

 もう一人、ルズドがランバダにいちゃもんをつけた時、笑っていた男の名前が呼ばれた。

「お前達は俺の部屋だ。」

 鋭く睨みをきかせている先輩は言った。

「あんた、誰だよ。」

 先輩でも年下だと判断したのか、ふてぶてしくも、ルズドは言った。

 歩き出そうとしていた先輩が立ち止り、上半身だけ振り返った。

「俺か。俺はコーズ=コー・ジューム・リタだ。」

 森の子族だ。彼らはほとんど街に住む人々と交流せず、自分達の暮らしを守って生きている。

 だが、街に出てくる一族もあった。コーズ=コーの一族もそうだ。先祖がコニュータやサプリュを造る時に協力した子孫である。

 森の子族の中で最も好戦的と言われている、リタ族だ。今でもほとんどのリタ族は、リタの森に住み、街に住む人々に姿を見せずに暮らしている。

「ついて来い。」

 コーズ=コーはぎん、とルズドとルメを睨みつけて歩き出した。さすがのルズドとルメも、コーの後を黙ってついて行く。

 他にもどんどん名前は呼ばれ、とうとうリキとランバダだけが残った。部屋に連れて行ってくれる先輩もいない。寮長のイグーだけが立っていた。

「じゃあ、行こうか。」

 イグーは言った。リキは焦った。うわさには尾ひれがついているものである。噂ではイグーは突然、ブチ切れて側にいると斬り殺されると言われていた。

「あのう、質問してもいいですか。」

 今まで黙っていたランバダが発言した。

「うん、いいよ。」

 イグーは歩きながら答える。ランバダも歩きながら質問する。仕方なくリキもついて行く。

「寮長が、僕達が生活する部屋の監督かんとくもされるという事ですか?」

「いいや、部屋の監督者は別にいる。ただ、彼は今、足を怪我けがしていてね。コーの兄のギーなんだけど、しばらく医務室での生活だから僕が代わりに来たんだ。」

「つまり、寮長がしばらくギーさんの代わりもされるという事ですね。」

 イグーは足を止めてにっこりした。

「そういう事だ。それにしても、僕は嬉しいよ。ちゃんと言っていた通り、国王軍に入隊したね。有言実行じゃないか。」

 ランバダは照れたように笑った。

「あんなに小っちゃかったのに。抱っこして歩いたのを昨日のように覚えているよ。」

 リキは話を聞いていて納得した。ランバダがイグーを見てにこにこしていた理由が分かった。幼い時からの知り合いだったのだ。

「人見知りだったね。それが首席で国王軍に入ったんだから、よく頑張った。だけど、君に対する風当たりは強いから、覚悟しておいた方がいいよ。

 それは君、リキも同じだ。リキの場合は、実家の事で、最初から何かやらかすと思われているから、言動には気を付けるように。やってもいない事でやったと言われるかもしれないし。僕もいろいろあったからね。」

 イグーはにっこりした。

「じゃ、二人とも早く準備した方がいいかな。廊下を左折して、一番奥の部屋だ。鐘が鳴って遅刻したら大変だからね。」

「失礼します。」

 二人は言って、行こうとしたが、

「あ、リキだけいいかな。話があるんだ。」

 とリキだけ引き留められた。ランバダは会釈して先に廊下を曲がっていった。イグーはリキを連れてさらに壁際に寄った。

「なんでしょうか。」

 リキはこわごわ尋ねた。

「君、さっきランバダを一年前に助けたと言い張っていたね。でも、ランバダは違うと言った。君は間違えるはずがないと主張した。だけど、ランバダは嘘は言わない。そこで、ちょっと言っておきたい事があるんだ。この話が噂になったら、君がばらした事になる。」

 イグーは言ってリキの高さにかがんだ。しっかり聞かれていて、リキはその事で何か叱られるのかと身構えた。イグーはひそひそと小声で話した。

「実は、ランバダには双子の兄弟がいるらしいんだ。生まれて間もなく、事情があって生き別れたようだ。君はたぶん、その双子の兄弟の方を助けたんじゃないかな。故郷の花通りでは噂になっているけど、国王軍の中では誰も知らないはずだからね。

 それと、マウダの話だけど、ランバダの前でその話をすると、彼はたぶん不機嫌になると思うよ。彼が子供の頃、目の前で友達がマウダに攫われているからね。それで国王軍に入ると決めたんだよ、彼は。」

 リキはイグーの話に驚いた。順調に国王軍になんの苦労もなく入隊したんだろうと思っていたランバダが、結構、大変な経験をしていたという事と、その話を知っていて話したイグーの両方にである。

「なんで俺にそんな話をするんですか?」

 リキの当然の疑問にイグーは微笑びしょうした。柔らかい雰囲気の人で、本当に荒っぽいと言われている、エルアヴオ流の天才剣士なのかと思ってしまう。

「ランバダをみて思わなかったかい?世の中にこんな美少年がいるのかと。しかも、イゴン将軍の弟子ときている。普通にしているだけで妬みを買ってしまう。

 僕の目の届く所では僕が何かと助けてやれるけど、いつもそうとは限らない。だから、彼を助けてやってくれ。頼むよ。」

 リキは目を丸くした。

「な、なんで俺がそんな事を?」

「君はいじめが嫌いだろう?だから、君に頼むんだ。じゃ、僕はこれから寮長達の会議があるから、行くよ。君は訓練に遅れないようにね。」

 イグーは一方的に言って行ってしまった。リキは仕方なく角を曲がって廊下を歩き、これから生活する部屋に向かった。すると、ランバダがそこに立って待っていた。

「お前、俺を待っていたのか?」

「うん。どうせだったら、一緒に行った方がいいだろう。」

 ランバダは言って部屋の扉を叩いた。

「失礼します。今日からお世話になります、新入隊員のランバダ・スルーとリキ・イナーンです。」

 ランバダが声をかけると、扉が開いて日焼けした少年が出てきた。

「入れ。」

 二人は頭を下げて入室した。三段ベッドが五つ並び、壁には板を長くつけただけの机があった。そこには椅子が六脚並んでいたが、全員がそこで勉強はできない。机の上や椅子の上に服やなんかが乗っていた。

 ベッドとベッドの隙間で訓練兵達は着替えていた。荷物は一人一つ大きな木箱が与えられ、その中にしまう事になっている。

 二人は人と物の隙間から見える先輩達に挨拶をした。本当に着替えて寝泊まりするだけの部屋だ。

「お前達は一番奥だ。木箱はベッドの下にある。二人の寝る所はその上二つだ。」

 説明を受けたが、その二段目には物が山と積まれていた。

「あの、荷物がありますが…、どうしたらいいんですか?」

 ランバダが尋ねると、教えてくれた少年は頭をいた。

「ヒーミ先輩、どうしますか?たぶん、ギーさんの物が乗ってますけど。」

 ヒーミは三列目の上段から見下ろした。

「ああ、そうだな。適当に寄せたらあいつ、怒るよな。医務室暮らしのくせに、めんどうだな。おい、セイル、その新米二人はでかいのか?」

 セイルと呼ばれた少年は、ランバダとリキを眺めた。

「そうですね、一人は細身で小柄、もう一人は少々小太りですが背はあまり高くありません。」

 すると、セイルの返事を聞いたヒーミはとんでもない事を言った。

「分かった。新米二人、二人で一つ使っておけ。まだ、そんなにでかくないし、なんとかなるだろう。

 セイル、後でギーの所に二人を連れて行って、挨拶あいさつして一緒に片づけてやれ。新米二人じゃ訓練だけでいっぱいいっぱいだろう。おい、新米二人、早く着替えろ。訓練着は木箱の中に入ってる。セイル、教えてやれ。」

 二人で一つに寝ないといけないのかと驚いたが、そんな事に驚いているひまはなかった。

 セイルにせかされて、ランバダとリキは大急ぎで訓練着に着替えた。

 リキは自分の服を一番上の段に放り投げた。ランバダは丁寧に畳もうとしている。先輩達は出て行こうとしていた。ついていかなくては遅刻する。

「おい、畳んでいる暇はない。放っておけばいいんだよ。」

 リキはランバダの手から服をむしり取ると、放り投げた。

「おい、早く行くぞ。」

 リキはランバダをせかすと一緒に急いで部屋を出た。廊下はあちこちの部屋から訓練のために出てきた兵士がぞろぞろいた。

 外に出て行くとそれぞれに訓練に向かって行き、入隊したばかりの訓練兵だけが広場に集まっていた。

 やがて鐘が鳴った。鐘が鳴ってから慌てて出て来る者も数名いた。

 だが、教官は出て来ない。みんな不安そうに顔を見合わせた。

 その時、ルズドとルメを引きずったコーが現れた。二人とも青ざめた顔をしている。

「訓練初日から怠けるとは、とんでもない事を考えたな。なんのために入隊したのか、ただ飯食うためだったら、残れないぞ!」

 コーは二人を並ばせた。ルズドとルメは素直に従った。少しの時間に何があったかは分からないが、他の者は顔を見合わせた。

「全員いるか?」

 少し遅れて訓練着を来たイグーが現れた。

「まだ、点呼てんこをとっていません。」

「分かった。コーは訓練に行っていい。」

 コーは一礼して去って行った。

「さて、みんな不思議そうな顔をしているね。実は、今日、本当は君たちの訓練はないんだ。だけど、自主訓練は寮長の裁量でできる。君達の様子を見ていたら、きちんと訓練した方がよさそうだからね。」

 イグーは嬉しそうに木刀を振った。

「さあ、走ろうか。足腰をきたえるのが基本だからね。はい、よーい、どん。」

 イグーのけ声に、ランバダが最初に走り出した。おっとりしていたランバダに先を越され、リキは慌てて後を追う。他の者達も走り出した。

「さあ、走って、走って。今日はこの広場をぐるぐる回るだけにしておこうか。さあ、遅いよ、君、もっと必死に走らないと。僕の木刀が振られる前に走るんだ。」

 優しいが木刀を振り回しながら言われるので、訓練兵たちは必死に走った。

 結局、イグーは一時間走らせた。その中で最後まで走ったのは、ランバダと数名だけだった。広場は結構広い。その上、イグーがそれなりの速度で走らせる。ついて行くのは厳しかった。リキはランバダに負けたくなかったので、なんとか付いて行った。

 リキは地面に手をついて大きく息をしながら、両ひざに手をついて息をしているランバダの姿を見上げた。

 おっとりしているから忘れていたが、武術試験を首席で通った強者である。武術試験には体力試験も含まれている。持久走もあった。

 首席で通るには全体的になんでも、五位以上で通過し、ほとんどを一位から三位以内の成績で修めないと全体の一位になれない。

 ぽこんと一つ悪くても最低五位くらいにいないと、首席になるのは難しい。国王軍の入隊試験は競争率が激しかった。

「さて、みんな、今日の自主練習はこれくらいにしておこうか。玄関を入ってすぐの壁に時間割を張り出してあるから、それを見ておくように。

 ちなみに起床は朝の六時だ。練習の終わる時間は夕方の五時。

 洗濯は二日に一回、各部屋の順番が回ってくる。洗濯の係りの人はおばさん達と一緒に、夕方五時以降の空いた時間に洗濯する事。

 一週間に一回、炊事係りが回ってくる。順番が回ってきたら、炊事のおばさん達を手伝うように。朝食は朝の七時。月に一遍は炊事のおばさんが夕食を作らない日があるので、その日に当たったら夕食を部屋の全員分を作る事。夕食の時間は六時半だ。

 風呂場の掃除は洗濯と炊事以外の人が、各部屋四人ずつ出して行う。

 まあ、これくらいかな。聞いて分かったと思うけど、生活の事については各部屋ごとになんでも回ってくる。

 夕方五時以降は当番がない人は、基本的に自由時間だ。だけど、消灯は十時だから、それまでに課題なんかをしないといけない。基本的に勉強は図書館でするように。寮に図書館はないから、消灯までに戻って来ないと入れなくなるよ。

 当番を一人の人がずっとするっていうのは許されない。必ず順番に行うように。それができなかったら、君達が言わなくてもおばさん達から連絡が入るから。

 他に何かあったかな。まあ、これくらいかな。それじゃ、今日はみんなゆっくり休んでいいよ。こんなに楽な日は入隊して最初で最後だろうからね。」

 イグーの説明が終わり、みんなそれぞれに部屋に帰って行く。

 歩き出したランバダにリキは声をかけた。

「お前、本当に首席で入ったんだな。今日の持久走だけで分かったよ。イゴン将軍にしごかれたのか?」

「…うん、しごかれたというか、訓練は厳しかったよ。だけど、優しい人なんだ。」

「ふうん。実は俺、お前の事、ちょっと馬鹿にしてたんだ。のんきな所があるからさ。見なおしたよ、お前の事。

 俺はリキ・イナーンだ。分かると思うけど、俺の親父はイナーン家の親分さ。お袋はそれが嫌で別居してる。俺はお袋と祖父ちゃん祖母ちゃんと弟二人と暮らしてんだ。だから、家は結構普通なんだぜ。これからよろしくな。」

 ランバダはそれは嬉しそうに、にっこりした。

「僕はランバダ・スルー。よろしく。友達ができて嬉しいよ。」

「そうか。じゃ、これからは互いに名前で呼ぼう。俺はお前の事をランバダって呼ぶから、お前は俺の事をリキって呼べ。」

「うん、分かった、そうするよ、リキ。」

 嬉しそうに笑うランバダに見とれそうになり、リキは慌てて目をそらした。

(俺、何やってんだろうな。女でもないのに、どきどきしてくる。)

 そして、突然、イグーがランバダの事を頼むと言った意味が分かった。

 男だけの世界で、こんなにも美しい少年がいたら、とても危ない。顔がいいから男でもいい、という輩が出て来る可能性がある。いや、間違いなく現れる。力づくで征服しようとするやからが。

「…そういう意味か!」

 一人呟くリキにランバダが不思議そうに尋ねる。

「どうしたの、リキ?」

 リキはランバダを振り返った。

「まずは、言葉遣いだ…!」

「え?」

「いいから、ついてこい。」

 きょとんとするランバダを引きつれて、リキは物陰ものかげに移動した。そして、少しでも強そうな男に感じられるように、訓練を開始した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る