第2話 双子の兄弟・ランウルグ
茶色の
彼の名前はブルエ。護衛すべき
一瞬、焦ったがすぐにどこにいるか分かった。上手く
「若様ー、若様、どちらに行かれましたか?」
と探すふりをする。
「しーっ。」
草むらの中から、ごそごそと子供が
「若様、何を…。」
「しずかに、ブルエ、しずかにして。ほら、せっかく、うさぎがあなから出てきたのに、もどってしまったじゃないか。」
炎のように真っ赤な髪を、後ろで一つに結んだ子供は、人形のように整って愛らしい顔つきをしている。子供らしく
「申し訳ありません、若様。ですが、私の側を決して離れないとお約束しましたね。急にいなくなるとだめだと、あれほど申し上げましたのに。」
侍従で護衛のブルエに反論され、ランウルグはう、と言葉に詰まった。
「た、たしかにやくそくはしたけど…ごめんなさい。うさぎがきゅうに出てきたから、あなをたしかめたかったんだ。」
「うーん。仕方ありませんね。今度から私に言って下さい。一緒に確かめましょう。私も子供の頃は、外で遊んでばかりでしたからね。」
上目遣いにブルエを見ていたランウルグは、喜んで飛び跳ねた。
その様子をにこにこしながら見ていたブルエは、自然に近づきながら子供の手を取り、さっと抱きかかえて地面に転がった。
今までいた所に矢が突き刺さった。
ランウルグは息を呑んだが、
ブルエはランウルグを抱えたまま、様子を
「若様、このままそっと
ブルエは音もなく、剣を抜いて右手に持つと、しっかりと
そして、前から目をつけていた、栗の大木の根本に、動物が空けた大きな穴の前に来た。中に毒虫や蛇など何もいないのを確認し、そこにランウルグを押し込む。
「ちょっと、
「やしきにはもどらないの?」
「様子をみてからにしましょう。」
ブルエの言葉にランウルグは素直に
ブルエはじっと耳をそばだてて、辺りの様子を窺った。屋敷の方から、犬の激しい吠え声が聞こえる。屋敷の方でも騒ぎになっているようで、大声で怒鳴る声もした。
地面から人が歩き、走り回っている振動が伝わってくる。
ガサガサと近くの草むらが大きく揺れる。ブルエは獣のように、人の気配を正確に感じ取っていた。一人が先に歩き、もう一人が追いついた。
ブルエは息を殺し、出て来た瞬間に斬り伏せようと身構えた。
「どうだった?」
「だめだ、失敗した。護衛に気づかれた。今、二人を探している所だ。」
後から来た者が、先を歩く者に尋ねた。
「屋敷の方も失敗した。女中でさえも剣を扱う。どうする?」
「退却だ。そっちはお前に任せる。」
「お前は?」
「やる事がある。先に行け。」
「分かった。」
彼らは合図の口笛を短く吹いた。
やがて、足音がガサガサと草をかき分けながら、遠ざかって行き、かわりに多くの人々の走る音が近づいてきた。
「若様、若様ー、ブルエ、どこだ?」
二人を探す聞き慣れた声がしてきて、ランウルグは大きく息を吐いた。
ブルエはしばらく辺りの様子を
「いったん、出ましょう。」
ブルエはランウルグを穴の中から引っ張り出した。彼は土だらけになったが、文句一つ言わなかった。命が助かっただけでも良かったと思っている。
以前の護衛は二人とも自分を守るために、腕にランウルグを抱いたまま死んだ。
だから、今日は何もなかった。無事だった。それだけで良かった。
まだ、幼い少年は、若い青年剣士の左手をそっと握った。
右手に抜身の剣を握ったままのブルエが振り返り、目が合うとわざとにっこりしてみせた。自分は大丈夫だと分かってもらえるように。
ブルエの厳しい山猫のような目が、一瞬、和らいで優しくなった。彼に任せておけば大丈夫。そんな安心感があった。
他の子供達はブルエを怖がるが、ランウルグにはそんな気持ちは全くない。
どんな状況になろうとも、必ず守ってくれる。
ギィィン
ブルエが剣をふるった。草むらにまだ潜んでいた、刺客の剣を弾いたのだ。
それと同時に、草むらから一頭の犬が飛び出してくる。犬が刺客の腕に
ブルエは剣をふるった勢いのまま、自然な動きで犬に気を取られた相手の間合いに入り、剣の柄で殴り倒した。
殺せば誰の手の者か分からなくなる。まだ、七歳だったが、年中刺客に追われてばかりだから、分かるようになってしまった。
グサッ
刺客の剣が地面に突き刺さった。均衡の取れた良い剣のようだ。普通の剣なら、大抵、ブルエに弾き飛ばされた後、地面に落ちるだけで突き刺さる事はない。
本当に一瞬の出来事だったが、ランウルグは落ち着いていた。
ブルエが剣を弾いた音を聞きつけて、多くの味方がぞろぞろと駆け寄って来た。ぐるりと三人を取り囲む。
ブルエが殴り倒した刺客は、あっという間に縛られて連れていかれる。
ランウルグはブルエから手を放し、剣の元に駆け寄った。
かろうじて、剣の長さよりランウルグの方が背が高い。柄に手をかけるが、上手く地面から引き抜けなかった。
思った以上に、剣は地面に深く刺さっていた。
周りの大人達は何も言わずに見守っている。危ない時は、ブルエが対処すると分かっているからだ。
ランウルグは体勢を崩し、想像以上に重たかった剣の重みで後ろによろめいたが、地面には倒れなかった。
ブルエが支えたのだ。剣の柄を真上から左手で押さえ、右の大きな
「ありがとう。ほら、ねえ、ブルエ、この剣、いい剣だよ。」
「その通りです、若様。ですから、そのまま倒れれば若様の腕もざっくり切れていましたよ。
大変、良い刀工の手の物です。おそらく、一点ものでしょう。柄の作りも良く、手になじみやすい。しっかりしている上に、柄頭の飾り石も
ブルエの説明にランウルグは
「ね、ブルエ、そしたらこの剣を調べれば、だれが作ってだれにわたしたか、分かるんじゃない?さっきのしかくが自分で買ったとは、思えないもん。」
ブルエはにっこりした。周りの者達も内心では舌を巻き、同時に誇りに思い、将来を楽しみに思う。成長したらどれほど賢くなるのかと。仕える側も主君が賢い方が嬉しい。
「その通りです、若様。ですから、しばらく預かりますよ。」
ブルエの言葉にランウルグは素直に従った。周りの者達も安心する。実はランウルグは賢い分、
それが、ほとんど無表情の、誰もが一目見るなり一歩下がってしまうような、普通の子供ならば誰も寄り付かない、護衛剣士のブルエに
ブルエもランウルグに対しては優しい表情を見せ、ランウルグを上手に扱う。
だからといって、ブルエがランウルグを子供扱いしているわけでもない。説明すべき事はきちんと説明する。ランウルグもそれで納得するのだ。
ブルエがランウルグの護衛剣士になってまだ三年目だが、すでに二人の間には主従関係が出来上がっており、そして、兄弟のような絆で結ばれていた。
「若様、ご無事でしたか。では、屋敷にお戻り下さい。」
執事のモルサがやってきた。彼がやってきたという事は、屋敷の中も落ち着いたという事である。
「うん、分かった。みんなは大丈夫?だれもけがしなかった?」
ランウルグの質問にモルサはにっこりした。
「はい、大丈夫ですよ。犬達も元気で落ち着いています。」
確かに二頭の番犬も落ち着いていた。近くに何かがいる様子はない。
「よかった。だれもけがしなくて。じゃ、かえろう。」
ランウルグはブルエと手をつなぐと、嬉しそうに歩き出した。他の者達もぐるっと取り囲んで護衛する。
ランウルグはそれで良しとした。本当は護衛なんかいらない。普通に他の子供達と遊びたかった。
刺客なんか来なければいいのに。そしたら、ブルエも国王軍に入れるのに。自分みたいな子供の護衛なんかしなくて済むのにな。
鬼ごっこをしたりかけっこをしたり、かくれんぼをしたりそんな風に、命の心配なんかせずに遊んでみたかった。
それでも、ランウルグは一言も文句を言わなかった。
言えば彼らを困らすだけだと知っているから。護衛付きでも、外に出させてもらえるだけましなのだから。
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