第46話 意外な人の協力

 ランバダとホルは、傷ついてゆっくりしか歩けないエイグの歩みに合わせて、裏門に向かっていた。エイグは触られるのを嫌がったので、背負う事もできなかったのだ。

 もう、ランバダはエイグの権利を取り返そうと主張しなかった。物凄ものすごくあまい考えだったと思い知らされていた。

 エイグが受けていた虐待は、ランバダの想像を超えていた。本当は泣きたいのをこらえていた。それでも、自分の考えが間違っていたとは思わない。エイグを助けなければならないという事は確信していた。

 人の走って来る音がして、三人は身構みがまえた。案の定、使用人達だ。

「いたぞ!…なんだ、お前らは!」

 使用人達は、エイグだけではなく、国王軍の制服を着ているランバダとホルの姿も発見して、困惑こんわくした声を上げた。国王軍の兵士には警察権がある。抵抗ていこうすれば、牢屋ろうやに入れられるのは使用人達なのだ。

 じりじりと、使用人達が三人を取り囲む。

「坊ちゃん、だけを取り返せ…!」

 誰かが言った。

「国王軍の兵士には、手を出すなよ!」

 使用人達は、ランバダとホルに手を出さない方針にしたらしい。だが、それはランバダとホルがエイグを守りやすいということでもある。エイグのそばを離れさえしなければいいのだ。

 陽動ようどう作戦には乗らず、エイグの側にずっといればいい。忍耐んたい勝負であるのが難点なんてんだが、確実に一人ずつ仕留めて行けば勝てる見込みである。

 その時だった。小屋の屋根の上に黒い大きな影が見えた。タ、タ、タ、という軽い足音と共にピーッ、というするどい笛の音が鳴りひびいた。

 ランバダの側に着地したのは、ミンスだった。ランバダは思いがけない人物に会い、目を丸くした。

「…ミ、ミンスさん!もしかして、ランゲル先生もいらっしゃるのですか?!」

 ミンスはランバダに、にっこりしてうなずいた。

「そうですよ。」

 ランバダがおどろいて口走った言葉は、使用人達の他にホルとエイグも驚かせた。

「…ランゲルって、ランゲル・カートンか?宮廷医の?」

 ざわついている使用人達の前に、ミンスが鉄扇てっせんを出して見せた。

「もちろん、本物のランゲル・カートン医師です。そして、私はニピ族のミンスです。」

 使用人達は茫然ぼうぜんとして、戦意を失った。国王軍の少年兵達だけでも荷が重かったのに、本物のニピ族相手に何ができよう。

「あなたが、エイグ・レグム殿ですか?」

 目を丸くして固まっているエイグは、こくん、と小さく頷いた。

「分かりました。ランバダ君、他にカルム殿と友人たちが来ています。さっき、居場所を知らせたので、もうじきここに来るでしょう。」

 ランバダとホルは顔を見合わせた。何がどう転んで、こんなに都合よく物事が運んでいるのだろう。

 ミンスはエイグの様子を見て取った。

「申し訳ありません。歩くのは辛いでしょうから、私がお連れさせて頂きます。」

 ミンスはエイグをそっと抱きかかえ、歩き出した。その後、すぐにイグーとリキ達四人がやってきて、イグーがランバダとホルに事の経緯けいいを教えてくれた。


 その頃、残ったランゲル達一行は、思わぬ人物に会っていた。タリアである。家令のマルザをがらせ、ジャビスに知らせないよう厳命げんめいした。そして、自分自ら先導せんどうして、中庭で立ち止まったのである。

「なぜ、このような所で、立ち止まられたのですか?てっきり、応接室に案内して頂けるのかと。」

 テルサが皮肉を込めてたずねた。

「…応接室には、ご案内できません。あそこには鉄格子があり、一度入って扉を閉めてしまうと、主人の持っているかぎでしか開閉できません。お客様方は主人の言いなりになるしかなくなるのです。」

 にこりともせずに、タリアは答えた。栗色の美しい髪をいあげ、くしとかんざしでまとめていた。その上から、レースの布をふんわりとかけており、優雅ゆうがよそおいだ。衣服も絹をたっぷり使った上質な物で、彼女に大変似合っていた。

「ちゃんと、来れるのですか?」

 ちらりと向こう側を見て、タリアが尋ねた。

「ミンスなら大丈夫です。ニピ族なのですから。」

 ランゲルが答えて間もなく、ニピ族の本領ほんりょう発揮はっきするまでもなく、マルザが案内してきた。主人が最後の一手で負けたという事を悟ったからである。全てが明らかになってしまえば、自分達に勝ち目はなく、巻き添えになって罪を問われるのをけたかったので、協力することにしたのだ。

 リキ達に捕まっている使用人の男、ラベスをちらりと見たが、何も言わずに立ち去ろうとした。

「お待ち。」

 タリアが止めた。

「お前も来るのよ。主人が何をしていたのか、わたくしよりも、お前の方がよく知っているでしょう。お客様方をお手伝いしなさい。」

「…しかし。」

 マルザは言いかけたが、氷のような冷たい目線をタリアに向けられて、「承知致しました。」と答えた。

 タリアはまた、歩き出そうとしたが、ふいに振り返った。

「歩けないの?」

 唐突とうとつな質問に誰もが戸惑とまどったが、何を問われたのか、最初に気がついたホルが答えた。

「はい。あちこちに怪我をしており、立つのがやっとの状態です。歩くのも苦しそうでした。」

 少々、その語調が怒りで強くなってしまったのは、タリアの容姿がエイグそっくりで、虐待を止めようとしない母親だと分かったからだった。

「……そう。馬鹿な子。早く逃げないから。」

 ホルの説明の間、ミンスに抱かれたエイグを見つめていたタリアだったが、背を向けてそんな事を言うと、歩き出した。彼女の態度と言葉に呆気あっけに取られて、立ち止まったままの客人達を振り返り、

「早く来てください。こちらです。」

 とうながした。

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