第21話 王の真意



 グイニスは軟禁なんきんされていた。

 部屋の作りはかなり豪勢ごうせいであり、何不自由なく暮らせる。しかし、窓の外には洒落しゃれ鉄格子てつごうしが、しっかりとはまっている。

 中庭もある。だが、中庭とは名ばかりでつるつるの高い壁がそびえ立ち、はるか上の四角い穴から太陽の光が差し込んでいた。まるで、れた井戸の底にでも閉じ込められたようだ。

 どんなに叫んでも外には決して聞こえない。それは、ここが王宮の一角であることを忘れさせてしまうほど、王宮の一番真ん中にあるのに、隔絶かくぜつされた世界だった。

 人の気配が全くない。二階に上がっても、屋上庭園しか窓の外には見いだせない。

 時折、屋上庭園の手入れをする園丁えんていの姿を見る事はあるが、耳の聞こえない者をやとっているので、何を言っても意味がない。

 この一角は五代前の王が、気がふれた王妃のために作った場所だ。王妃を追放する動きもあったが、王が強引に城の大改修を行い、ついでにこの一角を作り、王妃をここに閉じ込めた。

 本当に王妃は気がふれたのか。違うとグイニスには分かる。同じように汚名を着せられたグイニスには分かる。本当はかしこい女性だったのではないか。

 たいして古い先祖の事でもないのに、彼女に対する記録はほとんどなかった。故意に誰かがかくした証拠しょうこだ。

 それは、おそらく、夫である王だろう。この王は決して傀儡かいらいの王ではなかった。ただ、本当に精神をわずらっただけなら、こんなに外からの侵入をこばむつくりにしなくて良かっただろう。

 王妃の事に思いを馳せながら、時々、この場所は自分のためにあつらえたのではないかと思う事があった。

 十歳の時から一年半、ここに閉じ込められていた。

 ここから出られたのは、この一角を管理する役人をある貴族と従兄が買収したからだった。従兄が王子の立場を利用して、役人を説得したのだ。従兄がいなければ決してここから、出られなかっただろう。

 怒り狂ったボルピス王が、逃げられた事を誤魔化ごまかすために郊外に幽閉ゆうへいした事にしたのだ。買収された役人はボルピス王に殺されたと聞いている。

 役人は何も言わずに、いや、言えずに死んだ。元々、ばつとして死なない程度に舌を切られた者だった。可哀かわいそうな事をしたと思うが、出られなければ代わりに自分が死んでいただろう。

 

 そして、今また、ここに幽閉されている。

 ここから出してくれた同じ人物の手によって。その従兄とは、現在、玉座に座っているタルナス王だった。

 人の気配がして、グイニスは振り返った。やって来たのは二人。グイニスは側に歩み寄り、臣下の礼をとってその前にひざまずいた。

「お久しゅうございます、陛下。お元気そうで何よりでございます。」

 本当は王より目下の者が先に口を開くのは無礼である。しかし、元はグイニスが玉座に座っているはずだったから、王も、もう一人の男も何も言わなかった。

「…グイニス、そんな挨拶など、どうでもよい。早く立つのだ。」

 タルナスはグイニスの肩に手をかけて、立ち上がらせ、顔をのぞき込んだ。

「大丈夫か?怪我はないか?…少し会わない間に随分ずいぶんせた。大変な思いをしただろう。」

 王はグイニスを豪奢ごうしゃ長椅子ながいすさそい、二人で腰かけた。ともの男が茶道具などの乗った盆を運んできて、茶をれ、菓子の入った器と共に猫足ねこあしのテーブルの上に並べた。そして、黙って少しはなれた所に立ってひかえた。

 グイニスはそれを複雑ふくざつな気持ちでながめた。

「さあ、茶を飲みなさい。お前が子供の頃、好きだった菓子だ。…つまらない事を覚えていてすまない。今も好きか分からないが、余はこれしか知らない。」

 王は言って器を取って茶をすすり、菓子を手に取って口に運んだ。

「うん。うまいぞ。毒は入っていないようだ。」

 王は従兄として接しようとしている。それが分かって、グイニスも茶を啜り、菓子を食べた。

 だが、味なんか分からなかった。さすがのグイニスも動揺どうようしていたのだ。幾度いくども驚くことに遭遇そうぐうしてきた。

 もう、そんなに驚く事もあるまいと思っていたのに。

「どうだ、旨いだろう。懐かしい味だ。」

 言いながら、他人行儀たにんぎょうぎのグイニスの緊張きんちょうくため、供に声をかけた。

「お前も一つどうだ。遠慮えんりょはいらない。フォーリ、お前も食べなさい。」

 王の供、フォーリはグイニスの顔を伺った。

 グイニスは傷ついた顔をしていた。

 最も信頼していた男に裏切られたのだ。今にも泣きだしてしまいそうだ。十二歳の時と同じ顔だ。フォーリは胸が締め付けられた。おきてを破ったから、その罰だとフォーリは思った。

 グイニスはフォーリから視線をらすと、ふるえる手で器をテーブルに戻した。

「陛下…。おたずいたしたい事がございます。」

 王は黙ってグイニスを見つめた。それが許可を表していた。

「なぜ、なぜ、いや…どうして、フォーリに掟を破らせたのですか?」

 グイニスの声は否応いやおうなしに震えていた。王はそんなグイニスを見つめながら、緊張を解くように息をいた。

「元々、フォーリは余に仕えていた。だが、お前をここから助け出した後、お前の居場所が父上に知られ、緊急きんきゅう護衛ごえいが必要となった。

 前々から探してはいたが、父上の見張りがきびしく思うようにいかなかった。それで、フォーリに助けに行くように命じた。

 のちに、ニピ族の護衛を見つけたが、すでにお前達の行方は分からなかった。無理に探し出すより、フォーリをこのままお前の護衛とし、余が新しい護衛をつければよい。そう考えての事だった。」

「しかし、ニピ族は二人の主人を持つことを固く禁じております。フォーリにとってもこくな事でした。」

 グイニスは泣きそうになるのをこらえながら、声をしぼり出すようにして言った。

 心底、自分に仕えてくれている訳ではなかった。その事がグイニスを打ちのめしていた。誰も自分を選んでくれなかった。

「分かっている。だが、どうしても、お前を助けたかった…!」

「なぜです?なぜ、そこまでなさるのですか?なぜ、私を放っておいて下さらないのですか!」

 グイニスの叫びに王は、王の立場を捨てた。タルナスという従兄として、グイニスに向き合った。

「グイニス、分からないか…!それは、お前が私の従弟だからだ!そして、私の弟同然だからだ!

 …私は、私は、父を心底、憎んでいる。権力に目がくらみ、王族に次々と手をかけ、王室を弱体化させた。

 私は父を決して許さない。王としても認めない。何度、父を暗殺しようと計画をった事か!

 幼いお前を罠にかけて!私は許せなかった。お前だけは失いたくなかった。正当な王になるべきはお前なのに、その座をうばった父が許せなかった。

 だから、私はあの日、ちかったのだ。なんとしても、お前を守り抜くと。」

 タルナスの目は真剣しんけんだった。グイニスより四つ年上の従兄だ。本当に中の良い兄弟のようにして育っていた。

 悲劇があったのは二十二年前の事だった。ボルピスがグイニスをわなにかけて、王座を奪った。

「ここに連れてきたのも、かえって安全だと判断したからだ。

 お前がここにいる事は、私とフォーリ、ここに住み込みで働くアルナとコリノという二人の女性だけだ。二人とも耳が聞こえないし、身寄りもない。だが、作る料理はとても上手だし、誠実な人達だ。

 屋敷を焼打ちにしたのは、まだ誰の仕業か分からない。だが、明らかにお前の屋敷に八大貴族の手先が入り込んでいた。父の代から私をがんじがらめにしている、貴族どもだ。」

 タルナスの黒い瞳に怒りが宿っている。それでも、少し落ち着いて来て、王としての理性が戻ってきた。レルスリ、クグン、ラコッピ、ベブフフ、ノンプディ、ナルグダ、クユゼル、トトルビの八大貴族がボルピス王にべったりくっつき、その乗っ取り王権を支えてきた。

 八大貴族の手助けがなければ、ボルピスは王にはなれなかった。もちろん、自分達の利権をさらに強めようという目論見もくろみがあっての協力だ。

 タルナスの時代になってもまだそれは続いている。だが、他の貴族たちの不満が大きくなっているのも事実だ。

「私は決して、あの者どもの傀儡かいらいにはならない。いいか、グイニス、よく聞け。私は奪った物は返すべきだと思っている。」

 グイニスはタルナスを見つめた。

「…それは、どういう事です?」

 グイニスの胸がざわついた。

「分かるだろう。お前に玉座を返すのだ。」

 フォーリが息を呑んだのが分かった。グイニスは衝撃しょうげきのあまり、何も感じられなかった。

「私はお前に譲位じょういするつもりだ。だから、準備を整えるまで、ここで待て。」

 タルナスは、はっきりと明言した。

「ちょっと、お待ち下さい。少し、考えさせて欲しいのです。」

「何を考えるというのだ。素早くやらねば、八大貴族に反撃はんげきの機会を与えてしまう。そうでなくとも、最近は色々とおかしな動きが出てきている。下手をしたら内戦になってしまう。私はそれを危惧きぐしている。

 それを未然に防ぐには、お前に譲位するほかない。それしか解決の道はない。」

 グイニスは心を落ち着かせようとした。今は何より気になっている事があった。

「お話は分かります。ただ、私には守るべき子供達がいるのです。」

 グイニスは動揺どうようして口を滑らしたが、すぐにその事に気が付かなかった。

「子供達?…どういう事だ?」

 すっかり王の立場に戻った従兄に聞き返され、グイニスは、はっとして息を吐いた。

「余は聞いていない。フォーリ、どういう事だ?」

 フォーリは王の前に平伏した。

「申し訳ございません。グイニス様には心から愛された女性が一人いらっしゃいました。お二人は愛し合っておられましたが、陛下へいかも御存じのとおり、結婚は許されていませんでした。

 それで、お二人は駆け落ちなさったのです。私はボルピス王と八大貴族に知られるのを恐れ、彼らが放った密偵をことごとく追いかけて、私の知る限りの全員を抹殺まっさつしました。

 ですから、その時はボルピス王と八大貴族には知られなかったはずです。

 しかし、私がグイニス様の所に戻るとグイニス様を支援している貴族の手によって、お二人は別れさせられた後でした。グイニス様は悲しみのあまり、熱を出していらっしゃり、貴族のハオサンセの屋敷にかくまわれていたので、私は女性を救いに向かいました。

 案の定、女性は殺されようとしていました。貴族のモディーミマの手下が殺そうとしていたのです。とにかく、ボルピス王に知られる前に、証拠を隠滅いんめつしようとしたのです。

 私はなんとか彼女を救い出し、女性を殺しても何もならないとモディーミマと直談判しました。女性を殺したと見せかける事にしたのです。

 そして、女性は二度とグイニス様とお会いにならないと約束させられた上で、他の方と結婚しました。

 ところが、私がつけた護衛ごえいからの連絡により、女性がグイニス様のお子様を身ごもっていらっしゃると連絡を受けたのです。私とグイニス様はできるだけ知られないように、ひそかに生まれたお子様を引き取りました。ただ、生まれたお子様は双子だったのです。

 それで、一人を女性にあずけて育ててもらう事にしました。何があるか分からない中、二人も引き取るのは危険だったからです。

 そして、陛下にご報告もせずに七年もたってしまいました。申し訳ございません。お手打ちにされてもかまいません。ただ、厚かましくも願います事は、これまでのように、私をグイニス様の護衛として頂きたいのでございます。」

 王は微動びどうだにせず、フォーリの報告を聞いていた。しばらく考えていたが、グイニスに確認した。

「今の話は本当か。」

「はい。全て本当の事です。」

 王はうなずいて大きく息を吐いた。

「…そうか。そうか、良かった。」

 タルナスは大声で楽しそうに笑い出した。フォーリとグイニスは顔を見合わせた。思ってもみない反応だったのだ。

「ああ、実に痛快つうかいだ。父が一番恐れていた事が起こっていたのだ。お前はひそかに父に反撃はんげきしていた。ずっと父と八大貴族の言いなりになっているのかと思い、心を痛めていたが愛する女性がいたのだな。

 父は本当にお前が人間でなくなるように仕向けたかったのだから。」

「陛下、お怒りにならないのですか?」

 グイニスの問いにタルナス王は笑った。

「なぜ、怒る必要がある。結婚させないという方がおかしい。ただ、一つ、確認させてくれ。その双子は男の子か?」

 グイニスは頷いた。

「はい、そうです」

 そして、迷いながらも名前を告げた。

「ランウルグとランバダです。ランバダは自分の身分を知らずに生きています。」

 王はにっこりした。

「そうか。いい名前だ。きっと、お前に似ているんだろう。」

「…私に似ているかどうかは。」

 グイニスは子供達が母親似である事を分かっていたので、明言できなかった。

「似ていらっしゃいます。」

 フォーリが言った。

「横顔やふとした表情がそっくりです。二十年もグイニス様を見てきた私が言うのですから、間違いございません。それに何よりも髪の色が証明書のようなものです。」

 一瞬、まぶしそうにグイニスの髪を見つめた王は頷いた。

「たしかに、横顔だと自分で確かめられない。鏡で見ようとしても、無理だな。

 グイニス、心配するな。ランウルグのほうを引き取ったのだろう。私もランウルグの行方を探させる。

 これまでどおり、フォーリを好きに使え。もう、フォーリはお前が主なのだ。フォーリは自由に出入りできるようにする。

 だから、お前はここにいて休んでいろ。わざとお前が行方不明だと公表し、法を犯した者を断罪すると厳しく迫るつもりだ。余がいなければ、八大貴族達もどうにもできぬ。ようやく、時がめぐって来た。」

 タルナスの目は本気だった。

「陛下、どうか、くれぐれもご注意を。私は何やら心配です。嫌というほど、彼らの手の内を見てきました。」

「分かっている。お前の方こそ、我慢がまんしてここにいてくれ。この作戦が成功するかどうかはお前にかかっている。」

「はい。承知致しました。」

 タルナスは立ち上がった。

「フォーリ、グイニスを頼んだぞ。お前はもうすでに、余が主人ではない。だから、何もニピの掟を破っていない。

 余に報告しなかったのも、グイニスと子供達を守るためではないか。なんせ、余は八大貴族に囲まれているからな。」

 フォーリは平伏した。王は満足げに立ち去ろうとしたが、ふと振り返って言った。

「そうだ。大事な事を忘れていた。モルサはどうした。あれが八大貴族の密偵だ。」

「はい。私が殺しました。」

 フォーリの答えに王は頷いた。

「それなら、よい。また、ひまをみてくる。」

 

 タルナスはグイニスのいる場所から出て、この一角にある秘密の部屋の一つに入った。

 王は一つ、うそをついた。

 王とフォーリだけでなく、もう一人、この事を知る人物がいた。新たに王の護衛となったニピ族のポウトだ。王は部屋に入るなり、ポウトに命じた。

「グイニスの子供達の行方を探せ。もし、グイニスに似ても似つかんようであったら、即刻そっこく始末せよ。女はすでに他人の妻になったゆえ、しばらく様子をみる。」

「もし、一目で分かるほどに似ていらっしゃいましたら、いかが致しますか?」

「その時はとりあえず保護する。似ていれば、八大貴族をはじめ、他のやからに見つかり、余計な騒動そうどうに巻き込まれるかもしれない。

 余がグイニスに譲位して、グイニスに王妃をめとらせ、男子が生まれるまでの間はしばらく保険として生かしておくが、男子が生まれたら始末する。」

「しかし、セルゲス公は納得されるでしょうか。王族として生かそうとされるかもしれません。」

 タルナス王はため息をついた。

「本人にその意思はなくとも、周りの者どもが黙っていまい。全く、不幸な生まれだ。何も知らず、平民として生きられたらどれほど幸せだろう。」

 そこまで言って、王は思い出した。

「そういえば、ランバダの方は自分の身分を知らないと言っていたな。先に見つけるのはランウルグの方だ。とにかく、グイニスにはしばらく辛抱しんぼうしてもらわねば。」

 ポウトは黙って聞いていたが、陛下、と声をかけた。

「なんだ?」

「気にかかる事がございます。他の御兄弟、姉妹の方々についてです。」

 王は顔をしかめた。正妃の子供はタルナス一人である。後の兄弟、姉妹は皆、側室、また側室の身分さえももらえなかった愛妾あいしょうの子供だ。

 王は他の兄弟、姉妹を嫌っていた。身分や生まれの問題ではない。グイニスの身分が奪われた時、彼らの母達は誰一人として、助けようとしなかった。

 それどころか、タルナスが正当な王位継承者として、王太子に立太子されると分かってからというもの、何度も暗殺者を送り込まれて殺されかけた。

 兄弟、姉妹の一人一人、個人としては仲良くしても良いと思う。しかし、その後ろに控える者達を信用できない。

 八大貴族だけではない。他の貴族達も同じだ。王子や王女を利用していくらかでも、自分達の利権を強めようとしている。

 タルナスは息を吐いた。この国は一体、いくつに分裂しようとしているのだろう。

 正当な王位継承者のグイニスをす者達、彼らの考えは分かる。しかし、それを利用して何やら、あやしい動きが出てきたのも事実だ。

 そして、タルナスを王に担ぎ上げた八大貴族と取り巻き達。

 それから、タルナスを殺して王位に就こうとする母違いの兄弟達と、その周りに群がる者達。その中には一時的に八大貴族と手を結び、グイニスの抹殺に手を貸す者もいる。

「また、何か問題が出てきたのか。」

 王の問いにポウトは頷いた。

「オルザン・ティースンス王子の事ですが、妹姫のパミーナ・セセヌア姫と剣術の練習をされたおり、左手の小指を骨折なさいました。ティースンス妃の命により、決して誰にも言わぬようにと口止めされた御様子です。」

 オルザンとパミーナは、側室のティースンス妃とセセヌア妃の子供だ。二人ともまだ小さいが、母達がなかなかの策士ぶりをみせているため、油断はならない。

 しかし、母の思いとは裏腹うらはらに、オルザンは何をやらせてもだめな王子だった。

 本を開いては居眠りし、まいをしても動きを覚えられず、楽曲の楽譜がくふを暗記できず、乗馬しては落馬し、木に登れば落ちるし、走れば転んで、釣りをすれば池に落ちた。とうとう妹と剣術の練習中に指を骨折するとくる。

 タルナスは苦笑いした。意気消沈いきしょうちんしている姿が目に浮かぶ。あまりに可愛そうなので王はオルザンを気にかけていた。

 そんな彼にも一つだけ特技があった。絵を描かせれば上手いのだ。そこらの画家よりも上手い。

 一方でパミーナはお転婆娘で気が強い。五歳も年上の兄のオルザンをまるで自分の子分のように連れまわしている。女の子の服は嫌いだと言って、オルザンのお下がりを来て、エルアヴオ流の剣術を習っていた。

「それほどの問題か?」

「はい、それがティースンス妃がお怒りになり、結婚させてしまおうとお考えのようです。」

「結婚?数日前、十四歳になったばかりではないか。相手は誰だ。」

「それはまだ分かりません。」

 王は頷いた。

「分かった。一応、阻止そししてみるか。しかし、ティースンス妃なら、必ずやり遂げるであろうな。」

 タルナスは部屋を出た。ふと、足を止めて振り返った。巨大な白い石壁がそびえ立っている。扉も頑丈がんじょうで大きな物だが、石壁に比べるとなんだか頼りなげにみえた。その奥にグイニスがいる。

 王は孤独こどくを感じた。ここはなんと恐ろしい場所なのだろう。人間の悪い所ばかりを増幅ぞうふくさせる。

 早くこの座から降りたい。誰が玉座などと名付けたのだろう。ちっとも美しくない。

 タルナスは深呼吸をすると、王の顔に戻って歩き出した。



第一部 終わり




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