第42話 ランバダの決定
その様子をリキは見守っていたが、想像以上のことの大きさに戸惑っていた。家が没落して、お坊ちゃんではなくなったのだろう、くらいにしか思っていなかったのだ。
リキはランバダを放っておいたら、とんでもないものに首を突っ込むと思い、声をかけようと寄りかかっていた壁から体を放した時、真後ろにというか真横の人に気がついて、ぎょっとした。
声を上げそうになるリキに、相手がすかさず、しっと合図をした。その相手はホルだった。
手に
という事は、エイグの話をほとんど聞いていたはずである。屋台があった所とそんなに
「…よし、エイグ。一緒に行こう。エイグの家にこっそりついて行って、エイグがどんな目に合っているか確認する。そして、国王軍の兵士に与えられている警察権を
ランバダの出した結論に、エイグのみならず、リキとホルもぎょっとした。
「おい、ランバダ、ちょっと待て。」
とうとう、リキが口を出した。ホルも一緒に二人に近づく。
「…ホル。帰ったんじゃなかったのか?」
「セナ達を見送っただけだ。通りに古着の屋台があったの見てたから、外套を買ってきた。」
ランバダはびっくりしていたが、礼を言って受け取った。
「エイグ。ほら、受け取って。せめて、これだけでも着ないと風邪をひいてしまうよ。ずっと震えているじゃないか。」
だが、エイグは受け取ろうとしなかった。
「お金の事ならいいよ。気にしなくて。高くないんだから。」
ホルが横から付け加えた。リキにはエイグが受け取らない理由が分かった。
「どこかに
エイグはランバダ以外には、口を開こうとしなかった。ランバダは、外套を広げるとエイグに着せた。やっと小さな声で、エイグはありがとう、と言った。
「よし、じゃあ、行こう、エイグ。」
ランバダが言い出したので、エイグは
「い、いやだ、やめてくれ。やっぱり、これだって、返すよ。」
外套さえ
「ランバダ、もう少し何か方法を考えた方がいいんじゃないのか?」
「そうだ。もっとましな方法があるはずだ。」
ホルとリキも言ったが、ランバダは首を
「だめだ。今日、決着をつけないと。だって、エイグがいない事はきっと、屋敷の使用人達も分かってるよ。それだけで、
だって、エイグの父さんも殺されて、家令のおじさんも変死してる。エイグの誕生日が来ていて、十八になったのなら、いつ殺されてもおかしくない。レグム家はお金持ちなんだ。エイグが引き継ぐ財産も相当なものがあるはず。それが目当てで、生かさず殺さず
そんな時に、遅れて帰ったら、それだけで殺される理由になり得る。だから、今日、決着をつけないとだめなんだ。」
ランバダの説明は正しい。だが、リキとホルは別の事で
「レグム家?あの、紙商人の?王室御用達の候補にも挙がった、あのレグム家?」
ランバダは
「そうだよ。」
エイグがレグム家の跡取りだと知って、リキとホルの思考は停止してしまった。
「それで、お前、どうするつもりだ?」
リキが
「エイグはさっき、家を出たところから入って。俺達は
どう考えても、今日のランバダの思考はおかしかった。いつもの
「塀を超えるって、なんで?見つからなければ、裏口から入っていいんじゃないか?」
ホルの当然の疑問にも、ランバダはきっぱり答えた。
「昔からエイグの家は裏口にも門番が立っていた。それに、エイグは絶対に逃がしちゃいけないって、命令されているはずだ。もしかしたら、今頃、いない事に気がついて
だから、俺達は塀からこっそり入り、エイグが受けている暴行を確認し、現行犯で捕まえるんだ。エイグにはちょっと痛いのを我慢して
分かってるだろ。訓練兵といえども、国王軍の兵士には警察権がある。そして、新しい父親から書類を取り返して、エイグは堂々と家を出るんだ。」
普段のおっとりしたランバダからは考えられないほど、大胆な作戦を
リキとホルは驚きながら、しかし、今以上にいい作戦を考える事ができなかった。驚くことの連続で判断力が低下していたのだ。
「…分かった。仕方ない。とりあえず、お前一人で行くのか?」
リキの質問にランバダは力強く、頷いた。
「もちろん、そうだよ。二人には迷惑をかけられないから。ここまででいいよ。」
思わず、ホルはランバダのむこう
「痛っ…!」
ランバダが
「痛いな、何をするんだよ…!」
「今さら、迷惑をかけられない、はないだろうよ。お前に何を言っても無駄だろうから、仕方ない。最後まで付き合うしかないだろう。」
ホルの言葉にリキも頷いた。
「ほんと、お前、今さら何を言ってんだ。お前一人、放っておいて帰れるもんか。危なっかしいのに。俺がついて行くよ。」
二人の言葉にランバダは目を丸くして、礼を言った。
「それはいいから。早くしないと。お前んちどこなんだよ。」
ホルは逃げないように、ランバダに腕を
「……。」
エイグは小さくため息をついた。ボサボサの、長年、切っていないだろう栗色の長い髪の向こうから三人を見回し、
「…この
「……。」
三人は
「…これ、全部?」
ランバダの声は小さくなっている。
「正門は表にある。裏門は三つあって、一つは使用人専用だから、見張りは立ってない。」
エイグは説明して歩き出した。ランバダが腕を掴んでいるので、みんなで一緒に裏に回る。内心、使用人専用の門があって、ほっとした三人だった。
ところが、使用人専用の門に近づいた時だった。人が
慌てて、四人は
「あの『坊ちゃん』が逃げたのは本当か?」
「間違いない。どこを探してもいない。勝手に死なれたら困る。
「死んでるなら、まだ、ましだ。カートン家にでも行かれて、何か喋られても困る。とにかく、まずはカートン家にいないか見て回るようにしろ。それから、他の奴は屋敷内と外回りをくまなく探せ。」
「ああ。言われなくてもそうするよ。それで、お前はどうするんだ?」
「俺は民警あたりに駆け込んできた奴がいないか、聞いて回る。街を歩きながら、それらしい奴がいないか、探すつもりだ。」
エイグは小さくなって震えていた。
「…まさか、こんな植え込みの間に、隠れたりしていないだろうな。」
「まさか、そんなに間抜けじゃないだろう。せっかく逃げたのに、屋敷の前に隠れる奴がどこにいる?」
「それも、そうだな。じゃあ、俺は外回りをするから、お前は屋敷内を頼む。」
「ああ。できるだけ、急げよ。そうでないと、俺達の方が旦那様に殺されちまうよ。」
「全くだ。前のご主人といい、今のご主人といい、この屋敷の旦那方も奥方も、空恐ろしい人達だよ。奥方なんか実の息子を
「しーっ、下手なことを言うな!誰かに聞かれたらどうする。」
「ああ。じゃ、行ってくる。」
そして、門扉が閉まる音がして、足音が遠ざかって行った。
使用人達の生々しい話に、ランバダもリキもホルも、思わず息を
とりあえず、カートン家に行かなくて良かったな、とホルは思った。まず、カートン家に連れて行って、保護して
だが、今の話からすれば、カートン家でも保護は難しかっただろう。カートン家の上の方の人だったら別だが、普通の医者だと金や権力の力で連れ戻されてしまったかもしれない。
「…どうしよう。殺される。」
エイグは
「だけど、すぐには殺されない。やっぱり現行犯で捕まえるのがいちばんだよ。エイグ、ごめん。ちょっと
ランバダの決心は
四人は裏門にそろそろと近づいた。向こう側に人がいないか、気配を探る。そっと、
「あ、お前!やっぱり、外にいたんだな!このクソガキが!」
人が見張っていたらしい。さっきの使用人の声がして、エイグの腕を
「やめて!ごめんなさい…!お願いだから、許して!嫌だ、あれは嫌なんだ、お願い、許して!」
エイグの悲鳴が遠のいていく。残された三人は青ざめた。青ざめたが、ランバダの行動は早かった。閉められた門扉を、もう一回開けたのである。
外に出て行った人もいるので、
「誰だ、お前は?そこで、何を…。」
さっき、外に出て行った使用人である。忘れ物をして戻って来たのだ。
ランバダとホルが
「…ごめん、
こうして、リキは裏門前に残る事になり、ランバダとホルだけが、エイグを追いかけて行った。
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