第42話 ランバダの決定

 その様子をリキは見守っていたが、想像以上のことの大きさに戸惑っていた。家が没落して、お坊ちゃんではなくなったのだろう、くらいにしか思っていなかったのだ。

 リキはランバダを放っておいたら、とんでもないものに首を突っ込むと思い、声をかけようと寄りかかっていた壁から体を放した時、真後ろにというか真横の人に気がついて、ぎょっとした。

 声を上げそうになるリキに、相手がすかさず、しっと合図をした。その相手はホルだった。

 手にたたんだ布を持っている。それを見て、リキは納得した。エイグのために上着か外套がいとうを古着の屋台で買ってきたのだ。さっき、通り道に屋台が立っていた。

 という事は、エイグの話をほとんど聞いていたはずである。屋台があった所とそんなに距離きょりはなれていない。買ってきただけなら、すぐに戻ってきたはだ。結構けっこう、忍び足が上手いな、とリキはホルに対して感心した。

「…よし、エイグ。一緒に行こう。エイグの家にこっそりついて行って、エイグがどんな目に合っているか確認する。そして、国王軍の兵士に与えられている警察権を執行しっこうして、堂々と家を出てこよう。」

 ランバダの出した結論に、エイグのみならず、リキとホルもぎょっとした。

「おい、ランバダ、ちょっと待て。」

 とうとう、リキが口を出した。ホルも一緒に二人に近づく。

「…ホル。帰ったんじゃなかったのか?」

「セナ達を見送っただけだ。通りに古着の屋台があったの見てたから、外套を買ってきた。」

 ランバダはびっくりしていたが、礼を言って受け取った。

「エイグ。ほら、受け取って。せめて、これだけでも着ないと風邪をひいてしまうよ。ずっと震えているじゃないか。」

 だが、エイグは受け取ろうとしなかった。

「お金の事ならいいよ。気にしなくて。高くないんだから。」

 ホルが横から付け加えた。リキにはエイグが受け取らない理由が分かった。

「どこかにかくしておけばいいさ。もらっても、後で誰かに横取りされるんだろ。どこかに隠す場所くらい、あるだろ。」

 エイグはランバダ以外には、口を開こうとしなかった。ランバダは、外套を広げるとエイグに着せた。やっと小さな声で、エイグはありがとう、と言った。

「よし、じゃあ、行こう、エイグ。」

 ランバダが言い出したので、エイグはおびえてしり込みした。

「い、いやだ、やめてくれ。やっぱり、これだって、返すよ。」

 外套さえごうとする。

「ランバダ、もう少し何か方法を考えた方がいいんじゃないのか?」

「そうだ。もっとましな方法があるはずだ。」

 ホルとリキも言ったが、ランバダは首をった。

「だめだ。今日、決着をつけないと。だって、エイグがいない事はきっと、屋敷の使用人達も分かってるよ。それだけで、ひど折檻せっかんを受ける。エイグもさっき、言ってた。殺されるって。きっと大げさじゃないよ。

 だって、エイグの父さんも殺されて、家令のおじさんも変死してる。エイグの誕生日が来ていて、十八になったのなら、いつ殺されてもおかしくない。レグム家はお金持ちなんだ。エイグが引き継ぐ財産も相当なものがあるはず。それが目当てで、生かさず殺さず虐待ぎゃくたいしてきたんだから、いつ、最後の一手を打ってもおかしくない。

 そんな時に、遅れて帰ったら、それだけで殺される理由になり得る。だから、今日、決着をつけないとだめなんだ。」

 ランバダの説明は正しい。だが、リキとホルは別の事でおどろいていた。

「レグム家?あの、紙商人の?王室御用達の候補にも挙がった、あのレグム家?」

 ランバダはうなずいた。

「そうだよ。」

 エイグがレグム家の跡取りだと知って、リキとホルの思考は停止してしまった。

「それで、お前、どうするつもりだ?」

 リキがたずねると、ランバダはきっぱり答えた。

「エイグはさっき、家を出たところから入って。俺達はへいを超えて入るから。」

 どう考えても、今日のランバダの思考はおかしかった。いつもの慎重しんちょうなランバダらしくない。

「塀を超えるって、なんで?見つからなければ、裏口から入っていいんじゃないか?」

 ホルの当然の疑問にも、ランバダはきっぱり答えた。

「昔からエイグの家は裏口にも門番が立っていた。それに、エイグは絶対に逃がしちゃいけないって、命令されているはずだ。もしかしたら、今頃、いない事に気がついて血眼ちまなこになって探しているかもしれない。

 だから、俺達は塀からこっそり入り、エイグが受けている暴行を確認し、現行犯で捕まえるんだ。エイグにはちょっと痛いのを我慢してもらわないといけないけど。

 分かってるだろ。訓練兵といえども、国王軍の兵士には警察権がある。そして、新しい父親から書類を取り返して、エイグは堂々と家を出るんだ。」

 普段のおっとりしたランバダからは考えられないほど、大胆な作戦をすみやかに立てている。

 リキとホルは驚きながら、しかし、今以上にいい作戦を考える事ができなかった。驚くことの連続で判断力が低下していたのだ。

「…分かった。仕方ない。とりあえず、お前一人で行くのか?」

 リキの質問にランバダは力強く、頷いた。

「もちろん、そうだよ。二人には迷惑をかけられないから。ここまででいいよ。」

 思わず、ホルはランバダのむこうずねった。

「痛っ…!」

 ランバダがすねおさえて飛び上がった。

「痛いな、何をするんだよ…!」

「今さら、迷惑をかけられない、はないだろうよ。お前に何を言っても無駄だろうから、仕方ない。最後まで付き合うしかないだろう。」

 ホルの言葉にリキも頷いた。

「ほんと、お前、今さら何を言ってんだ。お前一人、放っておいて帰れるもんか。危なっかしいのに。俺がついて行くよ。」

 二人の言葉にランバダは目を丸くして、礼を言った。

「それはいいから。早くしないと。お前んちどこなんだよ。」

 ホルは逃げないように、ランバダに腕をつかまれているエイグに尋ねた。

「……。」

 エイグは小さくため息をついた。ボサボサの、長年、切っていないだろう栗色の長い髪の向こうから三人を見回し、あきらめたように腕を上げて指をさした。

「…このかべに囲まれている一帯、全部。」

「……。」

 三人は一瞬いっしゅん、押し黙り、それから恐る恐る、後ろを振り返った。

「…これ、全部?」

 ランバダの声は小さくなっている。

「正門は表にある。裏門は三つあって、一つは使用人専用だから、見張りは立ってない。」

 エイグは説明して歩き出した。ランバダが腕を掴んでいるので、みんなで一緒に裏に回る。内心、使用人専用の門があって、ほっとした三人だった。

 ところが、使用人専用の門に近づいた時だった。人がしゃべりながら歩いてくる足音がして、ギギィと門扉もんぴが開いたのだ。

 慌てて、四人は街路樹がいろじゅの植え込みの間にかくれた。

「あの『坊ちゃん』が逃げたのは本当か?」

「間違いない。どこを探してもいない。勝手に死なれたら困る。旦那だんな様にどう、報告したらいいんだ。」

「死んでるなら、まだ、ましだ。カートン家にでも行かれて、何か喋られても困る。とにかく、まずはカートン家にいないか見て回るようにしろ。それから、他の奴は屋敷内と外回りをくまなく探せ。」

「ああ。言われなくてもそうするよ。それで、お前はどうするんだ?」

「俺は民警あたりに駆け込んできた奴がいないか、聞いて回る。街を歩きながら、それらしい奴がいないか、探すつもりだ。」

 エイグは小さくなって震えていた。

「…まさか、こんな植え込みの間に、隠れたりしていないだろうな。」

「まさか、そんなに間抜けじゃないだろう。せっかく逃げたのに、屋敷の前に隠れる奴がどこにいる?」

「それも、そうだな。じゃあ、俺は外回りをするから、お前は屋敷内を頼む。」

「ああ。できるだけ、急げよ。そうでないと、俺達の方が旦那様に殺されちまうよ。」

「全くだ。前のご主人といい、今のご主人といい、この屋敷の旦那方も奥方も、空恐ろしい人達だよ。奥方なんか実の息子を奴隷どれい扱いだからな。」

「しーっ、下手なことを言うな!誰かに聞かれたらどうする。」

「ああ。じゃ、行ってくる。」

 そして、門扉が閉まる音がして、足音が遠ざかって行った。

 使用人達の生々しい話に、ランバダもリキもホルも、思わず息をんで、震えているエイグを見つめた。

 とりあえず、カートン家に行かなくて良かったな、とホルは思った。まず、カートン家に連れて行って、保護してもらってもいいと思っていたのだ。

 だが、今の話からすれば、カートン家でも保護は難しかっただろう。カートン家の上の方の人だったら別だが、普通の医者だと金や権力の力で連れ戻されてしまったかもしれない。

「…どうしよう。殺される。」

 エイグはおびえて震えている。

「だけど、すぐには殺されない。やっぱり現行犯で捕まえるのがいちばんだよ。エイグ、ごめん。ちょっとこわい思いをするけど、我慢がまんしてくれよ。絶対、逃げないから。近くでエイグを見守っているから。そして、この屋敷やしきから出よう。」

 ランバダの決心はるぎない。こわがっていたエイグは、三人の少年達を見上げ、諦めたように小さく頷いた。

 四人は裏門にそろそろと近づいた。向こう側に人がいないか、気配を探る。そっと、とびらを押し開け、まずは屋敷内を知っているエイグが中に入った。その時だった。

「あ、お前!やっぱり、外にいたんだな!このクソガキが!」

 人が見張っていたらしい。さっきの使用人の声がして、エイグの腕をわしづかみにし、外をよく見ないで、門扉をバタンと閉めた。

「やめて!ごめんなさい…!お願いだから、許して!嫌だ、あれは嫌なんだ、お願い、許して!」

 エイグの悲鳴が遠のいていく。残された三人は青ざめた。青ざめたが、ランバダの行動は早かった。閉められた門扉を、もう一回開けたのである。

 外に出て行った人もいるので、かんぬきまではしていなかったのだ。しかも、誰もいない。ランバダが入り、ホルも入った。リキが入ろうとした時だった。

「誰だ、お前は?そこで、何を…。」

 さっき、外に出て行った使用人である。忘れ物をして戻って来たのだ。

 ランバダとホルがあわてて振り返った時には、鼻血を流した使用人が、地面に倒れていた。右手を振りながら、リキが謝った。

「…ごめん、かくしておくから、お前ら行け。」

 こうして、リキは裏門前に残る事になり、ランバダとホルだけが、エイグを追いかけて行った。 

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