第34話 危惧(中)

 やがて、バムスが入って来た。

「突然、呼び出してすまない。」

 タルナスが言うと、バムスは優雅ゆうがに礼をした。

「陛下、お気になさらないで下さい。それが私共、臣下の務めでございます。」

 タルナスはバムスに、先ほどまでランゲルが座っていた椅子に、座るよううながした。

「突然だが、父からリセーナ王妃の出身について、聞いた事があるのか?」

 本当に唐突に、普通なら混乱して答えようもないような質問を出されて、さすがのバムスもタルナスを静かに見返した。だが、慌てた様子はない。

「…恐れながら陛下。唐突にリセーナ王妃殿下の事についてお尋ねになったのは、何か当時の事について、お知りになったからでしょうか?」

 タルナスは、いだ湾の海のような湖のような、静かな目で見て来るバムスを見つめた。本当に気を遣う相手である。タルナスは嘘をついても仕方ないので、慎重に答えた。

「…そうだ。ある記録を読み、父の起こした行動について少しは理解した。当時、余は子供だった。そのため、事の裏に何があったのか分からない。父から何かを聞いたのなら、教えて欲しい。この国の行く末がかかっている。」

 バムスは小さく息を吐き、それからもう一度、真っすぐタルナスを見つめた。

「それでは、陛下、お答え致します。

 まず、結論から申し上げますと、もう一つの王家はセルゲス公を、捨てたのです。」

 タルナスはおどろいて、一瞬いっしゅん、何を言われたのか分からなかった。しかも、バムスはタルナスがもう一つの王家の存在を知ったという前提で、いきなり核心を突いた答えを言った。

「グイニスを…捨てた?」

「はい。もう一つの王家については、前国王陛下より、八大貴族の中では、私だけが直接お話を伺っております。

 それで、前国王陛下が我々、八大貴族という新たな権力を構築し、セルゲス公が王位に就けないと分かると、セルゲス公を見捨てたかのように動きが全く無くなりました。」

 タルナスは考え込んだ。

「なぜだ?自分達の血筋のグイニスを王に立て、より自分達に有利な状況にもって行きたかったのではなかったのか?」

 バムスは頷いた。

「私も彼らの行動は理解できません。そもそも、黙っていればセルゲス公はそのまま、玉座に座る事ができました。

 それなのに、わざわざ前国王陛下の名をおとしめつつ、しかし、玉座に座らざるを得ないような状況を、リセーナ王妃殿下は作り出されました。

 そうしておきながら、セルゲス公が本当に王位に就く望みがなくなると、あたかもセルゲス公を見捨てたかのように、宮廷内で起こる変な事件がなくなったのです。」

 タルナスは首をかしげた。

「宮廷内で起こった変な事件?」

「例えば、あまりに都合よく前国王陛下が行幸に出られている間に、ウムグ国王陛下がお隠れになったり、リセーナ王妃殿下が望む頃合いに、時を見計らったかのようにリイカ姫やセルゲス公が病にかかったり、お怪我をなさったりしました。

 リセーナ王妃殿下がお一人でなさるには、あまりにも広範囲であり、人に見つからずに何か細工するのも難しく思います。

 もう一つの王家が何を望んでいたのか、そして、もう一つの王家は誰とつながっていたのかなど、今ではリセーナ王妃殿下がお亡くなりになられているので、知りようもありませんが、何をしたかったのか分かりません。」

 バムスの言う事はもっともで、もう一つの王家の裏に何か黒幕がいるとうかがわせるものが存在する事だけは、分かった。

「…確かに。」

「…陛下、他にお尋ねになりたい事はございますか?」

「この話を他に知っている者はいると思うか?」

 バムスは少し考えた。

「カートン家とニピ族が関係していると思いますが、それを除けば、私意外に何か聞いている者がいるとは、思いません。

 もう一つの王家について、前国王陛下は、かなり慎重になられていらっしゃいましたので。」

 タルナスは頷いた。

「分かった。今日の所はこれで良い。他に何か疑問に思えば、聞く事はあるかもしれない。」

「承知致しました。何かございましたら、ぜひ、お尋ね下さい。

 それと、陛下。私はどちらの王家とも、対立するつもりはございません。立場の違いがあり、確かに利害関係も生じる事はありますが、王室の安定は最優先の課題です。陛下がお望みであれば、できるだけ穏便に運ぶように、微力ではございますが、尽力致します。」

 タルナスはバムスを凝視した。背中に冷や汗が流れる。

「…心強い言葉だ。何かあった時は必ず、そなたに相談しよう。」

 バムスは柔らかく微笑んだ。

「陛下にそこまでのご信用を賜り、大変、嬉しく思います。それでは、私はこれで失礼致します。」

 バムスは優雅に礼をして帰って行った。

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