第13話 同郷の二人

 チャムはブルエの様子を見て、やはり、腹が立ち、殴りたくなった。同じ歳で競い合った中だ。

 だが、チャムはいつでも二番だった。なんの因果かブルエとは全く別に仕事を選んだはずなのに、同じ主人の子供に仕える事になった。

 驚きを通り越して笑いたくなった。とても危険な任務だと、仕事を紹介してくれ、今は上司となったフォーリに告げられた。

 当初は俺にもできたと張り合う気持ちはあったが、今ではこっちの方が性に合っているので、それで良かったと思っている。

 薬の作用で眠っていたブルエがチャムに気が付いて目を覚ました。

「チャム…。若様はどう…。」

「この、馬鹿!」

 チャムはブルエが最後まで言う前にさえぎって、小声で怒鳴った。ブルエがびっくりしたように、目を見開いた。

「お前な、なんで、人の主人を守って死にかけてんだよ。それで、お前、大事な自分の主人に何かあったらどうするんだ!」

「何かあったのか?」

 ブルエが起き上って来そうな勢いで聞いてくるので、起き上らないようにチャムはブルエの肩を押さえつけた。

「黙って寝て聞いてろ。危うかったぜ。なんせ、俺達の主はリッシュ彫刻みたいにきれいだからな、人さらいに攫われてマウダに売りつけられてた。」

 ブルエの顔が引きつった。

「何も言うな。」

 チャムは、ブルエの口に手拭いを突っ込んだ。むせそうになっているが、無視する。右手は傷が痛んで動かせないと判断し、チャムはブルエが口の布を取らないように、左手だけを押さえつけた。

「もちろん、お前の情報でマウダが関係ありそうだったから、俺はすぐにマウダに乗り込んだ。虫の居所が悪かったし、久々に大暴れして、幹部を出させた。

 知っているか、ザナーだ。あの男の話によると、最近、大胆にもマウダの名前をかたって悪事を働く連中が出ているという事だ。お前達をねらったのもその連中の仕業らしい。

 それで、マウダもいよいよ、そいつらを粛清しゅくせいするようだ。マウダを騙って無事でいた連中は今まで一人もいない。今回も例外はないらしい。

 それで、美少年を攫って来た奴がいたら、締め上げていいし、勝手にその子を連れて行っていいという約束を取り付けた。」

 チャムはその時の事をかいつまんで説明した。本当のところ、ザナーはそんな事は言っていなかったが、ニピ族は例外になる事を知っている。ザナーが後始末をするだろうと、勝手にランウルグを連れて行っていいという解釈をしたチャムは、マウダの施設内もうろうろしていいだろうと、その中をうろうろしていたら、グースと会ったのだった。

 グースはぎょっとした顔をした。

 七年前、チャムはグースを連れ戻そうとした。しかし、家に帰ってもまた、マウダに連れて行かれるかもしれないという恐怖から、グースは戻るとは言わなかった。しばらく、マウダにいた数日の間に徹底的てっていてきおどされたらしかった。

 チャムも強制する事はできない。十二歳にもなった少年を無理やり連れて行くのは、ニピ族と言えども無理があった。厳密に言えば、できなくはなかったかもしれない。しかし、無理に連れ帰っても戻ろうとする可能性は高く、本人が帰らないというのだから、どうしようもなかった。

 そのグースに出会った。チャムは時々、グースの様子を探っていたから、成長したグースを知っていたのですぐに分かった。しかし、成長したグースを見て、すぐにグースだと分かるのは家族でも無理だろう。

「…何もの…!」

 何者だと言いかけて、チャムだと気づきぎょっとしたのだ。ほんの数秒、言葉を失ったグースだったが、すぐにチャムを連れて空き部屋に入り込んだ。

「あんた、チャムだろ?」

「そうさ。ちょっと用事があってな。」

「なんで、こんな所に?今日はごたごたしていて、人数が少ないから、うろついていても見つかりにくいが、ばれたら大変な事になるんだぞ。」

「計画通りだ。」

「けいか…。」

 グースはぎょっとして、振り返った。誰もいないはずだが、もう一度いない事を確認する。

「まさか。乱入したニピ族って、あんたの事だったのか!一体どういう事だよ。今日はランバダにそっくりな奴は現れるし…。」

 グースは頭をかきむしった。

「そのランバダにそっくりな奴を探しているんだ。そいつはランバダの双子の兄弟なのさ。」

 グースは目を丸くした。

「やっぱりそうか。昔、うわさがあったから、そうなんだろうとは思った。それで、その双子を助けに来たのか?」

「そうだ。ザナーの奴に、勝手に連れて行っていいという許可を得ているぞ。」

「俺達は聞いてない。だけど、俺が勝手に助ける算段をつけてた。」

「ばれたら、殺されるぞ。」

「分かってる。だけど、ランバダの兄弟を見捨てられない。あいつ、ランバダはマウダだと分かったのに、追いかけてきて助けようとしてくれた。馬に追いつけやしないのに、それでもそうしてくれた。」

 それが、グースの心の支えになっていたのだ。

「そうか。分かった。それで、どうするつもりだ?」

 グースはどうするかチャムに伝えた。

「ただ、一つ問題がある。どうやって、騒ぎを起こすかだ。」

「なんでもいいのか?」

「なんでもと言っても、実際に火をつけるようなのはだめだ。」

「ああ、なるほど、火ね。俺にいい考えがある。もちろん、実際に火をつけたりはしない。まかせとけ。」

 チャムがやったのは、実際に火事が起こったように見せかけた事だった。もくもくと煙を起し、大声で火事だと叫んで回っただけだった。それを何か所かで、ほぼ同時に煙が出るように仕掛けた。

 それで、グースがランウルグを逃がすのを手伝った。

 その後、チャムは二人を追いかけて行ったが、マウダの連中がランウルグの逃走に気づき、追っ手を差し向けていた。どうしようかと思っていると、切羽詰まったランウルグはイナーン家の馬車に乗って、行ってしまった。

 その後、イナーン家の馬車を追い、イナーン家の坊ちゃんが市場でランウルグを伴って馬車を降り、服を買ってやろうとしている所にチャムは出て行った。

「ああ、若様、どちらにいらっしゃったんですか。ブルエが若様が急にいらっしゃらなくなったと言うものですから、皆で探していたのです。」

 ぎょっとした様子のランウルグだったが、ブルエの名前を聞いて、チャムに話を合わせた。

「ごめん、ちょっと、何かよく分からない人達に連れて行かれて、帰れなくなってしまったんだ。でも、なんとか逃げられたよ。」

「なんですと!お怪我はありませんでしたか?まさか、マウダじゃないでしょうな?」

 わざとでかい声で言ったので、ランウルグとイナーン家の坊ちゃんがぎょっとした顔をした。

「さ、さあ、どうかな…。それより、この人が助けてくれたんだ。この人にお礼をしないと。」

 ランウルグが話を変え、チャムは大仰おおぎょうにイナーン家の坊ちゃんに礼を述べて、ランウルグを連れて隠れ家の一つに連れて行った。今、ランウルグはそこで生活している。

 説明が終わってから、チャムは押さえつけていた左手を放し、ブルエの口に突っ込んだ手拭いを取った。

「これで、分かっただろ。ランウルグ様は安全さ。ところで、どうする?ティールまで俺が代わりに連れて行くか?それとも、入学が遅れると学校側に連絡をしておくか?」

「連絡をしてくれ。その方が、後で護衛が変わる事について色々、詮索せんさくされなくていい。」

「やはりそうか。そう思って書類を持って来た。後はお前が一筆書いて、イゴン将軍に出してもらってくれ。そして、お前が早く良くなるだけだ。それまでは、ちゃんとランウルグ様の事を世話するから心配しなくていい。」

 チャムは花束をブルエに渡した。この中に書類などを隠して入れてあった。

「ありがとう、チャム。若様の事をよろしく頼む。」

「いいさ。その代り、俺になんかあった時は助けてくれよ。」

 チャムはブルエに挨拶をすると、屋敷を出た。

 雨が降っているので、傘をさして庭を歩いた。チャムは後ろからついてくる足音に気づき、足を速めた。後ろの足音も近づいてくる。

「待って…!」

 その声にチャムは思わず足を止めてしまった。チャムはどう対応すべきか迷った。だから、本当は会いたくなかったのだ。

 ランバダが帰って来た時、花通りでひょっこり出会い、また、いつものようにローロールのチャムを演じる、これが一番、問題がないと思っていたのに、声をかけられて足を止めてしまった。

 足を止めた以上、聞こえなかった振りはできない。

「あの、チャム、チャムだよね?」

 おずおずとランバダが声をかけてきた。チャムは覚悟を決めてゆっくりと振り返った。ランバダは雨なのに、傘も差していなかった。姿を見かけて急いでチャムを追いかけて来たのだ。

 チャムはランバダの上に傘を差した。ランバダは不安そうな複雑な表情をしていた。聞きたい事がたくさんあるに違いない。だが、どう切り出していいか、分からないでいる。

「チャム、それじゃあ、チャムがれちゃうよ。」

ランバダだけが濡れないように傘を差すチャムに、ランバダは言った。

「それでいいのです。どうぞ、傘をお差し下さい。」

 ランバダがぽかんと口を開けて、チャムを見つめた。チャムがそんな事を言い出すとは思わなかったのだ。それでも、差し出された傘をおずおずと受け取った。そして、なんとかして、チャムにも傘を差そうと腕を伸ばした。

「若様、改めて御挨拶申し上げます。私は若様の護衛のチャムです。本来なら、私の正体を若様に明かす事はなりませんでした。

 しかし、事態は急に動いたのです。若様にはご自身が本来なら、誰かにこのようにしてかしずかれる御身分でいらっしゃるという事と、私が護衛であるという事だけ、今は理解して頂きたいと思います。」

 ランバダは目を見開いたまま、まばたきもせずにチャムを見つめた。

 チャムは一体、何を言っているのか。どうして、こんなに馬鹿丁寧な言葉遣いで話しているのだろう。急にチャムが遠くに行ってしまったように感じられた。

「チャム、どうして、そんなに丁寧に話すの?いつもみたいに、話してよ。なんだか、チャムじゃないみたいだ。」

「若様、私の言っている意味が分かりますか?」

「分からないよ…!どういう意味か分からない!」

 ランバダにしてはめずらしく、癇癪かんしゃくを起して傘を地面に叩きつけた。

「どうして、僕には護衛が必要なの?チャムはニピ族なの?ニピなんだろう?あのニピのブルエという人と知り合いで、お互いに自分達の言葉で話すという事は、ニピに違いないじゃないか。

 どうして、僕にはニピの護衛が必要なんだよ?母さんはどういう立場の人なの?本当は花売りなんてしなくて良かったの?どうして、僕を、僕達を産んだの?父さんはどんな人なの?

 教えてくれよ、僕は一体誰なの?どうして、僕達兄弟はバラバラにされたの?僕の兄弟は無事だったの?どうして、命を狙われたの?」

 ランバダはチャムにすがりつくようにして、泣きながら今までの疑問を、思いのたけをぶつけた。

「どうして、今更、そんな事を言うんだよ。どうせだったら、最後まで知らせてくれなければ良かったのに…!チャムだって知ってるくせに!僕が隠し子だって言われてるのを!やっぱり、隠し子だったんだ!二人もいらないから、一人は母さんと捨てたんだ…!」

 ランバダの言葉の一つ一つが、チャムの心をし貫いた。隠し子だと噂されている事にランバダは深く傷ついていた。

「若様、違う。捨てたのではありません…!」

「じゃあ、なんで、母さんは今の父さんと結婚したの?捨てられたからだろう!」

 チャムのせいではないのは分かっていたが、母にも言えない事を今まで心に隠していた気持ちを、ランバダはチャムにぶつけていた。今まで知っていたのに知らせてくれなかった。自分は何も知らないでいた。様々な気持ちが入り乱れていた。

「違う、捨てたんじゃないって言ってるだろう…!」

 とうとうチャムのいつもの調子で言われ、ランバダは押し黙った。チャムはランバダの肩に手をかけ、のぞき込むようにして目線を合わせた。

「いいか、お前の父親はお前を捨てたんじゃない。事情があってお前を引き取れなかった。お前の母もお前を育てる事を望んだし、一人を父親に託すことも承諾しょうだくした。決して捨てた訳じゃない。だから、私をお前の護衛としてつけた。

 お前には一生、自分の生まれについて、知らせないという条件があった。お前が幸せに暮らすためだ。だが、それも難しいかもしれない。その証拠に今、こういう事態になっている。

 今はこれ以上は話せない。ただ、お前には双子の兄がいる。その兄がこれからどうするか分からないが、その兄の動きによっては、お前にその生まれを話す時が来るかもしれない。

 その時が来るまでは、今、聞いた話は忘れていろ。誰にも話してはならない。もちろん、私がニピ族だという事もあのブルエの事についても、誰にも言ってはならない。

 お前は望まれなかった子じゃないんだ。それだけは覚えておくんだ。」

「本当に?」

 ランバダは顔をぐしゃぐしゃにしながら、聞き返した。やっぱり泣き虫だった。

「本当だ。お前の父親はお前が幸せに生きる事を望んでいる。」

「名前は?聞いちゃいけないの?」

 チャムも泣きたくなった。

「ごめん、それは言えない。これ以上、しゃべったら、俺はお前の護衛をクビになっちまう。」

 ランバダは涙をぬぐいながら頷いた。しかし、雨が降っているので拭ってもあまり意味はなかった。

「じゃあ、僕の兄の名前は?彼は無事だったの?元気にしている?」

 チャムは、会った事のない双子の兄を心配するランバダが、いとおしくなった。

 チャムにしてみれば、幼い時からランバダを知っているので、歳の離れた弟のような気持ちだった。そっとランバダを抱きしめて、泣いているランバダの背中をさすり、耳元でささやいた。

「ランウルグ。彼は元気だ。お前とそっくりだよ。」

「ありがとう、チャム。」

 ランバダはつぶやくように礼を言って、また泣き出した。

「やっぱり、お前は泣き虫だな。その調子じゃ国王軍に入ったらやっていけないぞ。大丈夫だから、もう泣くな。」

 チャムは幼いランバダが泣いていた時にやっていたように、頭をぽんぽんとなでてやった。

「うん、ありがとう、チャム。」

 ランバダはなんとか、いつもの調子を取り戻した。泣き虫だが立ち直りは早い。

「よし、いつものランバダに戻ったな。雨に打たれたんだ、風邪ひかないようにしろよ。」

「うん。分かった。チャムも気を付けて。」

 ランバダは傘を拾い上げると、チャムに渡した。しかし、中も濡れていてしずくがぽたぽた落ちてくる。

「ありがとう。でも、意味ないから濡れて行くよ。それじゃ、元気で頑張れよ。」

 チャムはランバダの肩をぽんぽんと叩き、傘をたたみ、片手をあげて立ち去った。結局、改まって話すのはチャムの性にもランバダの性にも合わなかった。

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