第47話 暴かれていく悪事

 ジャビスは部屋のとびらが開いたので、マルザがエイグをらえたという報告をしに来たのだと思った。

「報告が遅いぞ…!」

 罵声ばせいびせようとして、タリアだと気づき、さらに応接室に閉じ込めて時間稼ぎしているはずの招かれざる客人達の姿、外套がいとうくるまってミンスに抱きかかえられているエイグの姿を見て、もう、おしまいだとさとった。

 だが、ここであきらめるのはしかった。今まで色々、手を尽くしてきたのだ。

「これは、これは、お客様方をこのような執務室しつむしつにご案内するとは、失礼な事を致しました。タリア、一体、どういう事だ?マルザに命じてあったのだが。」

「知っています。マルザもここにいますから。でも、この方々が必要とされる書類は、あなたの執務室にあるでしょう。ですから、二度手間にならぬよう、こちらにご案内したのですわ。」

 タリアはずっと変わらぬ、抑揚よくようのない声で答えた。その態度にジャビスは頭にきた。

 ガルジと結婚すると言い出した時と同じだ。都合のいい時だけ利用して、風向きが悪くなってきたら、乗りえる。

「…お前、何をやっているのか、分かっているのか!」

 思わずジャビスが声を荒げると、タリアは淡々と答えた。

「分かっていますわ。これで、あなたはエイグの財産が手に入らない。」

 ジャビスが怒鳴り返す前に、ランゲルが前に進み出た。

「お取込み中、申し訳ないのですが、こちらの少年はレグム・エイグ殿で間違いないですか?」

「……。」

 ジャビスが答えないでいると、横からタリアが「間違いないわ。」と答えている。

「突然、お邪魔して申し訳ありません。この子がひど虐待ぎゃくたいを受けているようだと、国王軍の兵士から知らせがあり、保護して治療して欲しいと申し出がありましたので、こちらにおうかがい致しました次第です。

 今、少し、さっと見ただけでも、この子はすぐに手当てをする必要があります。申し訳ありませんが、空き部屋は近くにありますか、この子に治療ちりょうをしたいので。」

 いつでも、カートン家は患者が優先である。ジャビスはあきれて鼻で笑い、答えなかった。

「ご案内しましょう。」

 またしても、タリアが歩き出した。本当は家令のマルザがするべき仕事だが、タリアの様子から逃亡の可能性があると判断し、リキ達四人で囲んでいる。

 指示を受けたルイスが、薬箱兼道具箱を持って歩き出し、エイグを抱えたミンスが続いた。イグーに手招きされて、ランバダとホルも執務室を出た。

 執務室より少し離れた部屋をルイスは要求し、そこから三つ分離れた小部屋にタリアは案内した。寝台や小机にかかっていたおおい布をタリアが取って、エイグを寝かせる。それから、呼び鈴を鳴らして侍女を呼び、湯や水、その他に必要になるものを用意させた。

「必要な物があれば、呼び鈴で侍女をお呼びください。」

 タリアは呼び鈴をあずけて、部屋を出て行った。ランバダとホルは、ルイスの指示で呼び鈴を預かり、部屋の前で見張りをしながら待機した。ミンスも部屋に戻り、イグーは何かあったら言いに来るよう、二人に言いつけて戻って行った。

 エイグの治療には少し、時間がかかった。彼が触られるのを嫌がり、混乱して暴れている様子だった。

 ランバダとホルは心配だったが、手伝いを呼ばれることはなかった。ルイスはまだ若いが経験が豊富な医者で、毛を逆立てて威嚇いかくし、爪を出して前足を振り回している子猫をなだめるように、エイグを宥めて治療をしたようだ。

 一度だけ侍女を呼び、白湯さゆを持ってきてもらった。それで、薬を飲ませて治療は終わったようだった。

 その頃、執務室では、ジャビスはムルデとテルサに素直に従い、必要な書類を提出し、様々な悪事をあばかれていた。

 かくそうとする書類は、タリアにうながされてマルザが隠し場所を教え、そのうち、言われなくてもこれは偽造した、偽造しないと証言を始めた。

 少年兵達はマルザが逃げないようにする役目が終わったので、部屋の外に出されて扉の前で見張りに立っていた。

 まさか、こんなに大事になるとは、誰一人思っていなかった。

「いやあ、これは素晴らしい偽造ですね。一瞬いっしゅん、私もだまされそうになりましたよ。でも、残念ですが、インクの質が違います。色味も微妙に違いますね。うん。これは偽造です。」

 時々、書記官長のテルサが、そんな事を言っているのが聞こえたりした。

「書記官ってすげえんだな。」

 ドルナンがぼそっと感想をべた。

「そうだな。」

 セナが小声で同調し、リキとオヌデスもうなずいた。なんせ、テルサは様々な書類を暗記しているのだ。

「私の記憶では、これは七年前の十月の記録になっていたはずです。」

 とか、しょっちゅう言っていて、マルザが「間違いありません。」と答えるやり取りが何回もあった。

「…まさか、行政書類を全部、暗記しているんじゃ。」

 ドルナンがおののいた時だった。

だまそうとしても無駄ですよ。書記官長をするような人間は、書類を全部暗記していますからね。」

 テルサがジャビスにぴしゃっと言う声が聞こえ、四人は信じられない思いで、顔を見合わせた。

 途中でホルが様子を見に来た。イグーに治療が終わった事を伝え、イグーはしばらくしてから、戻ってくるように言っていた。

 リキ達四人はいよいよ大詰めだな、と気を引きめ直した。関わってしまい、その上、大変な悪事が次々と暴かれている様子が聞こえてくるのだ。ランバダの幼友達のエイグにこの状態から抜け出して、こんな家から解放されて欲しいと思っていた。

 ルイスに連れられ、エイグが出て来て、四人はゆっくり廊下を歩いてきた。

 リキ達は驚いた。治療前は歩けなかったのに、今は歩いているのだ。その上、エイグの顔を見て、さらに驚いた。泥で汚れた顔をいてもらい、綺麗きれいになった顔は、タリアとそっくりの可愛らしい少年だったからだ。左ほおのあざが黒々とかえって際立ち、痛々しい。ランバダに見慣れていなければ、動揺どうようして女の子ではないかと疑っただろう。

 執務室にはランバダとホルも入る事を許された。ランバダはエイグを助けると言い出した言い出しっぺだし、ホルも虐待の目撃者だからだ。

 ランバダはエイグが大丈夫か、とても不安だった。体の傷も傷だが、心の傷がどうなのか、とても不安だった。

 ランバダだって、男の人に変な目で見られる事がよくあり、嫌な気分になる。軍でも先輩の訓練兵が、ランバダに妙な視線を投げかけて来たりするので、無視して気づかないふりをしていた。

 さすがにランバダはまだ、手を出されたことはない。イゴン将軍の弟子だというのもあるし、武術試験を首席で合格しており、訓練中の試合でも、まだ、負けた事はない。

 視線だけでも嫌な思いをするのに、実際に手まで出されていたなんて、ランバダは自分の事のように傷ついていた。

 緊張しながら、執務室に入るとあんじょう、ピリピリする空気が部屋全体を占めている。そんな中で、テルサが書類をめくる音がひびき、ムルデが必要な書類をより分ける事務的な作業が続いていた。

 ランバダはルイスから報告を受ける、ランゲルの顔を見上げておどろいた。こんなにきびしい顔のランゲルを初めて見たからだ。眉根をぐっと寄せ、目つきもけわしい。うん、うんと頷いて、ルイスの肩をポン、と叩いた。

「さて、とりあえず終わりですかね。ボラスさん、書類は足りますか?」

「ふむ。大丈夫だ。しかし、本当に君は仕事が早い。普通は一日中かかるような仕事だよ。」

 テルサとムルデが終わったと告げた。

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