#043 「私もグレンのお嫁さんになる」
翌朝、俺はドスドスと胸板を叩かれていた。
「……」
「そろそろやめんか?」
ドスドスと俺の胸板を叩いている犯人はスピカである。昨晩、宴の後にエリーカ達が気を遣ってスピカと俺を二人きりにしてくれた。まぁ、そういうことだな。
それでまぁ、することをしたわけだ。旦那と嫁という間柄になったことだし。正直俺は時期尚早ではないかと思ったのだが、エリーカがそう手配したとなると、それはそれで配慮というか意を汲む必要があろう。
というわけで事に及んだわけだが。
「酷い」
「そんなことはないと思うが」
「弄ばれた」
「それはそうかもしれんが、俺は悪くないと思うぞ?」
有り体に言えば、スピカはクソ雑k……感度が良過g……あー、うん。相性が良かった。割と一方的に。最初に出来上がってしまっていたのも良くなかったのかもしれない。スピカには酒も入っていたしな。あと、触角がな。
どうも彼女達は一種のフェロモンで情報伝達をすることができるようで、その役割を担う主な器官が触角だ。その触角は言わば強力な嗅覚センサーのようなものなのだが……まぁその、どんどんヒートアップするわけだ。時間の経過に応じて。
「こんなの一瞬でバレる……」
「いやその心配は要らんと思うが」
俺とスピカが昨晩何をしていたのか知らない者はこの農場には誰一人としていない筈だ。今日農場を発つタウリシアンの戦士達すら感づいているに違いない。
「換気もして身体も洗ったのに」
そう言ってスピカはしきりに触角を動かし、顔を赤くしている。俺の嗅覚センサーでもそういった名残りはキャッチできているので、まぁそういうことだろう。
「諦めろ」
「んぐぅー……!」
スピカが顔を赤くしたまま後ろから俺の腰の辺りをポカポカ……ではなくドスドスとどついてくる。俺の身体が生身だったら良いマッサージになるのかもしれんが、俺の筋肉は強化人工筋肉なんでな。疲労とは基本無縁なんだ。だからマッサージは要らんぞ。
☆★☆
「度胸があるな、義弟よ」
「やはり剛毅」
朝食の席でライラの兄達で俺の義兄に当たるバルトロとライナスにそう言われた。確かに、義兄達の前で新たな妻を迎え、その早速コトに及ぶというのは少々礼を失するというか、ライラを蔑ろにしているように取られかねん行動かもしれない。だが、俺にも言い分はある。
「義兄達にあられもない妹の声を聞かせるよりはマシと違うか?」
「……そうかもしれん」
「確かに」
そんな話をしていると、丁度朝食を運んできたその妹に兄達二人が頭をぶっ叩かれた。軽金属製のトレイで。それはもう良い音がした。角が邪魔で平面で叩くのが難しいからって縦にしてぶっ叩くのは流石に生身の人間には痛いと思うが。
「ご飯食べたらとっとと出ていって下さいねぇ」
にこにこしながら言っているが、なかなかの威圧感だ。そしてぶっ叩かれた方は頭を擦って顔を顰めているが、それだけだ。頭丈夫なんだな、お前ら。
「ところで、あんた達はこれからイトゥルップ共同体の入植地を潰しに行くんだよな?」
「そうだ」
「二十人程度で落とせるのか?」
タウリシアンの戦士達が装備しているのは防弾繊維と金属プレートを組み合わせたアーマーと、なんと大型のコイルガンであった。残念ながら外観を目で見ただけ、かつそれがコイルガンであると知らされただけなので詳細な性能などはわからないが、あの大きさということは恐らくエネルギーキャパシターは内蔵式であろうし、細部を見るとセンティピード型が装備している大型コイルガンとの類似性も見られる。もしかしたらセンティピード型から鹵獲したコイルガンをタウリシアンが使えるように改修したものなのかもしれない。
それを二十数人全員が装備しているというのだから、その打撃力はそこらの賊ども――イトゥルップ共同体の連中も含む――とは比べ物にならない。レイクサイドで使われていたような丸太で作った防壁や門なんぞ、一斉射で木っ端微塵になるだろう。だが、それはそれとして二十数人という人数でコミュニティの入植地に攻め入るというのは流石に頭数が足りないと思う。
「我々は娘達をここに送り届けるための分遣隊だ」
「ここを出て本隊と合流する」
「数は言えないが、余裕を持ってイトゥルップ共同体の入植地を更地にできるだけの戦力で挑むことになる」
「そうか」
イトゥルップ共同体の入植地がどの程度の規模なのかはわからんが、本隊の装備も同程度のクォリティなのだとしたら、総戦力は少なくとも五十人以上にはなりそうだな。
「しかし、本隊と合流してもこの農場を落とすのは難しそうだ」
「苦戦必至」
「よほどの隠し玉が無いと無理だろうな」
今のグレン農場はレーザータレットの存在を隠蔽している。その分コイルガンタレットを見えるように配置しているわけだが、バルトロとライナスがその事情を知っているかどうか。ライラは話していないと思うが、ライラの部下達は事情を説明している可能性が高い。ライラが俺に嫁ぐことを報告する過程でうちの防備についても話す必要があっただろうからな。
何にせよ、バルトロとライナス達のアーマーでは対人レーザーによる攻撃を防ぐことは不可能だ。もし敵対したとしても、あのコイルガンだけでは致命的な脅威とはなり得んな。大量のプラズマグレネードやプラズマ投射砲があったら流石に被害は免れんと思うが。
「で、飯を食ったら行くのか?」
「行くさ。兄としては妹を脅して乾き殺しかけた連中に熱い熱い灸を据えにいかねばな」
「ぶっ殺す」
真顔で頷くバルトロとライナスを見た俺は思った。ライラを泣かせるようなことをなったら面倒なことになりそうだなと。
☆★☆
タウリシアンの戦士団――の分遣隊が出発した後、俺達は集まって改めて自己紹介と今後の方針について話し合うことにした。
「グレンだ。最近この星に降りてきたばかりで、上では傭兵をやっていた。傭兵生活に嫌気が差して、この星で農場を作って嫁さんと悠々自適の引退生活をしようと思ってな。今ではもう三人の嫁さんを貰って農場も見ての通りという状況だが……まぁ、小さく収まる必要もあるまい。今後の方針について話し合いをしたいと思うが、その前に俺の嫁と家族を紹介しようと思う」
そう言ってエリーカに目配せすると、彼女は頷いて立ち上がった。
「彼女はエリーカ。俺の嫁だ。彼女には農業や料理、それに宿泊客の対応を任せている。俺達が消費する食料備蓄の管理も彼女の領分だ。また、彼女はコルディア教会のシスターでもある。知っての通り、うちにはコルディア教会の教会施設もある。タウリシアンだけでなく、コルディア教会ともそれなり以上に密な関係となる可能性が高い点は今のうちに留意しておいてくれ」
俺が紹介を終えると、エリーカは新参のタウリシアンの娘達やフォルミカン達に微笑みかけ、席に着いた。
それから同じように資金管理と商売、それとキャラバンの統括を行うライラを紹介し、次にスピカには農場の防衛とキャラバンの護衛の統括を任せるという形で紹介する。
「そしてもう一人、ミューゼンだが――」
「私もグレンのお嫁さんになる」
「そう、お嫁さんに……っておい」
「なる」
断固たる決意を表現しているのか、ミューゼンの触手が俺を威嚇するように広がる。なんかエリーカの威嚇のポーズと似てるな。
「でも私は節度のある女。コルディア教会の司祭が正式にこの農場に着任してから行動を起こすつもりだった」
そう言ってミューゼンがジトリとスピカに視線を向ける。視線を向けられたスピカは肩の上くらいにちょこんと両手を上げて降参のポーズを取った。
「ごめんて。私もこんなに急なことになるとは――」
「思ってなかったというのは嘘」
「はい。期待はしてました。でもこんなトントン拍子とは思ってなかったのは本当だから」
そう言ってスピカがちらりと俺に視線を向けてくる。俺が悪いとでも言いたげな様子だが、先に話を振ったのはスピカだからな。俺は無罪を主張する。
「そういうわけで、覚悟をしておいて欲しい。しろ」
「……俺は嫁さんが欲しいとは思ってたんだが、流石に四人はちょっと多くないか?」
「コルディア教会的にはいいぞもっとやれだから大丈夫。何なら今ここにいる全員を娶っても良い」
「いくら俺が屈強でも干乾びて死ぬか酷使の末にもげるわ。加減しろ」
俺の息子は数少ないほぼ生身の部分なんだぞ。か弱いんだから本当に加減をしろ、加減を。
「もう座ってろ、まったく……あー、話が逸れたな。ミューゼンには今のところ決まった仕事はないが、手先と触手が器用だし、発想が柔軟だ。その器用さや柔軟さを活かして製造関係の仕事を任せようかと思っているが、そっち方面はまだ貧弱なんでな。おいおいということになる。次は新入りの皆にも自己紹介を軽くしてもらって、それから今後の方針を決めるぞ」
まったく、ミューゼンには場をかき回されてしまった。彼女の言う通り、覚悟をしておかないといかんな、これは。何せこの農場に戻ってくるために一人旅すら辞さなかったのだ。いざという時の行動力はうちの農場でも随一だろう。
何にせよ、まずは目的意識のすり合わせだ。まだタウリシアンの娘達の名前も、フォルミカン達の名前も殆ど知らないからな。これから一緒に生活するんだから、まずは互いを知ることから始めなきゃならん。
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