#031 「ああ、まずいな」

 更に更に翌日。今日もコルディア教会からの連絡は――きた。

 ミューゼンが鹵獲した銃器の整備をするのを監督しながら実弾銃用の弾薬を作る作業をしていると、外部からの通信が入ってきたという通知が来たのだ。このタイミングなら十中八九コルディア教会からの通信であろう。手隙であれば通信機前に集まるようにとエリーカとライラに通信を入れつつ、鹵獲銃器を整備しているミューゼンにも通信機前に来るように言い置いてから作業場を出て通信機と接続する。


『こちらはグレン農場のグレンだ』

『ああ、グレンさん。良かった、繋がって。お久しぶりです、ヘレナです』


 通信機の向こうから聞こえてきたのはヘレナの声であった。心底安心したような声が聞こえてきたが、そこまで心配していたのだろうか? まぁ、そうなのだろう。


『ああ、久しぶりだ。コルディア教会の拠点には辿り着けたようだが、全員無事か?』


 通信機へと向かって歩きながら軽く挨拶を交わし、ついでにヘレナ達の無事を確認しておくことにする。ミューゼンがこの農場に一人で来るだけでもプレデターズに襲撃されたのだ。あちらも何か危険な目に遭っていてもおかしくはない。


『ええ、こちらは特に問題もなく。ミューゼンはプレデターズに襲われたと聞きましたが』

『こっちに着く少し前に襲われたようでな。まぁ、無事だったし今はピンピンしてる』


 そうして話している間に後ろから小走りでミューゼンが追いついてきた。そして俺のすぐ隣に並び、触手を俺の腰辺りに巻き付けてくる。長さが足りなくて一周できてないが。俺の胴体、それも腰回りは特に太いからな。


『通信機に着いた。接続を変えるから少し待ってくれ』

『はい』


 通信機の前には既にエリーカとライラが待機していたので、通信機を操作してヘレナの通信をスピーカーに接続する。


「待たせたな。接続完了だ」

『いえ、お気になさらず。それで、ミューゼンの扱いについてなのですが』

「ああ、そうだな。コルディア教会としてはどうするつもりなんだ?」

『結論から言うと、こちらで対応を決めるまで預かって頂けると非常に助かります。そもそも私達探索隊の任務はエリーカの安否を確認することで、その後のことは帰還して報告後に私達よりも地位と権限の高い者達で決定する予定だったので……私達探索部隊にはミューゼンの人事決定権が無いんですよ』

「つまり、今のミューゼンは……?」

『ええと……探索部隊からの無許可脱走扱いですね』


 俺は思わず片手で額を押さえて空を仰いだ。これが傭兵なら問答無用で射殺されるような案件だ。流石にコルディア教会の規律はそこまで厳しくないとは思うが。


「ミューゼンにも言い分があるようだが」

『聞きましょう』


 聞く気になってくれたヘレナに若干安堵しつつ、ミューゼンが先日語ってくれた『建前』の部分について俺の口から説明しておく。ミューゼンは……説明している俺の横で「がんばれ」と無言でジェスチャーを送ってきているな。俺が説明するんじゃなくてこいつ自身に説明させればよかった。


『なるほど、言うことはよくわかりました。確かにコルディア教会としてグレンさんのしてくださった事にどう報いるか、どうご恩返しをするつもりなのかという点について説明が不足していた点は否めません。ですが』

「ですが?」

『それは建前でしょう? エリーカやシスティアならともかく、ミューゼンがそんな理由で脱走までしてグレンさんの農場に行くとは私には思えないのですが』


 見透かされてるぞ、ミューゼン。そんな通信機にジト目を向けて唇をきゅっと引き締めても、ヘレナにお前の不満は伝わらんと思うが。


「建前って大事だよな」

『ええ、そうですね。それで、グレンさんとしてはどうお考えなのでしょうか?』

「今のところは上手くやれていると思うがな。ミューゼンは素直だし、手先も器用で力も強い。俺が気が付かないようなところにもよく気がついて色々と提案してくれたりもするしな」


 俺がそう褒めると、ミューゼンは口元をによによとさせて俺の背中を触手でぺしぺしと叩いてきた。そして何故かエリーカも外肢を伸ばしてきて、刃のついてない方で俺の腹をピシピシと叩き始めた。どうして少しむくれているんだ、エリーカは。ライラはニヤニヤしながら見てないでエリーカを止めろ。外肢の向きが逆だったら俺のシャツがズタボロになるんだぞ。


「だからまぁ、穏便に収められるなら穏便に収めてやってくれ。エリーカを助けただとか、教会施設を作っただとか、通信設備を作っただとかは俺が勝手にやったことだから、それでコルディア教会に何かせびろうとも思わんしな。勿論、貰えるものがあるなら有り難く頂戴するが」


 ヘレナは俺の言葉を聞いて少し考え込んだのか、数秒沈黙した。


『……わかりました。グレンさんの農場を出る際に既にエリーカの件の事の顛末は報告済みなので、近日中に何かしらの決定が下ると思います。そうしたらまたご連絡致しますので、ミューゼンのことをどうかよろしくお願いします』

「よろしくお願いされておく。次に来る時にはうちで収穫した作物を食わせてやるから、楽しみにしておけ」

『はい、楽しみにしています。それでは、また連絡します』

「ああ」


 ヘレナとの通信を終える。すると、後ろにいたミューゼンが抱きついてきた。触手も絡まり放題である。


「グレン好き」

「はいはい……おい、エリーカもか」

「……」


 正面から抱きついてきたエリーカが腹の辺りに自分の頭をぐりぐりと擦り付けてくる。なんだこれは。もしやミューゼンにやきもちを妬いているのか? なんだこの生き物。可愛いかよ。


「前後からシスターサンドですかぁ……グレンさん、良い趣味をお持ちですねぇ」

「それを見てニヤついているお前の趣味は悪いと思うぞ」

「辛辣ぅ……でもそれもまたよしですねぇ。えへへ」

「俺はお前が一番よくわからんよ……」


 ぎゅうぎゅうと身体を締め付けてくる触手とぐりぐりと擦り付けられる頭をどうしたものかと考えながら、俺はふしゅー、と溜息を吐くのだった。


 ☆★☆


「それで朝からイチャついてたってわけか」

「イチャ……まぁそうか。そうだな」


 防壁の建築作業を監督しつつ、上空の偵察ドローンから送られてくる全体の俯瞰映像から各種作業の進行状況を確認していると、ラフな格好でぶらぶらと歩いてきたサムに捕まった。前回と同じく、今夜もう一泊して身体を休めてから明日出発するつもりらしい。


「羨ましいこったぜ。エリーカちゃんだけでなくライラとディセンブラのシスターもだろ? 流石こんな場所に一人で農場をおっ立てようとする旦那は男としてのパワーが違うね」

「褒めてるんだよな? そういうお前はどうなんだ? 嫁さんとかいないのか?」

「拠点に妻と娘が二人いるぞ。最近娘達が俺に冷たいんだよな……」


 そう言ってサムが肩を落とす。ジェシーとの浮気を疑われているとかじゃないのか? と思ったが、他人の家庭事情に口を出すのはやめておくことにする。


「そういえば今回の――」


 サムが何かを言いかけたところで農場内に警報が鳴り響いた。眼の前で身を震わせるサムから視線を外し、農場の外縁で警戒を行なっている偵察ドローンに接続して侵入者の画像を確認する。


「……ほう、面白い連中が来たな」


 偵察ドローンが捉えたのは異形の群れであった。傷だらけの装甲と、光るカメラアイ。凶悪な顎のようなものを頭部に備えた巨大な頭部と、その後ろに続く節毎に別れた長い胴体。その胴体を支えて細かく動く、凶悪そうな鉤爪を備えた無数の足。

 そして、胴体の上部と側面に計三門備え付けられた何かしらの兵器らしきもの。形状からすると何らかの投射兵器だと思われるが、詳細は……データベースに一致するものがあった。


「センティピード型自律駆逐兵器か。ほう、装備しているのはコイルガンか。装甲は高効率の恒星光充電機能を備えた三重複合装甲……ふむ」

 このコイルガンは中々の威力だな。うちの軽戦闘ボットが直撃を貰ったら一撃で破壊されかねん。当然、俺もこいつを食らうとただではすまない。もっとも、食らうつもりはないが。


「コイルガン……機械ムカデか!? 何匹来てるんだ!?」

「センティピードは四体だ。その他にも人間と同等サイズの機械兵器らしきものが八体。こっちはソルジャー型自律駆逐兵器だな。こっちも装備はコイルガンと、近接戦用ブレードか」


 ソルジャー型のコイルガンはセンティピード型のものに比べれば威力は控えめのようだな。それでもエリーカのライフルよりは強力だが。


「機械兵器が十二体も……まずい、まずいぞ!? どうするんだ!?」

「ああ、まずいな」

「なんてこった……俺達も協力してなんとか追い払――」

「なんとか上手く倒さないと折角のパーツを壊してしまいかねん。どう仕留めるか……」


 あれだけ強力なコイルガンを使えるだけのエネルギーキャパシターは是非欲しいし、コイルガンそのものに使われている素材もそれなりに高度なものであるはずだ。内部のコンポーネント類も有効活用できるはず。是非鹵獲したい。


「……そうか。俺達は大人しくしていれば良いか?」

「ん? ああ、そうだな。戦闘に巻き込まれて死にたくなければ教会施設にでも避難しておけ」


 あの火力に正面から突っ込むのは面倒だな。アレを使うか。


以下後書き


(⩌x⩌)(ヘレナに見透かされて不満げミューゼン

(⩌⩊⩌)(によによミューゼン

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