#032 「俺は無敵なんだ」

 対人機械兵器の対人センサーとして使われるのは主に光学センサーである。

 ただ、対人機械兵器の光学センサーというのは感知できる電磁波のレンジが人間のものよりも広い。つまり、所謂可視光線だけでなく、赤外線領域の電磁波も拾っている。なので、奴らが搭載している対人センサーは、正確には光学センサーというよりも熱光学センサーと言った方が正確だ。

 そして、そんな対人機械兵器の対人センサーを誤魔化すには最低でも可視光線領域だけでなく、赤外線領域も含めた迷彩が必要になる。それが所謂『熱光学迷彩』と呼ばれるものだ。


『グレンさん、本当に一人だけでやるんですか?』

『ああ。単に破壊するだけなら射程外から光学兵器で釣瓶打ちにしてやればいいんだが、今回は奴らのパーツを可能な限り破損させずに鹵獲したいんでな』


 先程から断続的に響いている空気を裂くような音を聞きながら、早足で敵集団への接近を続ける。随伴歩兵代わりのソルジャー型が何度かこちらに対人センサーを向けてきているが、俺に気づいた様子はない。

 それもその筈で、今の俺はリアルタイムで周囲に溶け込む映像を表面に投影するカメレオン迷彩機能と、外部気温を遮断して着用者を過酷な気温から守りつつ、表面を周囲の気温と同化させることで熱迷彩を行うサーマルステルス機能。その二つを併せ持つカメレオンサーマルステルスマント――通称『熱光学迷彩マント』を装備しているのだ。

 もっとも、こいつで対人機械兵器のセンサーを誤魔化すことができるのは中遠距離までで、近づけば近づくほど迷彩を見破られる可能性が高まる。もっと高度な熱光学迷彩やユニバーサル迷彩機能を持つ装備なら難なく至近距離まで近づけるんだがな……ああいうのは高いんだ。

 特に、俺は身体がでかいから高く付く。そういう高級品には手を出す気にはなれなかったんだよな。ある程度近づけば、俺なら一瞬で間合いを詰められるし。

 さて、行くか。正面で愉快なダンス――ランダム回避機動――を踊って囮をやっている軽戦闘ボット達に被害が出たら大損だからな。両手に一本ずつ逆手で握った得物の感触を確かめつつ、慎重に間合いを測る。よし、ここだ。

 地面を蹴って跳躍し、逆手に構えた両手の得物をセンティピード型の急所――メインプロセッサーが配置されている場所に正確に突き立てる。奴らの情報はテクノロジーデータアーカイブに入っていたので、詳細なスペックから弱点まで全て丸裸だ。

 得物を突き立てられたセンティピード型の自律機械兵器が一瞬で機能を停止して沈黙した。装備している三重複合装甲は実弾銃の射撃程度ではなかなか抜けないだろうが、超高温のプラズマの刃を形成して装甲を溶断する対装甲プラズマナイフの前では紙切れも同然だ。


『Beeeeeeeeep!』


 センティピード型に肉薄攻撃を仕掛けている俺の存在にソルジャー型の自律駆逐兵器が気づき、集団全体に警告を発する。しかしその頃には既に俺は三体目のセンティピード型を仕留めていた。


「遅い遅い」

『BeeeeeeeeeeeeeeeP!!!』


 四体目のセンティピード型を片付けたところでソルジャー型が一機、近接専用のブレードを振りかざして襲いかかってきた。袈裟懸けの一撃を躱し、胴体の側面にプラズマナイフを突きこんで一体目のソルジャー型を無力化する。


「まぁ、そうなるな」


 残り七機のソルジャー型は俺と俺に近接戦を仕掛けてきたソルジャー型から距離を取り、包囲してコイルガンの銃口をこちらへと向けてきていた。一体が足止めして残りの機体で包囲して殲滅する。実に効率的で確実な一手だ。相手が俺でなければだが。

 パパパパパパパッ! と空気の壁を突き抜ける破裂音を鳴らし、エリーカが愛用しているライフルの実に三倍以上のエネルギーを持つ弾頭が俺へと殺到する――前に空中でバチバチと弾けて地面に落ちた。


「すまんな、俺のシールドはそんな豆鉄砲じゃ抜けんのだ」


 俺の胸の中心で反物質コアが唸りを上げる。センティピード型の大口径コイルガンなら数十発も連続でぶちこめばダウンさせられるかもしれんが、ソルジャー型の小型コイルガンではな。


「さて、収穫させてもらうぞ」


 ソルジャー型の装甲なら俺の手足の打撃でも装甲を抜ける。プラズマナイフを使えれば楽なんだが、シールドと干渉するんだよな。まぁいい、このまま全部破壊してやろう。内部パーツをあまり壊さないように、優しくな。


 □■□


「マジかよ……機械兵相手に素手で戦ってら」


 グレンの旦那が拳を振るい、蹴りを放つごとにコイルガンと凶悪な刃で武装した機械兵がガクリと力を失って倒れていく。機械兵の装甲は俺達の銃でも上手くやりゃ抜けるが、流石に素手で壊すのは……いや、旦那なら楽勝なんだな。そういうモノなんだ、グレンの旦那は。


「というか旦那、あれ何発か絶対撃たれてるよな?」

「撃たれてると思うけど、ピンピンしてるね……アイツらのコイルガンは下手すると腕や足が吹っ飛ぶような威力のはずなんだけど」


 俺の隣で双眼鏡を覗いているジェシーが口元を引き攣らせながら答える。だよな、絶対撃たれてるよな。いくら旦那が頑丈でもあれはダメだと思うんだが。


「終わったなぁ……」

「終わったねぇ……戦闘に入ってから五分経ってないけど」


 最後の一機が沈黙し、グレンの旦那が歩き回ってあの光るナイフでトドメを刺していっている。ああ、なんかパーツがどうとか言ってたもんなぁ。


「あの光るナイフ、なんだろうね」

「見たことねぇけど、多分ハイテク武器だろうなぁ」


 旦那はあのナイフの一撃で機械ムカデを仕留めていた。恐らく、機械ムカデの硬い装甲を貫通できるような装備なんだろう。貫通できたとして、一撃で仕留められるかどうかは別の話だと思うんだが……旦那は奴の弱点を知っていたんだろうな。どうやってかは知らんが。俺にはそっちのほうが恐ろしく思える。


「ないな」

「そうだね、ないね」


 何があっても旦那と事を構えるのだけはなしだ。拠点に戻ったらうちのリーダーにもう一度話しておこう。聞き入れてくれなかった上に万が一にもグレンの旦那と事を構えようなんてことになったら、俺は家族とキャラバンの連中を連れてグレンの旦那のところに逃げてくる。絶対にだ。


 □■□


「怪我は!? 大丈夫なんですか!?」

「無傷でピンピンしてるが」


 センティピード型の自律駆逐兵器を引きずって拠点に戻ると、突然エリーカに身体をまさぐられた。熱光学迷彩マントの下に手を突っ込んで遠慮なしの触り放題だ。そもそも、熱光学迷彩マントに穴の一つも空いていないのだから、その下の身体も無事だと思うんだがどうだろうか。


「グレン撃たれてた」

「ああ、撃たれたな」

「なんで?」

「俺は無敵なんだ」


 実際には腹部に搭載しているパーソナルシールドを起動して連中のコイルガンを防いだだけだがな。センティピード型のコイルガンでも数十発は耐えられるが、センティピード一機につきコイルガンは三門。凡そ八秒で次発を撃ってくるので、下手に真正面から突っ込むとシールドがダウンさせられる恐れがあった。だから軽戦闘ボットを囮にした上で熱光学迷彩マントを使って接近したわけだな。間合いを半分以上詰めた上に側面を取っていた時点でほぼ勝ちは確定していたようなものだが、まぁそれ以上に上手くいって何よりだった。全部綺麗に仕留められたしな。


「もしかしてシールドってやつですかぁ?」

「そうだ。よく知ってるな?」

「上の技術でぇ、そういうのがあるって小耳に挟んだことがあるんですよねぇ……銃弾でもなんでも、外からの攻撃を防いじゃうバリアみたいなものがあるってぇ」

「大体そんなようなものだな」


 俺とライラの話を聞いたミューゼンが俺の身体をペシペシと触手で叩いているが、今はシールドを展開してないから無駄だぞ。排熱の問題があってな。とてもじゃないが、常時動かすのは無理なんだよ。熱くなりすぎて俺の身体でベーコンが焼けちまうんだ。


「無事なのはわかりましたけど……グレンさん、機械兵なんて持って帰ってきてどうするんですか?」

「こんなのは貴重なコンポーネントの塊だぞ? 捨てるところなんて一つもない。肥料にしかならないプレデターズの百倍は有用だ」


 さて、どう使ってやろうか。

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