#030 「懲りずにまた来い」
更に翌日。今日もコルディア教会からの連絡はない。
今日のところはミューゼンには俺と一緒に銃器の整備をやってもらおうかと思っていたのだが、昼前に来客があった。
「随分様変わりしたなぁ、おい」
「いや、びっくりだね……前に来た時には建物なんて殆ど無かったのに」
前に一度この農場に商売に来たサムとジェシーの食料キャラバンだ。今回は前回よりも荷物が少なめだな。
「サムさぁん……」
俺と一緒にサム達を出迎えたライラが恨めしげな声を上げながら『にこぉ……』と俺から見てもかなり怖い笑顔を浮かべている。
「ライラ!? なんでここに――ってなるほど」
ライラの頭にあるはずの角が無いのを見て察したのか、サムが納得したように頷く。
「
「確かに私もサムさんとグレンさんならサムさんを売りますけどぉ……」
「だろ? それに今旦那の隣にいるってことは結局上手くやったってことじゃないか。万事丸く収まって良かったな」
そう言って肩を竦めるサムをライラが恨めしげに睨んでいるが、サムの言う通り最終的にはライラの思い通りに状況を転がしているわけだからな。ライラも睨む以上のことはできないだろう。
「何がどうなってそうなったのかはあとでゆっくり聞くよ……で、商売はさせてくれるのかい?」
「どうもぉ、グレン農場の商売担当のライラでぇす……あちらへどうぞぉ……」
再び『にこぉ……』という笑みを浮かべてライラがサムとジェシーを自分の城――ライラの雑貨店へと誘導していく。あれはケツの毛まで毟り取るつもりだな。まぁ、あっちは任せよう。ライラも今後の取引を考えればサムとジェシーを切るということもないだろうしな。うちの主力商品はいずれ農作物やその加工品になるはずだから、食料キャラバンのサム達とは上手く付き合っていきたい。
今は鹵獲品の武器やうちで作ったまともな――世間的には高品質――の弾薬が主力商品だがな。
鹵獲品の弾薬はどれもこれもダメだ。なっとらん。品質はバラバラだし、錆び弾までありやがる。中には不発を起こすようなものまであるときた。全部構成器で資材に変換してうちで作り直したほうがマシだ。
「グレン、お仕事は?」
「まずはサムとジェシーのキャラバン連中の世話だな。奴らが前に来た時は若干勝手も変わってるし、案内しよう。ミューゼンは俺についてきて説明することとかを覚えてくれ」
「わかった」
サムとジェシーはライラに連行されていったので、キャラバンの適当なメンバーを捕まえて滞在エリアの使い方を説明していく。滞在エリアに関しては整備の結果、大きく二種類に分けられた。
一つはキャラバン向けの無料滞在エリアで、シャワーと飲料水の提供はするが、寝床は指定エリアに自分達で用意してもらう。要は水回り以外は基本的に野営場所を提供するだけというわけだな。
もう一つは有料のゲストエリアだ。こちらの利用には料金を頂くが、空調の利いた快適な寝床を提供する。当然、水回りも使い放題だ。料金は一人辺り一晩二〇タラー。施設に著しい汚損などが発生した場合には別途料金を頂く。
また、どちらのエリアを利用する場合でも申し出があれば人数分の食事の提供を行う。こちらは一人辺り一食五タラー。内容のリクエストは受け付けないが、基本はたっぷりめのシチューとか粥のようなものに肉料理がつく。
そのように一通り説明してとりあえずは無料滞在エリアへとメンバー達を案内しておいた。カネを使うとなるとキャラバンの代表であるサムとジェシーにお伺いを立てなければならないそうだ。それもそうだな。
「いちいち案内するのは面倒だと思う」
「それはそうだな……案内板でも作るか」
「それがいい。あのホログラムを投影する機械を使うのがいい」
「盗まれたりしないか?」
「そういう輩を炙り出せるからそれはそれでいいと思う。テクノロジーを見せつけてビビらせてやればいい」
「そういうものか」
まぁ、案内用のホログラム投影機に関しては壁なりなんなりに埋め込んでしまうのもアリだな。そういった案内や広告などをホログラムで投影する手法は航宙植民コロニーでもよく見るし。
「よし、やるか」
「うん」
エリーカとライラに通信を介してキャラバンのメンバーに利用時の注意事項を説明したことを報告しておく。ついでに、ライラには各種サービスの利用をするかどうかをサムとジェシーに聞いてエリーカに伝えるように言っておく。メシの用意には時間がかかるからな。
☆★☆
無料滞在エリア近くの目立つ場所にホログラム投影機を設置し、ミューゼンと二人でああでもないこうでもないと掲示内容を話し合いながら検討していると、何やらげっそりとした様子のサムとジェシーが戻ってきた。
「赤字じゃないがごっそり毟られたって顔だな」
「マジで勘弁してくれよ旦那……これじゃおまんまの食い上げだぜ」
「懲りずにまた来い」
そう言ってサムの肩を優しく叩いておく。ライラもなんだかんだで損をさせないようにしてはいる筈だからな。一度成立した取引に嘴を突っ込んでも何も良いことはないので、それ以上は何も言わないでおく。一応後でライラには確認しておくが。あまり阿漕なことをやってキャラバンガ寄り付かなくなったら困るからな。
「はぁ……まぁ、取引のことはもういいや。旦那、収穫はいつ頃になるんだい?」
「キャベツ、蕪、他に葉物野菜があと十日ほどで収穫できる筈だな」
「……早くないか?」
「うちの作物の種は『上』から持ってきた改良品種だからな。病気や冷害などに強いし、収穫も早い」
しかも結実した種などから同じように作物を作ることができる。上の三国のうちの一つは生命工学技術が発達しているからな。俺が用意してきたのもその国で作られた作物の種だ。
ちなみに、生命工学がより発展しているという銀河の遠方にある帝国では酒の実がなる作物なんかもあるらしい。眉唾だが、テクノロジーの発展は不可能を可能にするものだからなぁ……本当にそういったものもあるのかもしれん。
「十日か……ちょっと収穫時期にまた寄るのは難しいな」
「そうだねぇ……二十日はかかるかな?」
「うちには高度な冷凍保存設備も大型の食品乾燥機もある。その頃に来れば何かしら自前の作物を売れると思うぞ。既に売れたりしていなければだがな。詳しくはエリーカに聞いてみてくれ」
うちの農業担当はエリーカだからな。俺も大まかには把握しているが、収穫できる作物の種類やその時期、収穫量などはエリーカの方がより詳しく把握している。
「オーケー、あとで嫁さんに聞いてみるよ。ありがとう、旦那」
「ああ」
自分達のキャラバンメンバーの元へと戻っていくサムとジェシーを見送り、再び案内表示の内容をミューゼンと検討しようと思ってミューゼンへと目を向けると、ミューゼンがじっと俺の顔を見つめてきていた。
「なんだ?」
「お仕事のお話をしてるグレンかっこいい」
「……そうか」
ミューゼンのストレートな賛辞に面食らいかけたが、俺の顔面は真っ黒くろののっぺらぼうだ。俺はあまり自分の今の顔を気に入っていないが、こういう時には表情を読まれなくて助かる。
「照れてる?」
「照れてない」
「そう?」
照れてないからやめろ。触手を伸ばして俺の顔をぺたぺたと触るんじゃない。
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